クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ワーグナー:「トリスタンとイゾルデ」より「前奏曲と愛の死」8Wagner:Tristan und Isolde Act1 Prelude und Liebestod)

ルドルフ・ケンペ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 1958年2月10日~13日&17日録音(Rudolf Kempe:Vienna Philharmonic Orchestra Recorded on February 10-13&17, 1958)





Wagner:Tristan und Isolde Act1 Prelude und Liebestod


愛と情念のドラマ

ワーグナーが書いた数々のオペラの中で最もワーグナー的なオペラがこの「トリスタンとイゾルデ」でしょう。

このオペラはもともと「ニーベルングの指環」を作曲しているときに、それを中断して書かれた作品でした。
理由は簡単、「指環」を一生懸命書いているものの、たとえ完成しても上演の見込みは全くない、これじゃ駄目だ・・・、と言うことで一般受けする軽いオペラを書こうと思い立ったのです。

そこで取り上げたのが「トリスタン伝説」、叔父の花嫁と許されぬ恋におち、悲恋の炎に身を焼かれるように死への道をたどる・・・、うーん、いかにも一般受けしそうです。

ところが、台本書いて、音楽をつけていくうちに、だんだんとふくれあがって来るではないですか。

第1幕のスケッチが終わった時点で、到底、一般受けする小振りなオペラにはならないことをワーグナー自身が悟ります。
第2幕を書き終えた時点で「私の芸術の最高峰だ!」と叫んだそうです。
そして、全曲書き終えたときは「リヒャルト、お前は悪魔の申し子だ!」と叫んだとか。

自惚れと自己顕示欲の塊みたいな男ですから、さもありなんですが、しかし、このオペラに関してだけは、この「叫び」は正当なものでした。

しかし、何とか上演される作品を書こうとしたワーグナーの所期の目的は、この作品があまりにも「偉大」なものになりすぎたが故になかなか上演されないという「不幸」を背負ってしまうことになります。
とりわけ、主役の二人、トリスタンとイゾルデを歌える歌手がほとんどいないと言うことは、この作品を上演するときの最大のネックとなっています。

特に、トリスタンは最後の第3幕はほとんど一人舞台なので、舞台で息を引き取るときは歌手も息を引き取る寸前になる・・・などと言われるほどです。

それから、この作品を取り上げると、お約束のように、前奏曲の冒頭にあらわれる「トリスタン和音」や、無限旋律のことが語られ、それが20世紀の無調の音楽に道を開いたことが語られます。

私は専門家ではないので、こういう楽典的なことをはよく分からないのですが、ただ、ワーグナー自身は「調性の破壊」などという革命的な意図を持ってこの作品を書いたのではないと言うことだけは指摘しておきましょう。頭でっかちの聴き方などはしないで、ごく自然にこの音楽に耳を傾ければ、愛と死に対する濃厚な人間の情念が滔々たる流れとして描かれていることが納得できるはずであり、その世界は極めて安定した調和のある世界として描かれています。

あのトリスタン和音にしても、そう言う安定した調性の世界の中で響くからこそ一種独特の不思議な響きが引き立つのであって、決して機能和声の枠から外れたその響きが作品全体を構成するキイとはなっていないのです。

ただし、ワーグナーが用いたこの響きの中に、全く新しい音楽の世界を切り開く可能性が存在して、その上に20世紀の無調の音楽が発展したことも事実です。
しかし、それはワーグナーにとっては全く与り知らないことであり、そう言う「前衛性」でこの作品を評価するような声を聞くと、私のような「古い人間」は首をかしげざるを得ません。

深々と沈潜していくワーグナー、外に向かってエネルギーを放出するワーグナー


クナパーツブッシュのことを、「徒弟修行的な音楽の世界にあっては珍しいほどの知性派であり、それ故に劇場的継承を取りあえずは無批判に受け容れて己の腕を磨くという体育会的スタンスとは遠い位置にあった」と書きました。
しかし、この様な書き方をすると、クナパーツブッシュという人はそう言う伝統とは無関係のところで自分勝手に音楽を作りあげたのかという誤解を招くかもしれません。

もちろん、そんな事はないのであって、バイロイト音楽祭でハンス・リヒターの助手として潜り込むことから彼のキャリアはスタートしているのです。それは無給の使い走りのような仕事だったのですが、ハンス・リヒターやカール・ムックのような偉大な芸術家と出会えたことが自らの成長に深い影響を与えたと述べています。

