クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲

イーゴリ・マルケヴィチ指揮:フィルハーモニア管弦楽団 1954年4月23日&6月3日録音(ディアギレフへのオマージュ)





Maurice Ravel:Daphnis And Chole, Suite No.2 [1.Lever du jour]

Maurice Ravel:Daphnis And Chole, Suite No.2 [2.Pantomime]

Maurice Ravel:Daphnis And Chole, Suite No.2 [3.Danse generale]


3部分からなる舞踏交響曲

「ダフニスとクロエ」は、ロシア・バレエ団を率いるセルゲイ・ディアギレフの依頼を受けて作曲したバレエ音楽だったのですが、出来上がった音楽にディアギレフはかなり不満があったようなのです。
それは、ディアギレフは「バレエ音楽」を依頼したににもかかわらず、出来上がった作品は「立派な管弦楽曲」だったからです。

確かに、ラヴェル自身もこの出来上がったバレエ音楽のことを3部分からなる舞踏交響曲と呼んでいたようです。

「私が目指したものは、古代趣味よりも私の夢想の中にあるギリシャに忠実であるような、音楽の巨大な壁画を作曲することだった。
その壁画は、18世紀末のフランス画家達が夢想し描いたものに、いわはおのずと似通っている。
作品はきわめて厳格な調の設計に基づき、少数の、展開が作品全体の交響的な均質性確かなものにする動機によって、交響音楽として組み上げられている。」

つまりは、コンサートのプログラムとして聞くには相応しくても、バレエ音楽を注文したつもりのディアギレフにとっては満足のいくものではなかったのです。
実際、現在は「第1組曲」と言われる部分だけが完成して、ピエルネ指揮のコロンヌ管弦楽団で初演されたというのそのあたりの事情を反映しています。そして、その「第1組曲」初演の翌年に全曲が漸くにして完成したのですが、「バレエ」の上演としてはかなり不満足な結果に終わってしまいます。

なお、ラヴェル自身が3つの部分と呼んだのは以下の通りです。

第1部 パンの神とニンフの祭壇の前

  1. 序奏~宗教的な踊り

  2. 全員の踊り

  3. ダフニスの踊り~ドルコンのグロテスクな踊り

  4. 優美な踊り~ヴェールの踊り~海賊の来襲

  5. 夜想曲~3人のニンフの神秘的な踊り

  6. 間奏曲



第2部 海賊ブリュアクシスの陣営

  1. 戦いの踊り

  2. やさしい踊り

  3. 森の神の登場



第3部 第1部と同じ祭壇の前

  1. 夜明け

  2. 無言劇

  3. 全員の踊り



先に完成した「第1組曲」は、第1部の「夜想曲」と「間奏曲」、そして第2部の「戦いの踊り」までが演奏され、組曲と言ってもそれらが一気に演奏されます。
そして、全曲が完成した翌年に「第2組曲」が完成するのですが、それもまた第3部がノーカットで演奏されるもので、違いがあるとすれば第2部から第3部へ移行する10小節がカットされているだけです。

ですから「第1組曲」も「第2組曲」も、組曲とはなっているのですが本体のバレエ音楽から抜粋したり、再構成したりというような事は一切していないのです。
つまりは、それだけ本体のバレエ音楽が交響的な音楽になっていると言うことの裏返しでもあるのです。

なお、「ダフニスとクロエ」のあらすじは以下のようなものです。

第1部 パンの神とニンフの祭壇の前

序奏に続いて祭壇に供える「宗教的な踊り」が捧げられます。
ダフニスとクロエが登場すると、娘達はダフニスを、若者達はクロエを囲んで踊り、やがて「全員の踊り」となります。

やがて、クロエに言い寄る牛飼いのドルコンをダフニスが遮ると、ダフニスとドルコンは踊りで勝負をすることになります。
まずは、ドルコンの「グロテスクな踊り」、続いてダフニスの「優美な踊り」が踊られ、勝ったダフニスはクロエからキスされて恍惚となります。

やがてクロエは一同と連れだって退場するのですが、一人に残った夢見心地のダフニスに年増女のリュセイオンが「ヴェールの踊り」で誘惑をします。
すると、突如「海賊の主題」が鳴り響いて海賊が襲来します。

クロエを気遣うダフニスト入れ違いにクロエが登場し、祭壇に額ずく彼女を海賊は連れ去ってしまいます。
再びその場に戻ってきたダフニスはクロエの靴を発見して絶望のあまりに卒倒してしまいます。

やがて「夜想曲」が流れ、3人のニンフが「神秘的な踊り」を踊っていると倒れているダフニスを発見して助け起こします。
3人のニンフがダフニスに神に祈らせるのですが、パンの神が姿を現すとダフニスはその場にひれ伏し、合唱を伴った「間奏曲」が流れてきます。

ちなみに、こんな所に「合唱」を使うのは「バレエ」には不要な無駄遣いだとしてディアギレフは全く気に入らなかったようです。

第2部 海賊ブリュアクシスの陣営

間奏曲から切れ目なしに粗野であっても活気に溢れた海賊達の「戦いの踊り」が演奏されます。
そして、海賊の首領の前に連れて来られたクロエは「やさしい踊り」で許しを乞います。そして、脱出の機会をうかがうのですが失敗してしまいます。
ところが、まさにあわやというところで、突然山羊の脚をした森の神が登場すると雰囲気は一変し、さらには大地が裂けてパンの神の巨大な幻影が現れると海賊たちは先を争うようにして逃げ去ってしまうのです。

