クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ワーグナー:ジークフリート牧歌

ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 1962年9月録音





Wagner:Siegfried Idyll


階段の音楽

この作品の誕生に関わるエピソードはあまりにも有名です。

ジークフリート牧歌は、1870年、晴れて自分の妻となったコジマへの誕生日プレゼントとして創作されました。しかし、コジマの誕生日までそのプロジェクトは極秘であり、練習も家族に知られないように行われたと言います。
そして、誕生日当日の朝、コジマは美しい音楽で目をさますことになります。階段に陣取った17名の演奏家とワーグナーによる彼女へのプレゼントが同時に世界初演となったわけです。
そして、音楽が終わると、ワーグナーはうやうやしく総譜をコジマに手渡したと言います。

なかなかやるもんです。
そして、コジマと子供たちはこの作品を「階段の音楽」と呼んで何度も何度もアンコールしたと言うエピソードも伝わっています。

こういうお話を聞くとワーグナーってなんていい人なんだろうと思ってしまいます。しかし、事実はまったく正反対で、音楽史上彼ほど嫌な人間はそういるものではありません。(-_-;)おいおい

ただ、コジマとの結婚をはたし、彼女とルツェルンの郊外で過ごした数年間は彼にとっては人生における最も幸福な時間でした。そして、その幸福な時代の最も幸福なエピソードにつつまれた作品がこのジークフリート牧歌です。
それ故にでしょうか、この作品はワーグナーの作品の中では最も幸福な色彩に彩られた作品となっています
こういうのを聴くと、つくづくと人格と芸術は別物だと思わせられます。

どうしてマイナーな小道を歩み続けたのか


ホーレンシュタインという指揮者は本当に謎としか言いようがありません。戦前はフルトヴェングラーの助手も務め順調にキャリアを積み上げていったのですが、ナチスの台頭でアメリカに亡命を余儀なくされ、戦後は1949年にヨーロッパに復帰するものの特定のポストに就くことはなく、終生客演指揮者として活動を続けました。
また、録音活動もほとんどがマイナー・レーベルが中心で、50年代はVox、そして60年代はReader's Digest等です。

それでは、指揮者としての能力に欠けていたので常任指揮者としてお呼びがかからなかったのか、さらには、メジャー・レーベルからオファーがなかったのかと言えば、それが全く持ってそうではないのです。
それは、VoxやReader's Digestに残した録音を聞けば一目瞭然(一聴瞭然?)です。
50年代にウィーン交響楽団と名乗ることが出来ずにウィーン・プロ・ムジカ管弦楽団としてVoxで録音した一連の演奏も見事なものでしたが、60年にReader's Digestで行った録音も実に見事なものです。さらには幾つか残されているライブ録音を聞いても然りです。

まず気づくのは、どの作品においてもやや遅めのテンポを採用していることです。
一般的に遅めのテンポというのはクレンペラーのように構築性を押し出すためや、クナパーツブッシュのように音楽にうねりをもたらして巨大化を図るために採用されたりするのですが、ホーレンシュタインの遅さはそのようなものとは全く異なります。
彼は、やや遅めのテンポを設定することで、柔らかく自然な流れをつくり出すことを目的としているのです。

それはドヴォルザークの「新世界より」ではもっとも顕著なのですが、ブラームスの第1番もフィナーレに向かって実に柔らかで自然でふくよかな雰囲気を醸し出しています。
もちろん、ワーグナーの一連の音楽でも同様で、とりわけ「ジークフリート牧歌」の優雅さは特筆ものでしょう。

そして、もう一つ注目したいのは、彼が紡ぎ出すオーケストラの音色の温かさです。おそらくは、各楽器のブレンドの仕方がこの上もなく絶妙で、やや厚めの低声部の響きを土台としてこの上もなく暖色系の美しい響きをつくり出します。そして、そう言う音色の魅力は50年代のウィーン・プロ・ムジカ管弦楽団(実態はウィーン響)で顕著だったのですが、それがロイヤル・フィルやロンドン響のようなイギリスのオケ、そして良く指揮台に立ったフランス国立放送管弦楽団のようなフランスのオケになっても本質的には変わらないのです。
ですから、この響きはまさにホーレンシュタイン独自のものだと言えます。

そう言えば、チェリビダッケなんかも晩年は妥協することなく彼独自の響きを求めたものですが、それと同じようなことを客演指揮で実現してしまうと言うのは驚くべきコントロール能力です。もっとも、チェリビダッケもまた客演指揮であっても鬼のようなリハーサルでどんなオケでも自ら望む響きに買えていましたが、ホーレンシュタインにはその様な強引さは見あたらないところが凄いです。

さらに、驚くべきはそう言う美しく自然に音楽が流れる中で、ここぞという場面では一気に迫力を持って畳み込んでくるのです。それは、50年代の録音ではいささか物足りなさを感じる部分であったのですが、60年代のReader's Digestでの録音ではその殻を打ち破っています。
そして、それは褒めすぎかもしれませんが、どこか彼の師であるフルトヴェングラーを思い出させる瞬間があります。

だから、実にもって不思議なのです。
これだけの能力を持った指揮者がどうしてマイナーな小道を歩み続けたのか?

おそらくは、まわりに見る目がなかったのではなくて、それが彼にとってもっとも心地よく音楽と向き合える環境だったのでしょう。

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