ラヴェル:組曲「ダフニスとクロエ」
ウィレム・ヴァン・オッテルロー指揮 ハーグ・レジデンティ管弦楽団 1953年5月4日~5日録音
Ravel:Daphnis And Chole, Suite No.1
Ravel:Daphnis And Chole, Suite No.2
3部分からなる舞踏交響曲
「ダフニスとクロエ」は、ロシア・バレエ団を率いるセルゲイ・ディアギレフの依頼を受けて作曲したバレエ音楽だったのですが、出来上がった音楽にディアギレフはかなり不満があったようなのです。
それは、ディアギレフは「バレエ音楽」を依頼したににもかかわらず、出来上がった作品は「立派な管弦楽曲」だったからです。
確かに、ラヴェル自身もこの出来上がったバレエ音楽のことを3部分からなる舞踏交響曲と呼んでいたようです。
「私が目指したものは、古代趣味よりも私の夢想の中にあるギリシャに忠実であるような、音楽の巨大な壁画を作曲することだった。
その壁画は、18世紀末のフランス画家達が夢想し描いたものに、いわはおのずと似通っている。
作品はきわめて厳格な調の設計に基づき、少数の、展開が作品全体の交響的な均質性確かなものにする動機によって、交響音楽として組み上げられている。」
つまりは、コンサートのプログラムとして聞くには相応しくても、バレエ音楽を注文したつもりのディアギレフにとっては満足のいくものではなかったのです。
実際、現在は「第1組曲」と言われる部分だけが完成して、ピエルネ指揮のコロンヌ管弦楽団で初演されたというのそのあたりの事情を反映しています。そして、その「第1組曲」初演の翌年に全曲が漸くにして完成したのですが、「バレエ」の上演としてはかなり不満足な結果に終わってしまいます。
なお、ラヴェル自身が3つの部分と呼んだのは以下の通りです。
第1部 パンの神とニンフの祭壇の前
- 序奏~宗教的な踊り
- 全員の踊り
- ダフニスの踊り~ドルコンのグロテスクな踊り
- 優美な踊り~ヴェールの踊り~海賊の来襲
- 夜想曲~3人のニンフの神秘的な踊り
- 間奏曲
第2部 海賊ブリュアクシスの陣営
- 戦いの踊り
- やさしい踊り
- 森の神の登場
第3部 第1部と同じ祭壇の前
- 夜明け
- 無言劇
- 全員の踊り
先に完成した「第1組曲」は、第1部の「夜想曲」と「間奏曲」、そして第2部の「戦いの踊り」までが演奏され、組曲と言ってもそれらが一気に演奏されます。
そして、全曲が完成した翌年に「第2組曲」が完成するのですが、それもまた第3部がノーカットで演奏されるもので、違いがあるとすれば第2部から第3部へ移行する10小節がカットされているだけです。
ですから「第1組曲」も「第2組曲」も、組曲とはなっているのですが本体のバレエ音楽から抜粋したり、再構成したりというような事は一切していないのです。
つまりは、それだけ本体のバレエ音楽が交響的な音楽になっていると言うことの裏返しでもあるのです。
なお、「ダフニスとクロエ」のあらすじは以下のようなものです。
第1部 パンの神とニンフの祭壇の前
序奏に続いて祭壇に供える「宗教的な踊り」が捧げられます。
ダフニスとクロエが登場すると、娘達はダフニスを、若者達はクロエを囲んで踊り、やがて「全員の踊り」となります。
やがて、クロエに言い寄る牛飼いのドルコンをダフニスが遮ると、ダフニスとドルコンは踊りで勝負をすることになります。
まずは、ドルコンの「グロテスクな踊り」、続いてダフニスの「優美な踊り」が踊られ、勝ったダフニスはクロエからキスされて恍惚となります。
やがてクロエは一同と連れだって退場するのですが、一人に残った夢見心地のダフニスに年増女のリュセイオンが「ヴェールの踊り」で誘惑をします。
すると、突如「海賊の主題」が鳴り響いて海賊が襲来します。
クロエを気遣うダフニスト入れ違いにクロエが登場し、祭壇に額ずく彼女を海賊は連れ去ってしまいます。
再びその場に戻ってきたダフニスはクロエの靴を発見して絶望のあまりに卒倒してしまいます。
やがて「夜想曲」が流れ、3人のニンフが「神秘的な踊り」を踊っていると倒れているダフニスを発見して助け起こします。
3人のニンフがダフニスに神に祈らせるのですが、パンの神が姿を現すとダフニスはその場にひれ伏し、合唱を伴った「間奏曲」が流れてきます。
ちなみに、こんな所に「合唱」を使うのは「バレエ」には不要な無駄遣いだとしてディアギレフは全く気に入らなかったようです。
第2部 海賊ブリュアクシスの陣営
間奏曲から切れ目なしに粗野であっても活気に溢れた海賊達の「戦いの踊り」が演奏されます。
