ベートーベン:ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス第1番 ト長調 Op.40
(Vn)ヨハンナ・マルツィ パウル・クレツキ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1955年12月22日~23日録音
Beethoven:Romance for Violin and Orchestra No.1 in G major, Op.40
実に耳に入りやすい作品
ベートーベンにとってこの「ロマンス」と題されたオーケストラとヴァイオリンのための音楽は得意な位置を占めています。それは、彼がこのような協奏的な小品をほとんど書いていないからです。
また、作品50のヘ長調は、ベートーベンには珍しいほどに旋律重視の作品で、その意味でも特異なポジションを占めていると言えます。作品40のト長調の方はメロディよりは和声を軸とした構成感があるのでベートーベンらしい作品とも言えます。
しかし、世間の人は美しいメロディラインの方が好きなのであって、それはベートーベンの作品に対しても同じで、人気の点ではヘ長調の方に軍配が上がります。
おそらく、この冒頭のメロディはクラシック音楽などに全く興味のない人でも、一度や二度はどこかで耳にしたことがあるでしょう。
作品の構成は両方とも典型的なロンド形式(A-B-A-C-A-コーダ)で書かれているので、実に耳に入りやすい作品です。
若さだけでは物足りなさが残るような作品だと、もう少し年を重ねてからの演奏も聞きたかったなと思ったりもします
ヨハンナ・マルツィの録音活動はほぼ1950年代に限定されています。残した録音もLPレコードにして20枚にも満たないもので、1950年代の初めにグラモフォンと行った録音と、その後1954年から始まったEMIでの録音がその大部分を占めています。そして、そのEMIとの活動もウォルター・レッグとの決裂で終わりを告げ、おそらくはこの大物に睨まれたことが原因だろうと思うのですが、その後一切の商業録音を行う機会を失ってしまうのです。
このレッグとの決裂の背景には、セクハラ疑惑(言い寄ってくるレッグをマルツィが拒絶した)が噂されるのですが事実のほどは藪の中です。
しかし、レッグと決裂した後にマルツィはアメリカ・デビューを果たし、うるさ型の評論家であるショーンバーグからも評価されており、さらには出産によって活動は縮小したとは言え、60年代においても順調にコンサート活動は続けていました。それにもかかわらず、一枚の商業録音も行うことが出来なかったということは、その背後によほどの圧力が働いていたと勘ぐられても仕方がないかもしれません。
さらに言えば、その数少ないEMIでの録音もカタログから削除されたようですから、その仕打ちは尋常ではなかったようです。
しかしながら、こういう不幸な経歴を持った演奏家が死後に復活を果たすのは中古レコード市場だというのが通り相場なのですが、その典型がこのマルツィだと言っていいでしょう。
中古レコードというものは基本的には需要と供給の関係で決まりますから、求める人が多いにもかかわらず市場に出回る数が少なくなれば価格は高騰します。
最近はCDやLPの復刻盤も出回るようになって多少はおさまってきましたが、一頃彼女に奉られたあだ名が「6桁のマルツィ」でした。それが、バッハの無伴奏のセットであるならば「7桁」に達したこともあったのです。
そして、そのあまりの高騰ゆえに、彼女のことを特別に崇めるような動きも出てきたりするのですが、それもまたおかしな話です。考えようによっては、そう言う奉り方は「何も考えずに他者の評価を鵜呑みにする」という点では、かつて彼女を無視した時代の動きの裏返しになっているだけだったりもします。
彼女の中古レコードにどれほど高値がつこうと、その中にはいい物もあればそれほどではないものもあるという「当たり前」のことを確認することが必要なのです。
考えてみれば、彼女の録音活動は20代の後半から30代の半ば頃までの時期に限られていたのです。ですから、その若さがもたらす燦めきが大きな魅力に結びつく作品ならば素晴らしい成果をもたらすのですが、その様な若さだけでは物足りなさが残るような作品だと、もう少し年を重ねてからの演奏も聞きたかったなと思ったりもするのです。
おそらく、そう言う若さがもっともプラスにはたらいたのは一連のシューベルのソナタでしょう。
ついでながら、バッハに関しては奇蹟のような演奏だったと言う気がするので、あれに関しては別格でしょう。
それとは逆に、どこか物足りなさを感じたのはブラームスやメンデルスゾーンの協奏曲あたりでしょうか。
ベートーベンの小品である2曲のロマンスなども、悪い演奏だとは思わないのですが、マルツィならではの「歌」がいささか希薄なような気がしていささか残念です。
とは言え、基本的に録音の数が少ない演奏家であり、その録音がすべてパブリック・ドメインになっているのですから、その残された録音をすべて紹介するのはこのサイトの義務でもあるでしょう。
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