モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466
(P)イヴォンヌ・ルフェビュール ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1954年月15日録音
Mozart:Piano Concerto No.20 in D minor, K.466 [1.Allegro]
Mozart:Piano Concerto No.20 in D minor, K.466 [2.Romance]
Mozart:Piano Concerto No.20 in D minor, K.466 [3.Allegro assai]
こににも一つの断層が口を開けています。
この前作である第19番のコンチェルトと比べると、この両者の間には「断層」とよぶしかないほどの距離を感じます。ところがこの両者は、創作時期においてわずか2ヶ月ほどしか隔たっていません。
モーツァルトにとってピアノ協奏曲は貴重な商売道具でした。
特にザルツブルグの大司教との確執からウィーンに飛び出してからは、お金持ちを相手にした「予約演奏会」は貴重な財源でした。当時の音楽会は何よりも個人の名人芸を楽しむものでしたから、オペラのアリアやピアノコンチェルトこそが花形であり、かつての神童モーツァルトのピアノ演奏は最大の売り物でした。
1781年にザルツブルグを飛び出したモーツァルトはピアノ教師として生計を維持しながら、続く82年から演奏家として活発な演奏会をこなしていきます。そして演奏会のたびに目玉となる新曲のコンチェルトを作曲しました。
それが、ケッヘル番号で言うと、K413?K459に至る9曲のコンチェルトです。それらは、当時の聴衆の好みを反映したもので、明るく、口当たりのよい作品ですが、今日では「深みに欠ける」と評されるものです。
ところが、このK466のニ短調のコンチェルトは、そういう一連の作品とは全く様相を異にしています。
弦のシンコペーションにのって低声部が重々しく歌い出すオープニングは、まさにあの暗鬱なオペラ「ドン・ジョヴァンニ」の世界を連想させます。そこには愛想の良い微笑みも、口当たりのよいメロディもありません。
それは、ピアノ協奏曲というジャンルが、ピアノニストの名人芸を披露するだけの「なぐさみ」ものから、作曲家の全人格を表現する「芸術作品」へと飛躍した瞬間でした。
それ以後にモーツァルトが生み出さしたコンチェルトは、どれもが素晴らしい第1楽章と、歌心に満ちあふれた第2楽章を持つ作品ばかりであり、その流れはベートーベンへと受け継がれて、それ以後のコンサートプログラムの中核をなすジャンルとして確立されていきます。
しかし、モーツァルトはあまりにも時代を飛び越えすぎたようで、その様な作品を当時の聴衆は受け入れることができなかったようです。このような「重すぎる」ピアノコンチェルトは奇異な音楽としかうつらず、予約演奏会の聴衆は激減し、1788年には、ヴァン・シュヴィーテン男爵ただ一人が予約に応じてくれるという凋落ぶりでした。
早く生まれすぎたものの悲劇がここにも顔を覗かせています。
奇蹟の名演?
ふと気がつくととんでもない欠落が存在しました。それは、フルトヴェングラーやトスカニーニという超大物の歴史的録音の取りこぼしです。
こういうサイトを始めたときは、そう言う超大物の音源をアップするのがメインだったので、私の中で、そう言う音源は既にアップしつくしていると思いこんでいたのです。それは、50年代中頃の音源がパブリックドメインになり始め、それに連れてステレオ録音も公に公開できるようになっていく中で、おそらくはせっせとアップしいていたそう言う大物達の音源は少しずつ後回しになり、そう言う後回しが続くうちに、何となく「もう終わった」と勝手に思いこんでしまったらしいのです。
自分のやったことを「らしい」というのは実にいい加減な話で申し訳ない限りなのですが、まあ人間とはそう言う生き物だと言うことです。
これはもう、もしかしたらTPP絡みで著作権の保護期間が延長されるという強制力が働いて、もう一度過去にしっかりと目を向けざるを得なくなるのもそれほど悪い話ではないのかもしれません。とはいえ、TPPが座礁して漂流しそうな雰囲気なので、明けて2017年になればめでたく数多くの音源がパブリックドメインの仲間入りをします。
それはそれで、賀するべき事なので、新しい音源も追加しながら、その傍らでもう一度過去にも目を向けていこうかと考えている次第です。
さて、そう言う取りこぼしの先陣を切って追加したのが、フランスの女流ピアニスト、イヴォンヌ・ルフェビュールと組んだモーツァルトのピアノ協奏曲第20番です。フルトヴェングラーファンにとっては有名すぎるほど有名な録音なので、どうして今までアップしていなかったんだ!と、お叱りを受けそうなほどの音源です。
この録音はフルトヴェングラーとベルリンフィルがフランス・イタリア・スイスを回る演奏旅行の最終日にイタリアのルガーノを訪れたときのものです。本当はピアニストとしてはエドウィン・フィッシャーが予定されていたのですが、何らかの理由でキャンセルとなり、代わりにフランスの若手ピアニストのイヴォンヌ・ルフェビュールが起用されたらしいのです。
ところが、そのルフェビュールが世紀の巨匠フルトヴェングラーを向こうに回して奇蹟の名演を成し遂げた記録なのです。(^^v
まあ、フルトヴェングラー・ファンの中ではそう言うことになっているのですが、実は彼女は
カザルスと組んで1951年に同じくモーツァルトの20番を録音していて、それを知るものにとっては奇蹟でも何でもなく、まさに持てる力を十分に発揮しただけの話です。
ここでも、フルトヴェングラーらしい粘りけのある伴奏にめげることなく、最後までフランス的明晰さを保ち続けています。
そして、そう言う異質なものが出会うことで一段ステージが上がることがあるのがコンチェルトの面白いところです。
世間ではこれを持って、フルトヴェングラー最良のモーツァルトと持ち上げるムキもあるのですが、私はそれには賛同しかねます。例えば、フルトヴェングラーはこの演奏旅行が終わったすぐ後に「ドン・ジョヴァンニ」のとても素敵な録音を残しているじゃないですか。確かに、フルトヴェングラーとモーツァルトというのはそれほど相性がいいとは思えないのですが、それも素敵な録音はたくさんあります。
それらを押しのけてまで、このコンチェルトの伴奏録音をその上に持っていく気は起こらないです。
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