そして、その後は故郷のエルバーフェルトの歌劇場を振り出しに各地の歌劇場を渡り歩き、1922年にバイエルン州立歌劇場の音楽監督のポストを手に入れているのです。
それは、ヨーロッパにおける指揮者の典型的なキャリアの積み上げ方でした。

ですから、彼がその様な劇場的継承によって引き継がれる「伝統」を知らないはずはないのです。
それこそ「知り尽くしていた」はずです。
しかし、その「重み」を知り尽くしていながら、それでもその「重み」を言い訳にして唯々諾々と「伝統」に従うことを良しとはしなかったのです。

クナパーツブッシュが指揮の基本を学んだのは、ブラームスの権威と言われていたケルン音楽院のシュタインバッハでした。そして、同じ時期にフリッツ・ブッシュもまた、シュタインバッハに指揮を学んでいました。
そのフリッツ・ブッシュが、シュタインバッハの言うことを聞かずにワーグナーに入れあげるクナパーツブッシュの事を、「無能だ」「今すぐ音楽をやめるべきだ」と酷評していたという思い出を語っています。
そして、ブッシュ自身も、新しい音楽的潮流にばかり興味を示してシュタインバッハの言うことを聞こうとしないので、クナパーツブッシュと同じよう「無能だ」「今すぐ音楽をやめるべきだ」と酷評されたらしいのです。

しかし、時が流れて名を残す指揮者となったのは無能だと酷評されたクナパーツブッシュとフリッツ・ブッシュでした。

この手の話は音楽だけに限らず、どの世界でもある話です。
そして、無能呼ばわりされたにも関わらず、クナパーツブッシュはシュタインバッハに深く感謝をしていたようで、彼が得意としたブラームスの演奏に関して「シュタインバッハの真似をしているだけです。」と、本気とも冗談とも取れるような事を述べているのです。
ブッシュもまた、シュタインバッハの教え方に問題があったわけではなく、結局は学生たちの資質に起因する問題だったと述べています。

つまりは、彼はホンの駆け出しの頃から、伝統の重みを学びながらもその中に安住するつもりはなかったのです。
そして、その伝統に安住しないクナパーツブッシュの特異な音楽に多くの日本人は引きつけられてきたのかもしれないのです。

しかしながら、そう言う特異な音楽の横に、伝統というものの上にしっかりと根を張った演奏を持ってきてみると、時にはその「アンチ・伝統」みたいなクナパーツブッシュの音楽が上手くいっていないのではないかと思うときもあるのです。
何故にその様なことを感じたのかというと、この1ヶ月ほど、ルドルフ・ケンペの50年代から60年代にかけての録音をまとめて聞く機会があったからです。
彼の指揮によるワーグナーを聴いていると、「伝統」というものが持っている力をまざまざと見せつけられるのです。

「Decca」の名物プロデューサーだったカルショーはケンペのことを「徹底的な保守主義者」、「新しいことに全く関心を示さない指揮者」だと述べていました。
おそらく、ケンペと言う人は若い頃から「才能のある優等生」だったのでしょう。

そのようなケンペによるワーグナーは、伝統という豊かな土壌の中にしっかりと根を張った「立派な」ワーグナーなのです。
クナパーツブッシュの音楽がひたすら内へ内へと沈潜していくのに対して、ケンペのワーグナーはワーグナーという男に相応しいエネルギーを外に向かって放出していくのです。

もちろん、沈潜していくクナパーツブッシュの音楽にも巨大なエネルギーが内包されているのですが、そのエネルギーはマイナスエネルギーです。
それ故に、ミュンヘンフィルと録音した一連のワーグナー作品の中では、マイスタージンガーやローエングリンの前奏曲、さまよえるオランダ人の序曲などはあまり上手くいっていないように思うのです。
やはり、こういう音楽は外に向かってプラスのエネルギーを放出するものとして聞きたいのです。

もちろん、ワーグナーの音楽をケンペのようにひたすら逞しく、そして明るく演奏することに疑問を感じる(根暗な・・・^^;)人はいるかもしれません。
ですから、それを持って優劣を論ずるのはナンセンスではあるのですが、「伝統」というものを対称軸としてこの二人は鮮やかな対比を見せてくれる事は間違いありません。

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