クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

デュカス:「魔法使いの弟子」

クレメンス・クラウス指揮:バンベルク交響楽団 1953年1月録音





Dukas:L'Apprenti Sorcier


老先生のお出掛けじゃ、鬼の留守の羽翼伸ばし

デュカスと言えば「魔法使いの弟子」です。「魔法使いの弟子」と言えば「デュカス」です。それくらいにこの二つは強く結びついていますし、その結びつきをつくり出したのは言うまでもなくディズニーのアニメ映画「ファンタジア」の為せる業です。
しかし、それでは「魔法使いの弟子」以外のデュカスの作品となると何が思い浮かぶでしょうか。恥ずかしながら、私は何一つ思い浮かびませんでした。(^^;

それでは、デュカスというのはいわゆる「一発屋」だったのかと言えば、どうもそうでもないようなのです。どうやら、このデュカスという人は稀に見るほどの完璧主義者だったようで、自ら作品番号をつけたごく僅かの作品以外は跡形もなく破棄してしまったようなのです。ですから、その生涯に残された作品は20にも満たないのです。
しかし、その反面として「評論家」としても活躍して、多くの作品を厳しく批評し、その事が結果として自作への厳しい批評にもつながったようなのです。ですから、彼の作曲の教室には多くの有能な若者が集まり、その中にはモーリス・デュリュフレやオリヴィエ・メシアンなどもいたのです。
この写真はとても有名なもので、中央に先生のデュカスが写っていて、右端にひっそりと座っているのがオリヴィエ・メシアンだそうです。

デュカスの作曲クラス

「魔法使いの弟子」は最初は「ゲーテによる交響的スケルツォ」と名づけられたように、ゲーテのバラード「魔法使いの弟子」をもとにした管弦楽曲です。ただし、そのストーリーというものは映画ファンタジアによって多くの人に知れ渡っていますから、今さらゲーテの作品にかえって確かめる必要がないのは有り難い話です。しかし、デュカスはファンタジアを見てこの作品を作曲したのではなくて、あくまでもゲーテの詩のフランス語訳を呼んでこの作品をイメージしたのですから、一度はゲーテの作品にかえってみるのも有意義でしょう。

老先生のお出掛けじゃ、
鬼の留守の羽翼(はね)伸ばし、
いかな 霊ども、
今日はおれの厳命にそむくまいぞや、
呪文も印も一切合財
老師のすること残らず見てある、
細工はりゅうりゅう、
師匠にまさる念力で
いよいよこれから秘宝のはじまり。

ひたひた さらさら
流れよ 流れよ
そこまで ここまで
流れよ あふれよ 水の霊
たっぷりみなぎれ
ゆあみ 水あび できるまで

おつぎはおまえだ 古箒!
そこらのありぎれ引っかぶれ。
下男仕事がおまえのがらだ。
しっかり果たせ わたしのいいつけ。
ほら立て しゃんと、足を突っぱり
頭を起し。
いそいで汲め汲め
水甕(みずがめ)持って。

ひたひた さらさら
流れよ 流れよ
そこまで ここまで
流れよ あふれよ 水の霊
たっぷりみなぎれ
ゆあみ 水あび できるまで

ほらほら 岸を目がけて幕の下男、
早くも着いた 水際に。
雷光石火、
水汲み運ぶ、
たちまち返して二度目 三度目。
盤は溢れる、
うつわも鉢も
なみなみみなぎる。

とまれ とまれ。
汝のはたらき
しっかりと
見えたぞ。
あっ、これは大変。
ここのところの呪文を忘れた。

ああああ 箒を箒にかえす
呪文を忘れた。
ああ あの目まぐるしい走りよう、
もとの箒にもどらぬか、
汲んで運び 運んであける。
ああ 八方からの
水攻めだ。

もうこの上は
捨ておけぬ。
ひっとらまえよう。
あまりの沙汰だ。
ああ 心配がひどくなる。
あの形相は! あの目つきは!