そして、海賊の首領の前に連れて来られたクロエは「やさしい踊り」で許しを乞います。そして、脱出の機会をうかがうのですが失敗してしまいます。
ところが、まさにあわやというところで、突然山羊の脚をした森の神が登場すると雰囲気は一変し、さらには大地が裂けてパンの神の巨大な幻影が現れると海賊たちは先を争うようにして逃げ去ってしまうのです。
第3部 第1部と同じ祭壇の前
「夜明け」の歌によって夜はまさに明けようとし、小鳥は歌い出します。そして、この音楽の後にダフニスとクロエの感動的な再会を果たします。
老いた羊飼いは、パンの神はかつて愛したシリンクスの思い出ゆえにクロエを助けた事を教えます。
そこで、ダフニスとクロエは「無言劇」を演じます。
パンの神が吹く蘆笛にシラーンクスの心は高まり、やがて彼女の方から神の胸に飛び込むというストーリーを演じてみせたのです。
そして、ダフニストクロエは祭壇の前で愛を誓うと、全員がパンの神とニンフを讃えて「全員の踊り」を沸き立つような熱狂の中で踊るのです。
ほの暗くはあっても地味ではない
オッテルローという指揮者の守備範囲の広さを感じさせる録音と言えるでしょうか。もちろん、メンゲルベルク(ボレロ)やフルトヴェングラー(スペイン狂詩曲)も調べてみればラヴェルの録音はあるようですが、極めてレアです。クナッパーツブッシュなんかは皆無ではないでしょうか。
しかし、ベイヌムなんかもそれなりにラヴェル作品は録音していますから、この世代としては当然なのかもしれません。
ただし、面白いのは、このオッテルローのラヴェル演奏は、まあ、取りあえずフランス音楽も守備範囲に入れておきましょうか、みたいな安易なものではなくて、オッテルローならではの考え抜かれた演奏になっていると言うことです。
その特徴を一言で言えば「ほの暗い」です。
当然の事ながら、ラヴェルの管弦楽作品はその華麗さにこそ値打ちがあるのですから、それを「ほの暗く」演奏するというのは随分かわったアプローチです。そして、その変わったアプローチをハーグ・レジデンティ管弦楽団という「田舎オケ」の地味な響きに帰結する人が多いのですが、オッテルローの録音をある程度まとめて聞いてみると、事はそれほど簡単ではないことに気づかされてきます。
まず、始めに確認しておかなければならないのは、ハーグ・レジデンティ管弦楽団の機能についてです。
一般的には、オランダと言えばコンセルトヘボウであり、それ以外のオケは二流と思われるのが通り相場です。しかし、この時代のハーグ・レジデンティ管弦楽団とコンセルトヘボウを冷静に比較してみると、その力量には大きな差があるようには思えません。人によってはそのアンサンブルに緩さを指摘する人もいるのですが、それは「思いこみ」が先立っているのではないでしょうか。
率直に言って、50年代のオケとしてはハーグ・レジデンティ管弦楽団はかなり高いレベルを持ったオケに育っているという「事実」は直視する必要はあるでしょう。
そして、その背景にあるのは、オケをパートごとに分けてまで徹底的にリハーサルを繰り返したオッテルローの「怖さ」があります。彼が行うリハーサルはほとんどの場合友好的な雰囲気とはかけ離れたものだったのですが、その耳の良さは際だっていて、それを否定できる楽団員はいるはずもなくて、結果的には彼に従うしかなかったようです。
つまりは、オーケストラ・トレーナーとしては一流の能力を持っていたのです。
ですから、彼が1949年にハーグ・レジデンティ管弦楽団の首席指揮者(後には音楽監督)に就任すると、オケの技量は急激に向上していったのです。
そして、もっとも注目しなければいけないのは、彼はアンサンブルを整えることは当然として、徹底的に配慮を払ったのは「音色」だったと言うことです。そして、その音色に対する要求は徹底していて、楽団員は苦闘を強いられたようです。そして、指揮者であると同時に優れた作曲家でもあったオッテルローは、その能力も生かしてそれぞれの作品に相応しい音色を要求したようなのです。
ですから、このほの暗いラヴェルは間違いなく確信犯です。
そして、それゆえにこの演奏を「地味」な演奏と片付け、さらには指揮者であるオッテルローを「地味な指揮者」と判断すれば、本質を大きく見誤ることになります。
もちろん、これがラヴェルの一般的な解釈になるとは思いません。しかし、そのよく考え抜かれ、練り上げられた響きとして、そのほの暗さは受け取るべき必要はあるのかもしれません。
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