J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ
クルト・レーデル指揮:ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1961年録音
J.S.Bach:Jesus bleibet meine Freude
あまりにも有名なコラール

この「主よ、人の望みの喜びよ」は教会カンタータ第147番「心と口と行いと生きざまもて」の第1部の最後に歌われるコラールです。
とはいっても、「心と口と行いと生きざまもて」と言われてもピンとこない人が多いでしょうから、簡単に紹介しておきます。
バッハは1723年にケーテンの宮廷から聖トーマス教会のトーマスカントルへの転職を試みます。
そのために、その年の2月には「イエスは十二使徒をひき寄せたまえり 」BWV22と「汝まことの神にしてダヴィデの子」BWV23を採用試験がわりに提出し採用されます。
伝えられる話では、その時の採用選考ではバッハは5番目だったらしいのですが、何故か1番から4番の候補者が全員辞退してしまい、めでたくバッハにトーマスカントルの職がまわってきたようです。
そして、バッハはその年の5月にはケーテンからライプツィヒに居を移し、その1週間後には「乏しき者は食らいて」BWV75披露します。
いわばライプツィヒへの顔見せ演奏だったのですが、その後も精力的に教会カンタータの作曲に取り組み、この有名な「心と口と行いと生きざまもて」はその年の7月2日に披露されています。
全体は1部と2部に別れ、全体で10曲にもなる長大な作品です。そして、実際のミサではその1部と2部の間に牧師による説教があったようです。
冒頭の合唱は、トランペットの活躍する快活な曲で気分の良い合唱フーガです。
第3曲のアリアは、オーボエ・ダモーレの伴奏がなかなかにいい雰囲気なのですがいささか暗めの音楽なのですが、第5曲のソプラノによるアリアは独奏ヴァイオリンもソプラノも美しく1部の聞きどころと言えそうです。
そして第1部の最後にあの有名な「主よ、人の望みの喜びよ」が歌われて締めくくられます。
第2部はテノールのアリアで始まります。続くアルトによるレシタティーヴォに2本のオーボエ・ダ・カッチャが寄り添うのが魅力的です。
次のバスのアリアでは再びトランペットが鳴り響き、冒頭合唱曲の喜ばしい雰囲気が再現されます。そして、最後にもう一度あの有名な「主よ、人の望みの喜びよ」が歌われて締めくくられます。
後ろを見ながら前へと進んでいった人
カール・リヒターとクルト・レーデルはともにミュンヘンを活動の拠点として、ほぼ同じ時期に活動してたいことに気づいて不思議な感情を抱きました。
50年代の初め頃、カール・リヒターは無名の若者であり、ミュンヘンの街角で「僕たちと新しい音楽をやりませんか」と言いながらビラをまいては仲間を集めていました。それに対して、クルト・レーデルはすでにフルーティストとしての地位を築いており、1952年にはミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団を創設して指揮者としての活動をはじめます。
しかし、両者の音楽感は対照的なものでした。
そして、言うまでもなく後世に大きな影響を与えたのはリヒターの峻厳にして厳格なバッハ演奏でした。そして、その演奏は後の時代にピリオド演奏という潮流が大きな影響力を持つようになっても、そして彼らがリヒターの演奏をどれほど批判しようとも多くの聞き手はリヒターを見捨てることはありませんでした。
それに対して、レーデルの音楽はリヒターと較べれば極めて保守的でした。
もっとも、保守的と言っても当時の巨匠たちが常識としていた重厚長大な演奏と較べれば、それは疑いもなくこの時代における古楽復興の一翼を担うものでした。しかし、おそらく、そう言う50年代の古楽復興のムーブメントの中にレーデルの演奏をおいてみれば、それはもっとも保守的な部類にはいると言わざるを得ないでしょう。
彼らは60年代にエラートを中心として熱心に録音活動を行い多くの賞も取ってその時代においては一定の支持を得ていました。しかし、時代が過ぎるにつれて彼らの存在は遠ざかり、いつしかほとんどの人の記憶からは消え去ってしまいました。現在では、デジタル化されてCDとなっている録音は彼らの業績から見ればごく僅かであり、その多くがすでに廃盤となってしまっているようです。
しかし、この世知辛い世の中において、今一度彼らの演奏を聞くと、そのゆったりとした穏やかな音楽の作り、そして何よりも低声部にそれなりの厚みを持たせたふくよかな響きは、苛立ちささくれだった気持ちを鎮めてくれます。
そして、ひたすら前ばかりを見つめて突き進んできた「今」のあり方に対する一つの疑問を提起してくれるような気がします。
ここで紹介している録音は中古レコード屋さんの300円均一コーナーに投げ込まれていた一枚です。収録されていたのは以下の6曲です。
- パッヘルベル:カノン ニ長調
- パッヘルベル:シャコンヌ ヘ短調
- J.S.バッハ:アリア(管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068より)
- J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調, BWV 565
- J.S.バッハ:幻想曲とフーガ イ短調, BWV 904
- J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ
パッヘルベルはともかくとして、バッハに関して言えば緩い音楽と言われても仕方がないでしょう。しかし、その「緩さ」がなんだか妙に魅力的に思えてくるのです。
バッハのオルガン曲の編曲も色彩の豊かさよりはオルガンが持つ響きを管弦楽に置き換えたようで聞いていて心が落ちつきます。有名なアリアもこうやってふくよかな響きで歌い上げてくれた方が一つの救いとなるような気がするのです。
そう言えば、ポール・ヴァレリーがこんな事を言っていました。
湖に浮かべたボートをこぐように人は後ろ向きに未来へ入っていく。目に映るのは過去の風景ばかり、明日の景色は誰も知らない
レーデルとはまさに後ろを見ながら前へと進んでいった人なのかもしれません。
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