こやつ、悪魔の出来そこないめ!
この家(うち)もすっかり流す気か。
扉から窓から
大洪水。
こら聞こえぬか、
箒のばけもの。
ありし姿の棒となれ、
棒となって立ち止まれ。

どうでも
やめぬか。
つかむぞ、
しめるぞ。
古びたその柄に
まさかり見舞うぞ。

ほら またしてもあくせく運ぶ、
体(たい)でとめるぞ 飛びつくぞ、
他愛もない奴、ばったり倒れた このとおり、
一刀両断、これ食らえ。
でかした 割れた、真二つ。
これで安心。
一息できる。

悲しや 悲しや、
割れた二つが
すぐさま立って
今度は二人で
水運ぶ。
お助けください ああ神さま

下男二人がやすまずうごく、
だんだん増す水
階段ひたす。
おそろしや 大洪水、
お師匠さま、お師匠さまはござらぬか。
あ、お師匠さまが見えられた。
先生、大変が起こりました。
私が呼び出した霊どもが
いいつけ聞かず
始末に困じておりまする。

「隅に寄れ、
片よれ 片よれ
古箒 古箒、
なんじ本来箒の性(しょう)、
汝に霊力授けて
使役にしうるは
ただ練達の師あるのみじゃ」

訳:手塚富雄

魔法使いの弟子は命じられた水汲み仕事に飽き飽きしてずるをしたのではなくて、最初から「老先生のお出掛けじゃ、鬼の留守の羽翼(はね)伸ばし」だったのですね。もっとも、全体のストーリーはファンタジアも大きな違いはないのですが、それでも、この笑える一連の「言い回し」を知った上で音楽を聞いた方がはるかに楽しめるようですね。

まるでウィーンのオーケストラのような響き


この録音を聞いて一番驚かされるのは、ある意味ではもっともドイツ的だと言われるバンベルク響がまるでウィーンのオーケストラのような響きで演奏していることです。人によれば、メタモルフォーゼンなどの演奏からは、第2次大戦でなくなった人々への痛切なる慟哭のようなものが聞き取れるというのですが、私にはそれよりもこの優美で美しい響きの方にこそまず耳がいってしまいます。

そして、それが「クープランのクラヴサン曲によるディヴェルティメント」のような、擬古典的な優美な音楽であればその美しさは一層作品の魅力を引き立てますし、デュカスの「魔法使いの弟子」なども、これをブラインド聞かされてウィーン・フィルの演奏だよと言われれば納得してしまう人もいるでしょう。
もちろん、それは「魔法使いの弟子」だけに限った話だけでなく他のリヒャルト・シュトラウスの作品にもあてはまります。少なくとも、私は「ウィーン・フィルの演奏だよ」と言われればきっと信じてしまうはずです。

と言うことは、ここで聞くことのできるオーケストラの響きというのはクラウスが最も強く求めるオケの響きだと言うことになります。そして、クラウスとウィーン・フィルとの相性の良さは常に指摘されるのですが、それは裏を返せばクラウスがウィーン・フィルの響きに乗っかっているのではなくて、クラウスが理想とする響きをもっとも的確に実現できるのがウィーン・フィルだったと言うことなのでしょう。

意外な話ですが、クラウスという人は結構しつこくリハーサルを行って、楽団員との関係は結構緊張関係になることが多かったようです。
それは、彼の中に理想とする響きが確固として存在していて、その理想にほど遠ければ絶対に許せないという気性だったのでしょう。

そう言えば、あのチェリビダッケも晩年はどのオーケストラを指揮しても同じような音色を紡ぎ出していました。そして、その背景には気の遠くなるようなリハーサルの積み重ねがあったことはよく知られています。
ある意味では全く異質と思われるこの二人の指揮者は意外なところで共通点があったのかもしれません。

ちなみに、バンベルク響と言うのは、もともとはチェコにあったドイツ系の人々によって創設されたオーケストラが母体になっています。それが、ドイツの敗戦でチェコ在住のドイツ系の人々が追放されることでオケは解散し、その団員たちがドイツの小都市バンベルグで新しく創設したのがバンベルクでした。
人口が10万人にも満たない小都市には不釣り合いなほど立派なオーケストラなのですが、その背景にはそう言う戦争の影響があったようです。そして、それ故に彼らのドイツ的な指向は非常に強いものとなったのでしょう。
それだけに、そう言うオケからこういう響きを生み出したクラウスというのは、やはりチェリビダッケのような並大抵の男ではなかったようです。

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