クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16

(P)アルトゥール・ルービンシュタイン:アルフレッド・ウォーレンステイン指揮 RCAビクター交響楽団 1956年2月11日録音





Grieg:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16 「第1楽章」

Grieg:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16 「第2楽章」

Grieg:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16 「第3楽章」


西洋音楽の重みからの解放

この作品はグリーグが初めて作曲した、北欧的特徴を持った大作です。1867年にソプラノ歌手のニーナと結婚して、翌年には女児アレキサンドラに恵まれるのですが、そのようなグリーグにとってもっとも幸せな時期に生み出された作品でもあります。
その年に、グリーグは妻と生まれたばかりの子供を連れてデンマークに行き、妻と子供はコペンハーゲンに滞在し、自らは近くの夏の家で作曲に専念します。

その牧歌的な雰囲気は、彼がそれまでに学んできた西洋音楽の重みから解放し、自らの内面に息づいていた北欧的な叙情を羽ばたかせたのでした。

ノルウェーはその大部分が山岳地帯であり、沿岸部は多くのフィヨルドが美しい光景をつくり出しています。そう言う深い森やフィヨルドの神秘的な風景が人々にもたらすほの暗くはあってもどこか甘美なロマンティシズムが第1楽章を満たしています。
続くアダージョ楽章はまさに北欧の森が持つ数々の伝説に彩られた叙情性が描き出されているようです。

そして、最終楽章は先行する二つの楽章と異なって活発な音楽が展開されます。
それは、素朴ではあっても活気に溢れたノルウェーの人々の姿を反映したものでしょう。また、行進曲や民族舞曲なども積極的に散り入れられているので、長くデンマークやスウェーデンに支配されてきたノルウェーの独立への思いを反映しているとも言えそうです。

グリーグはその夏の家でピアノとオーケストラの骨組みをほぼ完成させ、その年の冬にオスロで完成させます。しかしながら、その完成は当初予定されていたクリスマスの演奏会には間に合わず、結局は翌年4月のコペンハーゲンでの演奏会で披露されることになりました。

この作品は今日においても、もっともよく演奏されるピアノ協奏曲の一つですが、その初演の時から熱狂的な成功をおさめました。
初演でピアノ独奏をつとめたエドムン・ネウペットは「うるさい3人の批評家も特別席で力の限り拍手をしていた」と書いているほどの大成功だったのです。そして、極めつけは、1870年にグリーグが持参した手稿を初見で演奏したリストによって「G! GisでなくG! これが本当の北欧だ!」と激賞された事でした。
初演と言えば、地獄の鬼でさえも涙するような悲惨な事態になることが多い中で、この協奏曲は信じがたいほどの幸せな軌跡をたどったのです。

なお、グリーグは晩年にもう一曲、ロ短調の協奏曲を計画します。しかし、健康状態がその完成を許さなかったために、その代わりのようにこの作品の大幅改訂を行いました。
この改訂で楽器編成そのものも変更され、スコアそのものもピアノのパートで100カ所、オーケストレーションで300前後の変更が加えられました。
ですから、現在一般的に演奏される出版譜はこの改訂稿に基づいていますから、私たちがよく耳にする協奏曲と、グリーグを一躍世界的作曲家に押し上げた初稿の協奏曲とではかなり雰囲気が異なるようです。

4年も塩漬けになっていた録音


アラウの演奏を追加した後に、そう言えばルービンシュタインの録音もあったことを思い出しました。そして、こちらもまた調べてみて驚きました。何と、1956年に録音したにもかかわらず、何故か初出が1960年なのです。(もう少し詳しく調べてみると、録音の翌年にはリリースされていることが分かりました。)
この時代の大物による録音としては、異例の塩漬け期間の長さです。

しかし、これもまた、聞いてみてその訳が納得いきました。
つまりは、ルービンシュタインのピアノがあまり「よろしくない」のです。
ただし、その「よろしくない」というのは、直前にアラウのピアノを聞いたためでもあります。

アラウのピアノの素晴らしい響き、そして精緻極まる作品の造形、そういう物を聞いた後では、このピアノはあまりにも無造作で荒っぽい感じがしてしまいます。
ただし、アラウよりは1年も前に録音されているのに、こちらはステレオ録音です。サポートするオケの魅力はそう言う録音のクオリティを差し引いても数段こちらの方が上です。「ウォーレンステイン指揮 RCAビクター交響楽団」という、いかにもオケ伴ですという雰囲気が漂うクレジットなのですが、意外なほどにいいです。
しかし、肝心のピアノに関しては、ルービンシュタインの持っている美質が上手く発揮されていない感じがします。
おそらく、その事はルービンシュタイン自身も感じていたのかもしれません。そして、その事が4年という長期の塩漬け期間に結びついたのでしょうか。

しかしながら、この演奏を聴いていてもう一つ感じたのは、やはりルービンシュタインというのは現場型の人だという思いです。
アラウが叙情を精緻に積み重ねて情念に至るとすれば、ルービンシュタインはそんな悠長なことはしていません。いや、そんな悠長なことをしてれば聴衆は厭きてしまうかもしれません。ですから、彼は直裁にピアノの響きに情念を込めます。
おそらく、それがこの時代のアメリカなのでしょう。
ホロヴィッツの「音のサーカス」も、基本的な立ち位置は同じです。

ただ、残念なのは、ここではその情念が空回りしてしまっています。
協奏曲というのは、なかなかに全てがそろうのは難しいようです。

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