クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77

(Vn)レオニード・コーガン:キリル・コンドラシン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1959年録音





Brahms:Violin Concerto in D major, Op.77 [1Allegro non troppo]

Brahms:Violin Concerto in D major, Op.77 [2.Adagio]

Brahms:Violin Concerto in D major, Op.77 [3.Allegro giocoso, ma non troppo vivace]


ヴァイオリンを手にしてぼんやりと立っているほど、私が無趣味だと思うかね?

この言葉の前には「アダージョでオーボエが全曲で唯一の旋律を聴衆に聴かしているときに・・・」というのがくっつきます。
サラサーテの言葉です。(^^)
もっとも、その前にはさらに「ブラームスの協奏曲は素晴らしい音楽であることは認めるよ、しかし・・・」ということで上述の言葉が続きます。

おそらくこの言葉にこの作品の本質がすべて語られていると思います。
協奏曲と言う分野ではベートーベンが大きな金字塔をうち立てましたが、大勢はいわゆる「巨匠風協奏曲」と言われる作品が主流を占めていました。
独奏楽器が主役となる聞かせどころの旋律あちこちに用意されていて、さらに名人芸を披露できるパッセージもふんだんに用意されているという作品です。

イタリアの作曲家、ヴィオッティの作品などは代表的なものです。
ただし、彼の22番の協奏曲はブラームスのお気に入りの作品であったそうです。親友であり、優れたヴァイオリニストであったヨアヒムと、一晩に二回も三回も演奏するほどの偏愛ぶりだったそうですから世の中わからんものです。

しかし、それでいながらブラームスが生み出した作品はヴィオッティのような巨匠風協奏曲ではなく、ベートーベンの偉大な金字塔をまっすぐに引き継いだものになっています。
その辺が不思議と言えば不思議ですが、しかし、ブラームスがヴィオッティのような作品を書くとも思えませんから、当然と言えば当然とも言えます。(変な日本語だ・・・^^;)

それから、この作品は数多くのカデンツァが作られていることでも有名です。一番よく使われるのは、創作の初期段階から深く関わり、さらに初演者として作品の普及にも尽力したヨアヒムのものです。
それ以外にも主なものだけでも挙げておくと、


  1. レオポルド・アウアー

  2. アドルフ・ブッシュ

  3. フーゴー・ヘールマン

  4. トール・アウリン

  5. アンリ・マルトー

  6. ヤッシャ・ハイフェッツ



ただし、秘密主義者のヴァイオリニストは自らのカデンツァを出版しなかったためにこれ以外にも数多くのカデンツァが作られたはずです。
この中で、一番テクニックが必要なのは想像がつくと思いますが、ハイフェッツのカデンツァだと言われています。

ハイフェッツの様に己の道だけを突き進んでいくわけではないコーガン


ヴァイオリニストというのはサラブレッドみたいな血統があるようです。
もちろん、サラブレッドは「親子関係」という血統そのものなのですが、ヴァイオリニストは「師弟関係」という血統です。

私はコーガンのことを「ハイフェッツと同じ道を歩みながら、ハイフェッツという偶像を拝む必要のない唯一の存在」と書いたのですが、考えてみればこの両者は同じ血統に属するヴァイオリニストなのです。
ハイフェッツは言うまでもなくレオポルド・アウアー門下です。

このアウアー門下からはミルシテインやエルマン等という20世紀を代表するヴァイオリニストが輩出しています。しかし、なんと言っても一番大きな存在はハイフェッツでした。
彼はわずか9歳でアウアーの後見を受けてサンクトペテルブルク音楽院に入学しています。そして、その翌年からヨーロッパ各地をコンサートツアーで駆けめぐることになるのですが、その間もアウアーのもとで学びつつづけました。

よく語られるのはハイフェッツの音階練習なのですが、それはアウアーが開発したメソッドであり、それをさらに改良したものがハイフェッツの音階練習でした。
ハイフェッツの驚くべきテクニックはこの音階練習によって支えられていました。並のヴァイオリニストならば何時間もかかるこの音階練習をハイフェッツは1時間もかけないで弾き終えたと伝えられています。

そして、コーガンもまたこのアウアー門下につながるヴァイオリニストでした。

アウアーは1930年にこの世を去っていますし、コーガンは1926年に生まれていますから、ハイフェッツのようにアウアーから直接学ぶと言うことは不可能でした。
しかし、上で述べたように、ヴァイオリニストもまたサラブレッドのように「血統」がものを言うようです。

コーガンがはじめてヴァイオリンを学んだのはアウアーの門下生であり、その後モスクワ音楽院で本格的に学びはじめたときの先生もアウアーの高弟と言われたヤポリンスキーでした。コーガンは音楽院を卒業した後もこのヤポリンスキーのもとで学んでいますから、彼もまた生粋のアウアー門下だと言えるのです。
どこかの国では、何かのクラスで一度レッスンを受けただけで「○○門下」と名乗る演奏家もいたりするようですが、そう言う門下生とは全く異なるのです。

そして、この二人、ハイフェッツとコーガンに共通するのは、そのとびきりのテクニックでもって作品が持つ本質をギリギリのところまで掘り下げて表現しつくすことです。ですから、ともすればそのヴァイオリンの響きは外科手術のメスのような働きをしてしまうときがあります。
しかし、ヴァイオリンという楽器が本質的に持っている官能的な響きの美しさが犠牲となっても厭わないという「強さ」をこの二人は持っていました。

ただし、それがアウアー門下の特徴かと言われると、同じ門下からエルマンやミルシテインが出ているのですから、事はそんな単純なものではないようです。
実際、このハイフェッツとコーガンにしても、似ていることは似ていても、やはり本質的な部分で違いがあります。

例えば、このブラームスのコンチェルトではコーガンはいつものようにキレキレで入ってきます。
しかし、コンドラシンの方は実に柔らかい響きでそれを包み込んでいくのです。

そうすると、コーガンはその響きに対して、音楽が最も美しく響くポイントを探りはじめるように聞こえるのです。それは第1楽章の途中から響きが少しずつ変わりはじめ、第2楽章に入った時点では落ちつくべきところに落ちついたという印象を受けます。
これがハイフェッツならば、オケがどうであれ最後まで己の道を突き進んだはずです。
それがハイフェッツでした。

確かに、アウアーという人は演奏技術に関しては緻密で完璧なものを常に要求していたようです。
しかし、彼が本当に求めていたものは、そう言う「技術」の向こう側にあるものだったのでしょう。

そのあたり、コーガンの録音を聞きながらもう少し考えてみたいと思います。

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