リスト:ハンガリー民謡旋律にもとづく幻想曲(ハンガリー幻想曲) S123
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 (P)シューラ・チェルカスキー ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1960年12月録音
Liszt:Hungarian Rhapsody No. 13 In A Minor, S244
ジプシーの音楽をもとに書かれた作品
ハンガリー狂詩曲は、その創作時期によって前半の15曲までと、後半の4曲に分かれます。前半が1851年から53年にかけて出版されたのに対して、後半の4曲は晩年の1882年から85年にかけて追加されました。
しかし、この二つの部分は前半がリスト絶頂期に書かれた音楽であるのに対して、後半は晩年の枯れた音楽になっています。要は、後半はあまり面白くないの演奏される機会も少なく、一般的にはハンガリー狂詩曲と言えば15番までと言うのが一般的になっているようです。
超絶技巧練習曲と並んで、リストの代名詞とも言うべき作品なのですが、ハンガリーではいたって評判の悪い音楽だったそうです。
原因は、リストの勘違いにあります。
リストはハンガリー人としての出自に強いアイデンティティを持っていました。ドイツ語を話し、ドイツ的な生活様式を持った地域で生まれ育ち、ハンガリー語を話すこともできなかったにもかかわらず、「私はハンガリー人」という意識を持ち続けた人でした。
そんなリストが、自らのアイデンティティを確認する意味もあって、ハンガリーの伝統的な音楽を研究し、その研究にもとづいて書き上げたのが「ハンガリー狂詩曲」でした。
はい、何の問題もないように見えます。
ハンガリー人としての誇りを失わず、その誇りゆえに民俗の音楽を芸術的に昇華したのですから・・・。
ところが、リストがハンガリーの伝統的な音楽だと信じたものが、後の研究によってジプシーの音楽であることが判明したのです。そして、今も昔もジプシーはヨーロッパにおいては蔑視される民族であり、その様な「賤しい民族」の音楽を偉大な祖国の音楽を取り違えたリストは怪しからん!と言うことになってしまったのです。
リストがハンガリー的な音楽と信じたのは「ヴェルブンコシュ音楽」と呼ばれるものでした。
この音楽はゆったりとした音楽で始まり、一般的には過剰装飾とも思えるヴァイオリンのソロが活躍します。やがて、その雰囲気は一変して、少しずつテンポを上げながら、さらにいろんな楽器が加わって狂瀾怒涛のうちに終わる・・・というスタイルが基本です。
ですから、リストのハンガリー狂詩曲も、まずはゆったりとしたテンポで始まり、やがてテンポを少しずつ上げていきながら、最後は超絶技巧爆発の狂乱の中で終わるというとっても魅力的なスタイルで書かれています。
今となっては、このスタイルの音楽はハンガリーの民族的な音楽をベースにしながらも、そこへイスラムやバルカン、スラブ民族の音楽、さらにはウィーン、イタリアの近代音楽の要素などなども放り込んで作り上げられたジプシーの音楽であったことが知られています。
しかし、リストが活躍した19世紀中葉において、このスタイルの音楽は国中の人々に受け入れられていて、これこそがハンガリーの音楽だと誰もが信じていたのです。
「ヴェルブンコシュ音楽=ハンガリーの民族的な音楽」でないことが判明するのは、20世紀に入ってバルトークやコダーイによる精緻な研究を待たなければなりません。
そして、その様な精緻な研究によってハンガリーの民族的音楽の姿を明らかにした彼らが決してリストを批判しなかったのに対して、逆に民族的音楽の真の姿を明らかにしたバルトークなどを迫害したハンガリーのナチスがリストのことを口を極めて罵ったことは興味深い事実です。
