ラヴェル:道化師の朝の歌(Ravel:Alborada del gracioso)
アンドレ・クリュイタンス指揮 パリ音楽院管弦楽団 1962年10月録音(Andre Cluytens:Orchestre de la Societe des Concerts du Conservatoire Recorded on October, 1962)
Ravel:Alborada del gracioso
どうして印象派なんだろう・・・?
ラヴェルとドビュッシーは「印象派」という言葉でひとくくりにされるのですが、これがどうも私の中ではしっくりときませんでした。なぜなら、ドビュッシーを特徴づけるのが茫洋とした輪郭線がぼかされたような響きであるのに対して、ラヴェルの方はそれとは対照的とも思える華やかな響きが特徴だと思ったからです。
特に、これがピアノ作品となると、その違いはよりクリアになるように思います。
ドビュッシーに関してはかつて「ドビュッシーのピアノ音楽に対する最大の貢献は新しい響きを発見したことであり、その最大の価値は音色とリズムにこそあります。」と書いたことがあります。とりとめのない茫洋とした響きはピアノ音楽ではより明確になりますし、まさにその事がどうしてもドビュッシーが好きになれない最大の理由でした。
しかし、ラヴェルのピアノ作品はそう言うドビュッシーのものとは全く違うように聞こえます。
彼のピアノ作品は、極限まで発達したコンサートグランドの性能を使い切っているところにその特質があり、最も魅力的なのは爆発的とも言えるほどの響きの華麗さです。現在のピアニストにとって己のテクニックを誇示し聴衆を熱狂させるのにこれほど適したピースは存在しないでしょう。
確かに、ラヴェル作品の中にもドビュッシーを思わせるような繊細さやたゆたうような響きも存在しますが、それをもって「印象派」という言葉でひとくくりにするのはあまりにも乱暴にすぎると思うのですが、いかがなものでしょうか。
そして、どうも世間では印象派の1番はドビュッシーでラヴェルは2番という位置づけが暗黙の了解のようですから、きっと「おれはもう一流のラヴェルなんだから二流の印象派作曲家なるつもりはない」と怒るんじゃないでしょうか。
さて、本題はピアノの小品集「鏡」です。
彼のピアノ作品を概観してみると、どうも華麗な響きを主体としたラヴェル作品の特質がはっきりと姿を表したのがこのピアノの小品集「鏡」あたりからのように思えます。彼自身も「私の和声的進展の中でもかなり大きな変化を示した」と述べているように、今までの作品とは一線を画すほどの華やかさにあふれています。
その分、演奏する側にとってはかなりの困難を強いられる作品であることも事実です。
なお、この小品集の標題である「鏡」に関しては、何故にこのような標題となったのかはラヴェル自身が何も語っていません。ラヴェルがのぞき込んだ鏡に映っていた風景という解釈もあるようですが、それにしては意味不明なタイトルがついている作品もあります。
ちなみに、5つの小品には以下のようなタイトルが付けられています。
- 第1曲 蛾(Noctuelles)
- 第2曲 悲しげな鳥たち(Oiseaux tristes)
- 第3曲 海原の小舟(Une barque sur l'ocean)
- 第4曲 道化師の朝の歌(Alborada del gracioso)
- 第5曲 鐘の谷(La vallee des cloches)
小品集ですから、基本的にはこの5つをまとめて演奏する必要はないようで、コンサートでもこれらの作品が単独で演奏される機会の方が多いようです。
特に第4曲「道化師の朝の歌」は有名で、オーケストラ編曲もされて多くの人に親しまれています。
希有の響き
「モノラルでも録音していたんだ」と最近になって気づいて大いに興味をそそられたと書きながら、肝心のステレオ録音の方の紹介が中途半端になっていることに気づきました。
「マ・メール・ロワ」に「ダフニスとクロエ」、そして、「高雅にして感傷的なワルツ」「スペイン狂詩曲」「道化師の朝の歌」等、ごっそりとぬけていたのですから笑ってしまいます。「とりあえず私の好きな「ボレロ」「ラ・ヴァルス」「亡き王女のためのパヴァーヌ」「クープランの墓」をまずは聞いてみました」と書いていたのですが、その内に興味が他に移り、その間にまだ紹介すべきステレオ録音が残っていることをすっかり失念し、自分の中ではとっくの昔に紹介済みだと思いこんでしまっていたようでした。
