モーツァルト:セレナード第6番 ニ長調, K.239「セレナータ・ノットゥルナ」(Mozart:Serenade in D major, K.239)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1959)
Mozart:Serenade in D major, K.239 [1.Marcia. Maestoso]
Mozart:Serenade in D major, K.239 [2.Minuetto]
Mozart:Serenade in D major, K.239 [.Rondo. Allegretto]
音楽に精通した聞き手を意識している

この作品は1776年の「謝肉祭」のために書かれたものと考えられています。
まず、気づくのはこの作品の独特な響きがティンパニーによってもたらされていると言うことです。通常はトランペットなどにバス音を添えるために用いられることが多いのですが、ここではその様な制約から解き放たれて非常に効果的に使われています。その自由な響きはティンパニー奏者にとっては実にやりがいのある作品だったことでしょう。
この作品はセレナードには珍しく3楽章というシンプルな構成になっていて、さらにはその1楽章に行進曲を持ち込むという独特な構成をもっています。
ただし、第1楽章の行進曲は野外での行進(例えば軍隊の閲兵式)のための音楽ではなく、明らかに音楽に精通した聞き手を意識したものになっています。
中間楽章のメヌエットはロンバルディア・リズムとかスコッチ・リズムと呼ばれている逆付点リズムを多用しています。そして、中間部のトリオは独奏楽器だけで演奏される静かさに満ちた音楽で見事なコントラストがつけられています。
終楽章のロンドの主題は陽気なカントリー・ダンス風です。
アインシュタインは以下のように述べています。
このような冗談めかしたロンド楽章には短調の陰りもなく、明るい合奏協奏曲の楽しみを与えてくれながら、あっという間に終る。
全体を通して短い曲の中に様々な工夫が盛り込まれ、かつ無駄な音が一つもないというモーツァルトならではの作品である
なお、この作品の「セレナータ・ノットゥルナ」というタイトルは最近の筆跡研究から他の人物が後から書き込んだものではないかと言われています。確かに、あまり「夜のセレナード」という感じはしません。
いくつもの選択肢
こうやってカイルベルトとセルによるモーツァルトのディヴェルティメントを並べてみると、音楽に対するアプローチの違いというものについて考えざるを得ません。
カイルベルトの演奏では、弦楽合奏をバックに管楽器群が実に楽しげに飛び跳ねています。そこには音楽をする「喜び」が溢れていて、聞くものをも幸せな感情にしてくれます。
セルの演奏では、管楽器達もアンサンブルの構成員となっていて、指揮者であるセルの統率下にあります。そこにあるのは、最初から最後までセルの音楽であり、プレーヤーはその音楽を実現するための駒にしか過ぎません。結果として、このディヴェルティメントはただの機会音楽ではなくて、とても立派なコンサートプログラムになっています。
こうやってみると、セルというのはホントに「イヤな奴」です。
アンタは俺たちを豚扱いするといってオケを去ったプレーヤーもいたようです。
そして、彼のオケに対する姿勢を「ミリタリー」と一言で切って捨てたプレーヤーもたくさんいました。
それに対して、カイルベルトという人はオーケストラのプレーヤーから見ても「いい奴」だったんだろうなと思わせられます。音楽というのは人の営みである以上は、まずは「楽しく」演奏しなければ意味はないと考えていたのでしょうか。
もちろん、プロの音楽家ですから締めるべきところは締めているのですが、それでもその締め方は職人の良心をこ越えることはありません。ですから、指揮をするオケの能力がそのまま演奏のクオリティに結びついてしまいます。
そして、幸いなことに、この「難民ドイツ人」によって構成されているバンベルク響は悪くないオケです。
とりわけ管楽器群の響きがとても魅力的なので、こういう音楽になると抜群の適正を示します。
言うまでもなく、セルという指揮者は私にとっては一つの基準点となる存在です。
お客さんがいる以上は最低限のクオリティは保障しないといけないというのが彼の基本的なスタンスでした。そして、その「最低限クオリティ」というのは、彼が信じた音楽の姿を過たず形にするための献身をオケに求めることでした。
そして、このディヴェルティメントもまた過つことなくセルの音楽になっています。
彼の手にかかれば、なんと言うこともない家庭料理も、星付きレストランの料理のようになってしまいます。
ただ問題は、時に素朴な家庭料理を食べてみたいこともあると言うことです。
そして、その事は「良し悪し」の問題ではなく、音楽に対する「哲学」の違いと言うことです。気楽な受け手である私にとっては、こうやっていくつもの選択肢があるというのは喜ばしいことです。
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