もちろん、今となっては、そんなことでこの作品の価値を貶めるような物言いは通用しないのですが、それでも聞くところによると、「民族意識の強い」一部のハンガリー人にとっては複雑な感情を引き起こす作品だそうです。
中東欧圏と言うところは、私たち日本人には到底理解できないような複雑な歴史的背景を持っていると言うことなのでしょう。
<前半部分。ただし、これだけで「ハンガリー狂詩曲」とするピアニストも多い>
- 第1番 嬰ハ短調
- 第2番 嬰ハ短調 (もっとも有名)
- 第3番 変ロ長調
- 第4番 変ホ長調
- 第5番 ホ短調「悲しい英雄物語」
- 第6番 変ニ長調
- 第7番 ニ短調
- 第8番 嬰ヘ短調
- 第9番 変ホ長調「ペシュトの謝肉祭」
- 第10番 ホ長調「前奏曲」
- 第11番 イ短調
- 第12番 嬰ハ短調
- 第13番 イ短調
- 第14番 ヘ短調
- 第15番 イ短調「ラコーツィ行進曲」
<後半の追加分、あまり有名ではない>
- 第16番 イ短調
- 第17番 ニ短調
- 第18番 嬰ヘ短調
- 第19番 ニ短調
なお、リストはこのピアノ曲から「第14番、第2番、第6番、第12番、第5番、第9番」の6曲を選び出し管弦楽版に編曲も行っています。これもまた演奏効果が華やかなのでコンサートなどでもよく取り上げられます。
ただし、管弦楽版のナンバリングに関しては、上で紹介した順番に1番から6番が割り当てられているのですが(「(P)第14番→(O)第1番、(P)第2番→(O)第2番、(P)第6番→(O)第3番、(P)第12番→(O)第4番、(P)第5番→(O)第5番、(P)第9番」→(O)第6番)、ピアノ版の2番が管弦楽版の4番と表記されているものや、ピアノ版の12番が管弦楽版の2番となっているものもあったりするので注意が必要です。
さらに、一番人気のピアノバージョン2番の管弦楽版には、その管弦楽法に問題があると言って編曲版が何種類もあるのでますますわけが分からなくなってしまいます。
そして、今回紹介した「ハンガリ幻想曲」は、管弦楽版の第1番と同じく、ピアノ版の第14番をもとにしたピアノと管弦楽のために編曲された別の作品です。もとのピアノ曲は同じですから、「まずはゆったりとしたテンポで始まり、やがてテンポを少しずつ上げていきながら、最後は超絶技巧爆発の狂乱の中で終わる」というスタイルは全く同じですし、そこにピアノも加わるわけですからさらに華やかに盛り上がります。
驚くほど録音が素晴らしい
もちろん、そこで鳴り響いている音が悪ければいかに録音がよくても何の意味もないので、まず第一義的にはその様な素晴らしい響きを実現しているカラヤンと手兵のベルリンフィルを褒めるべきなのでしょう。
オーマンディとフィラデルフィアとの響きを集中的に聞いていた後だったので、同じ美音であっても全く方向性の違うこの響きは実に魅力的でした。
おそらく、こんな書き方をするとオーマンディファン(少ないとは思いますが・・・^^;)の人は怒ると思うのですが、カラヤンとベルリンフィルの響きは中まであんこがギッチリ詰まった響きです。それに対して他方は、華やかでゴージャスであることは間違いないのですが、それは表面のトッピングだけがとりわけキラキラしているだけのような気もします。もちろん、たとえトッピングでも、そう言うキラキラ感は得難いものなのですが、このカラヤンの芯まで詰まった響きとはどこか違うことは明らかです。
なお、カラヤンが60年代に始めに取り上げているハンガリー狂詩曲の管弦楽版は以下の3曲です。
- ハンガリー狂詩曲第5番 ホ短調「悲しい英雄物語
- ハンガリー狂詩曲第4番 ニ短調(ピアノバージョン:第12番 嬰ハ短調)
- リスト:ハンガリー民謡旋律にもとづく幻想曲(ハンガリー幻想曲) S123
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