メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 Op.64
(Vn)ゲオルク・クーレンカンプ:ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1935年録音
Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64 [1.Allegro molto appassionato]
Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64 [2.Andante]
Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64 [3.Allegretto non troppo - Allegro molto vivace]
ロマン派協奏曲の代表選手

メンデルスゾーンが常任指揮者として活躍していたゲバントハウス管弦楽団のコンサートマスターであったフェルディナント・ダヴィットのために作曲された作品です。
ダヴィッドはメンデルスゾーンの親しい友人でもあったので、演奏者としての立場から積極的に助言を行い、何と6年という歳月をかけて完成させた作品です。
この二人の共同作業が、今までに例を見ないような、まさにロマン派協奏曲の代表選手とも呼ぶべき名作を生み出す原動力となりました。
この作品は、聞けばすぐに分かるように独奏ヴァイオリンがもてる限りの技巧を披露するにはピッタリの作品となっています。
かつてサラサーテがブラームスのコンチェルトの素晴らしさを認めながらも「アダージョでオーボエが全曲で唯一の旋律を聴衆に聴かしているときにヴァイオリンを手にしてぼんやりと立っているほど、私が無趣味だと思うかね?」と語ったのとは対照的です。
通常であれば、オケによる露払いの後に登場する独奏楽器が、ここでは冒頭から登場します。
おまけにその登場の仕方が、クラシック音楽ファンでなくとも知っているというあの有名なメロディをひっさげて登場し、その後もほとんど休みなしと言うぐらいに出ずっぱりで独奏ヴァイオリンの魅力をふりまき続けるのですから、ソリストとしては十分に満足できる作品となっています。
しかし、これだけでは、当時たくさん作られた凡百のヴィルツォーゾ協奏曲と変わるところがありません。
この作品の素晴らしいのは、その様な技巧を十分に誇示しながら、決して内容が空疎な音楽になっていないことです。これぞロマン派と喝采をおくりたくなるような「匂い立つような香り」はその様なヴィルツォーゾ協奏曲からはついぞ聞くことのできないものでした。
また、全体の構成も、技巧の限りを尽くす第1楽章、叙情的で甘いメロディが支配する第2楽章、そしてファンファーレによって目覚めたように活発な音楽が展開される第3楽章というように非常に分かりやすくできています。
確かに、ベートーベンやブラームスの作品と比べればいささか見劣りはするかもしれませんが、内容と技巧のバランスを勘案すればもっと高く評価されていい作品だと思います。
ナチスを激怒させた録音
ナチスほど文化を統治の手段として巧妙に活用した権力はありませんでした。しかし、その文化の利用と政策が真っ向からぶつかってしまったのがヴァイオリニストの枯渇という問題でした。ヴァイオリニストというのは圧倒的にユダヤ系の人が多くて、そのユダヤ系の人を強制収容所や国外追放などしてしまったために、世界レベルで活躍できるヴァイオリニストは殆どいなくなってしまったのです。
そんな枯渇状態に決定打となったのがアドルフ・ブッシュの亡命でした。そして、最後にドイツに残った世界レベルで通用するヴァイオリニストはこのクーレンカンプただ一人という状態になってしまったのです。
クーレンカンプはフルトヴェングラーその音色をが高く評価したことで名声を確立しました。そして、何やかやといざこざがあったもののフルトヴェングラーもナチス統治下のドイツに残ったので、クーレンカンプもまたドイツに残ってナチスの宣伝塔の役割をはたしてくれるだろうと期待されました。
ところが、このクーレンカンプという人はナチスから見ればとんでもなく扱いに手を焼く存在になっていったのです。
例えば、フルトヴェングラーはナチスが政権を取った1933年以降はユダヤ系の作曲家の作品を一切演奏しなくなります。唯一の例外は33年から34年のシーズンにメンデルスゾーンの「夏の夜の夢」の抜粋を2回コンサートで取り上げているだけです。フルトヴェングラーといえどもユダヤ人作曲家の演奏を禁止するというナチスの政策に屈せざるを得なかったのです。
