メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 Op.64
(Vn)レオニード・コーガン:コンスタンティン・シルヴェストリ指揮 パリ音楽院管弦楽団 1959年録音
Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64 [1.Allegro molto appassionato]
Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64 [2.Andante]
Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64 [3.Allegretto non troppo ? Allegro molto vivace]
ロマン派協奏曲の代表選手

メンデルスゾーンが常任指揮者として活躍していたゲバントハウス管弦楽団のコンサートマスターであったフェルディナント・ダヴィットのために作曲された作品です。
ダヴィッドはメンデルスゾーンの親しい友人でもあったので、演奏者としての立場から積極的に助言を行い、何と6年という歳月をかけて完成させた作品です。
この二人の共同作業が、今までに例を見ないような、まさにロマン派協奏曲の代表選手とも呼ぶべき名作を生み出す原動力となりました。
この作品は、聞けばすぐに分かるように独奏ヴァイオリンがもてる限りの技巧を披露するにはピッタリの作品となっています。
かつてサラサーテがブラームスのコンチェルトの素晴らしさを認めながらも「アダージョでオーボエが全曲で唯一の旋律を聴衆に聴かしているときにヴァイオリンを手にしてぼんやりと立っているほど、私が無趣味だと思うかね?」と語ったのとは対照的です。
通常であれば、オケによる露払いの後に登場する独奏楽器が、ここでは冒頭から登場します。
おまけにその登場の仕方が、クラシック音楽ファンでなくとも知っているというあの有名なメロディをひっさげて登場し、その後もほとんど休みなしと言うぐらいに出ずっぱりで独奏ヴァイオリンの魅力をふりまき続けるのですから、ソリストとしては十分に満足できる作品となっています。
しかし、これだけでは、当時たくさん作られた凡百のヴィルツォーゾ協奏曲と変わるところがありません。
この作品の素晴らしいのは、その様な技巧を十分に誇示しながら、決して内容が空疎な音楽になっていないことです。これぞロマン派と喝采をおくりたくなるような「匂い立つような香り」はその様なヴィルツォーゾ協奏曲からはついぞ聞くことのできないものでした。
また、全体の構成も、技巧の限りを尽くす第1楽章、叙情的で甘いメロディが支配する第2楽章、そしてファンファーレによって目覚めたように活発な音楽が展開される第3楽章というように非常に分かりやすくできています。
確かに、ベートーベンやブラームスの作品と比べればいささか見劣りはするかもしれませんが、内容と技巧のバランスを勘案すればもっと高く評価されていい作品だと思います。
アウアー門下には多様性を許容し、大切にする「血」が流れていたのかも知れません
コーガンは直接学んだわけではないのですが、「師弟関係」という血統ではハイフェッツと同様にアウアー門下と言うことになります。
そう言う意味では、とびきりのテクニックでもって作品が持つ本質をギリギリのところまで掘り下げて表現しつくすという共通点は、その様な共通の血統から来ているのかと考えてしまいます。
しかしながら、同じ門下からエルマンやミルシテインが出ている事を思い出せば、ことはそれほど簡単ではないことにも気づきます。
確かに、アウアーという人はヴァイオリン演奏に必要な基本的なスキルに関しては非常に厳格だったそうです。それはアウアーからハイフェッツに引き継がれた「音階練習」を思い出せば、その要求がいかほどに高いものであったか容易に知れようというものです。
しかし、ある作品に向き合ったときに生ずるテクニック上の問題については、アウアーは何の解決策も示さなかったと伝えられています。
ただし、そう言うスタンスは最初からそうだったのではなくて、始めの頃は随分と親切にアドバイスを与え、そしてそのアドバイスに基づいた演奏が出来るように厳格な要求を出していたようです。
しかしながら、その様なやり方ではある程度のレベルまで引き上げることは出来ても、それなりに名をなすようなヴァイオリニストは一人も生み出せなかったようです。
そこで、ある時、アウアーは指導方法を180度転換します。
あるパッセージをどのように演奏すればよいのかという困難に弟子が出会ったときには、その解決法を与えるのではなくて、そのパッセージを含んだ作品そのものがどのようにして成立し、さらにはどのような構造を持っているのかを考えさせたのです。
そして、その様に音楽そのものへの理解を深めさせ、その理解に基づいてそのパッセージをどのように演奏すべきかを考えさせたのです。
考えてみれば、聴衆は音楽を聞きに来るのであって、何もコンクールの審査員のように演奏技術の採点をしに来るわけではないのです。どれほど見事にあるパッセージを弾きこなしたとしても、それが音楽の中で息づいていなければただの軽業です。
ですから、そう言う困難に出会ったときには音楽そのものに立ち返り、その上に立って解決法を自分で見つけ出せなければ到底一人前のヴァイオリニストになどはなれるはずはないというスタンスを取るようになったのです。
そう考えてみれば、ハイフェッツもコーガンも、そしてエルマンやミルシテインも、その名前を聞くだけである一つのイメージが浮かぶほどの(あまり好きな言葉ではないのですが)個性があります。
いや、「個性」などと言う曖昧な言葉ではなくて、強いアイデンティティを持っていると言った方がいいのかも知れません。
そして、ハイフェッツとコーガンというのは非常に似通ったアイデンティティを持っていながら、コーガンには音楽というのは自分一人でやるものではないという思いが強かったのかも知れません。
それと比べれば、ハイフェッツはどこまで行っても自分のアイデンティティを貫き通しましたし、時には他の演奏家をもそこへ引きずり込む強さがありました。
しかし、その引きずり込むという行為によって、確かに他では聞けないような強烈な表現主義的な音楽になってしまうことがあって、その強烈さが時には聞き手に強い違和感を与えることもありました。
それと比べれば、コーガンは他者と共鳴します。
そして、その他者がバルシャイのような音楽家だと、恐ろしい方に共鳴してしまうこともあるのですが、他者が常識的な音楽家だと、それはそれなりに折り合うポイントを見つけてしまうのです。
音楽というのは決して自分一人でするものではないというのもまた、コーガンという音楽家のアイデンティティ形づくっていたのでしょう。
そして、アウアー門下という「血統」にはその様な多様性を許容するというか、大切にする「血」が流れていたと言うことなのかも知れません。
ですから、バルシャイとのコンビでモーツァルトのコンチェルトをあんなにも恐い音楽にすることもあれば、シルヴェストリとのコンビで実に豊かな響きで叙情的な音楽に仕上げることも出来るのです。
そして、シルヴェストリもまた世間で言われるような爆裂するだけの指揮者ではなかったのです。
こういうタイプの音楽家は、何か特徴的な演奏を一つ聞いただけで全てが分かったような気になると、それはとんでもない過ちを犯してしまうことになるのです。
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