人間の思いこみは要注意ですね。
もう一度確認しておきますと、クリュイタンスは61年から62年にかけてラベルの主要な管弦楽曲をまとめて録音しています。英コロンビアはこれを4枚セットの箱入りとして発売したのですが、この初期盤は音の素晴らしさもあって今ではとんでもない貴重品となっているようです。
ただし、このセットは今も通常のCDとして簡単に入手が可能なので、歴史的名演と言われながらもその内容については簡単に検証できちゃうので、いろいろとエクスキューズがつく演奏となっています。
今回、この一連の録音をアップするためにあらためて聴き直してみたのですが、そのエクスキューズについて一言述べておく必要を感じました。
そのエクスキューズとは何かと言えば、最近になって「オケが下手すぎるといわれることに尽きます。
例えば、歴史的名演と言われるボレロなどを聞けばすぐに気がつくのですが、管楽器があちこちで音を外しています。酷いのになると「酔ったオジチャンが、ろれつがまわっていない」という極めて的確な評価が下されていたりします。
そうなんです、昨今の演奏と録音になれてしまった耳からすればあまりにも緩いのです。
そして、その事にはフランスのオケが持っている「あわせる気がない」という本質的な問題が絡んでいます。
フランスのオケというのは、プレーヤー一人一人の腕は確かです。しかし、彼らはその腕を全体のために奉仕するという気はあまり持ち合わせていません。
ですから、リハーサルをしっかりと積み上げて縦のラインをキチンと揃えることにはあまり興味を持っていませんし、そもそもそう言うことに価値を感じないのです。さらに言えば、現在でもフランスのオケのプレーヤーは事前にスコアに目を通すような「面倒くさい」事はやらないようで、慣れていない曲をやるときは変なところで飛び出したりしてもあまり気にしないそうです。
ですから、クレツキなどは「フランスのオーケストラの演奏は練習し過ぎてはいけない」とまでいっているほどです。練習で絞り上げるとやる気がなくなって本番で悲劇的なことを引き起こしてしまうことが多い、と言うのです。
その点で言えば、クリュイタンスという人はそう言うオケの気質を知り尽くして、それをコントロールする術を身につけた人でした。
俺が俺がと前に出たがる管楽器奏者を自由に泳がせながら、それをギリギリのラインで一つにまとめていく腕と懐の深さを持っていました。結果として、トンデモ演奏になる一歩手前で踏ん張りながら、そう言うフランスのオケならではの美質があふれた演奏を実現できました。
ですから、このコンビの録音を「オケの精度」という点だけで見てはいけません。
オケの精度などと言うものは練習で絞り上げればある程度のラインまではどこでも実現可能です。しかし、クリュイタンスとパリ音楽院管弦楽団のコンビが醸し出すこの響きの素晴らしさは、いわゆる「訓練」によって実現できるレベルものではありません。
「あっ、外した。また、外した!!」と思えば落ち着いて聞いていられないかもしれませんが、とりあえずはそう言うことは忘れて、この純度の高い、それでいてふくよかさを失わない希有の響きに身をゆだねれば、この演奏と録音の魅力に納得がいくのではないでしょうか。
そして、その事は録音会場に使われた「Salle Wagram(サル・ワグラム)」の響きの素晴らしさが貢献しています。この「Salle Wagram(サル・ワグラム)」は2005年の爆発事故で往事の面影はなくなってしまいましたが、オケの中で管楽器がクッキリと濁りなく響くことで有名でした。
パリ音楽院管弦楽団の名手たちが腕によりをかけて演奏している様子がはっきりととらえられているのはこの会場のおかげでもありました。
それからこんな事を書けば叱られるかもしれませんが、ラベルやドビュッシーの音楽は下からキチンと煉瓦を積み上げていくような音楽ではありませんから、多少アンサンブルの精度が落ちても気になりません。(気になるかな^^;)それよりは雰囲気勝負ですから、個々の楽器の響きの自由さと美しさこそが命だと思います。
今回追加で紹介する録音もまた、その様な美質に溢れた演奏であり、それらはこのコンビ故に成し遂げられた希有の響きによるラヴェル演奏というべきものです。
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