ところが、そんな状況下でもクーレンカンプはメンデルスゾーンの協奏曲をベルリン・フィルとの演奏会で取り上げ、さらには指揮者をイッセルシュテットに変えてスタジオ録音まで行ってしまったのです。
当然の事ながらナチスは激怒するのですが、それに対してクーレンカンプは「気に入らないのであれば国外に移住する!」と言い返すのです。
極端な言い方をすれば、偉大なるドイツ文化を音楽の分野で誇示するためには、指揮者であるフルトヴェングラーを切り捨てても代役は何とか見つけることが出来ても、クーレンカンプを切ってしまえば変わりのヴァイオリニストはいなかったのです。そんなクーレンカンプから国外移住をすると言われてしまえばさすがのナチスも何も言えず、そのスタジオ録音されたレコードはドイツ国内でも販売されたのです。
そして、クーレンカンプはその後も事あるごとにナチスにとっては苦々しく思わざるを得ないような振る舞いを行うのですが、結局は彼への「Untouchable度」はフルトヴェングラー以上にならざるを得なかったようです。
なお、そのスタジオ録音につき合ったイッセルシュテットですが、そちらの方は「超」がつくほどの「政治音痴」だったが故の行いだったのかもしれません。
何しろ彼は、第2次大戦後に新しいオーケストラの創設を依頼するためにイギリスの将校が訪れたときに、その居間にはナチス高官とのツー・ショットの写真が戦争中そのままにずらりと飾られたままだったのです。そして、それがいかに「政治」的にまずいことかを訪ねたイギリス人将校が教えてあげる必要があったほどなのです。
まあ、大阪流に言うならば「かしこのかしこ」と「アホのアホ」は結果的には似たもの同士になるということでしょう。
話がいささか横道にしれました。
ですから、クーレンカンプは自分の演奏行為がナチスの宣伝に利用されていることを知りながら、やれる範囲での抵抗を行ったのです。
そして、それは演奏スタイルの変更にもつながっていったようです。
ここで聞くことのできるメンデルスゾーンの演奏スタイルはおそらくはドイツにおける伝統的なスタイルを踏襲したものであり、今の耳からすればいささか古さを感じざるを得ません。しかし、それ以後の彼は少しずつそう言うドイツ的伝統から距離をとり、今までの慣習を全て取り払ってスコアと向き合い、そのスコアに込められた作曲家の思いをより明晰に表現するようになっていきます。
そして、その様な行為について彼の弟子の一人は「師は自分がナチスに利用されている事を良く知っていた。それを承知で演奏を通じたレジスタンスを行ったのである。」と述懐しています。
そして、そんな信念の人クーレンカンプも遂に1944年にはスイスのルツェルンに居を移してしまい、さらには戦後もドイツに戻ることはありませんでした。さらに言えば、1948年にわずか50歳でこの世を去ったために、ドイツにおけるヴァイオリン演奏の歴史は完全に途絶えてしまいました。そのために、世界レベルで活躍できるヴァイオリニストが再び登場するためには30年以上の空白期間を強いられました。
それは、文化というものが一度途絶えてしまうと、それを取り戻すためには途方もない時間が必要だと言うことを現在の私たちに教えてくれています。
今も新型コロナのパンデミックによって、この日本では様々な文化的営みが存続の危機に迫られています。そして、その危機が意味するものの深刻さを知る政治指導者は殆どいないようです。
自助努力と自己責任で乗り切れるのはごく狭い範囲だけです。もちろん、それは文化だけでなく、わずか一ヶ月仕事を失うだけで食べるものにも事欠く人々が数多く存在するほどに脆弱な社会だったのです。
今回のパンデミックは恐ろしいほど鮮やかにこの国だけでなく私たちがつくり出してしまった世界の歪みをあぶり出してくれました。
よせられたコメント
2020-07-13:joshua
- これはありがたいです。
吉田秀和氏が、ラジオで、Mozartのトルコ風を紹介するとき、かけてくれたのが、このクーレンカンプでした。50年近く前の話です。細い音ながら、SPの針音の向こうから訴えてくるものが感じられ、繰り返し聞いたものです。今風の技巧はなくても、クーレンカンプならではの弾き振りが、何というか、一節一節を大事にする几帳面なさりとて神経質でもない味わいです。フルトベングラーとシベリウスを競演してたんじゃないですか?この人の、ベートーベンやブラームスは残ってないですかね?ブルッフがあるくらいなんで、弾いてはいたはずでしょう。
2020-07-14:やっぱりセルが好き!
- 素晴らしい!
【クーレンカンプ=綺麗だけれど音が細い】と思っていましたが印象が変わりました。
1935年!録音にも拘わらず音質も驚愕。音源は何なのでしょうか?
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