第3部 第1部と同じ祭壇の前

「夜明け」の歌によって夜はまさに明けようとし、小鳥は歌い出します。そして、この音楽の後にダフニスとクロエの感動的な再会を果たします。
老いた羊飼いは、パンの神はかつて愛したシリンクスの思い出ゆえにクロエを助けた事を教えます。

そこで、ダフニスとクロエは「無言劇」を演じます。
パンの神が吹く蘆笛にシラーンクスの心は高まり、やがて彼女の方から神の胸に飛び込むというストーリーを演じてみせたのです。

そして、ダフニストクロエは祭壇の前で愛を誓うと、全員がパンの神とニンフを讃えて「全員の踊り」を沸き立つような熱狂の中で踊るのです。

ディアギレフへのオマージュ


マルケヴィッチを見いだしたのは世界的な興行師だったディアギレフでした。二人の出会いは1928年の事で、その年の夏にたまたまディアギレフの秘書がマルケヴィッチの母と知合いになり、彼女の息子が若い頃のレオニード・マシーン(ロシア・バレエ団中期のダンサー兼振付師)とそっくりなことに驚いたのがきっかけでした。
それを聞いたディアギレフはパリでこの少年と出会い、その音楽的天分にすっかり惚れ込んでしまい、さらには「同性愛者」でもあったディアギレフはマルケヴィッチその人にも惚れ込んでしまうのです。

マルケヴィッチ自身は「同性愛者」ではなかったようですが、後に「彼は私に世界全体をくれようとした。彼の寛大さは限度を知らなかった。ディアギレフは倒錯者ではなかった。むしろ感情を重んじる人物だった。たしかに彼の愛情には肉欲的な側面があったけれども、たぶんそれは彼にとって必要悪だったのだろう。」と言っているように、父性愛的な感情を持ってディアギレフと接していたようです。
そして、マルケヴィッチは彼の支援を得て作曲家として才能を伸ばし、その後は指揮者として世界的な名声を獲得していく礎を築いてくれたのでした。

ですから、1954年にディアギレフの没後25年を記念して「ディアギレフへのオマージュ」というアルバムをEMIが制作しようとしたときに、指揮者としてマルケヴィッチが起用されたのは当然のことでした。
このアルバムの制作を提案したのは、当時米EMI社長だったダリオ・ソリアの夫人ドール・ソリアでした。そのためかEMIとしても思いっきり気合いを入れて、異例ともいえるほどの豪華なアルバムに仕上げています。

なにしろそのアルバムのライナーノートは36ページに及ぶ豪華冊子であり、指揮者マルケヴィッチだけでなく、ロシア・バレエ団の舞台写真や衣裳デザイン画、関係者のポートレート等が多数掲載されていました。

このアルバムに収録された作品は以下の通りであり、演奏は全てマルケヴィッチ指揮によるフィルハーモニア管でした。

  1. サティ:「パラード」

  2. ウェーバー:「舞踏への勧誘(ベルリオーズ編、バレエとしては「薔薇の精」というタイトル)」

  3. ドビュッシー:「牧神の午後への前奏曲」

  4. ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲

  5. チャイコフスキー:「白鳥の湖」組曲

  6. ショパン:「レ・シルフィード」よりマズルカ(ダグラス編)

  7. スカルラッティ:「上機嫌な貴婦人(トマシーニ編)」

  8. ファリャ:「三角帽子」より「粉屋の踊り」「隣人の踊り」「最後の踊り」

  9. プロコフィエフ:「鋼鉄の歩み」

  10. リャードフ:「キキモラ」

  11. ストラヴィンスキー:「ペトルーシュカ」より3つの踊り


そして、おそらくこの時代こそがフィルハーモニア管の全盛期だったでしょう。それは、1952年にフルトヴェングラーが録音した「トリスタンとイゾルデ」を聞けば誰もが納得することでしょう。
録音という行為にどうしても信頼感がもてなかったフルトヴェングラーも、このトリスタンの録音によってその可能性に確信を持ったとも言われています。実際、フルトヴェングラーは自らの録音の中ではこれを「ベスト」だと言い切っています。
その信頼を勝ち得た要因の大きな部分をフィルハーモニア管の機能がになっていたことは疑いがないのです。

それ故に、このアルバムに収められた録音は全盛期にあったフィルハーモニア管と、やる気100%のマルケヴィッチの入魂の指揮によって成し遂げられた演奏となっています。
ただし、そのマルケヴィッチの方向性は何処までも明晰さを追求したものすから、その様な音楽には馴染めないという人がいてもそれは否定しません。

そう言えば、マルケヴィッチは作品のテンポ設定を考えるための大前提として、その作品に含まれるもっとも短い音価の音符が明瞭に聞き取れることが必須条件だと語っていました。つまり、作品を演奏するときには、どのような小さな音符であっても蔑ろにしてはいけないと言うことを宣言したわけです。
そして、マルケヴィッチの凄いところは、その様な宣言を一つの理想論として掲げたのではなくて、まさに実際にの演奏においても徹底的に要求し続けたのです。そして、その要求にこの時代のフィルハーモニア管は完璧にこたえきっているように聞こえます。

しかしながら、そのスタンス故に彼のリハーサルは過酷を極め、結果として一つのポストに長く座り続けることが出来ない人でした。
マルケヴィッチは1959年にフィルハーモニア管と「胡桃割り人形」の組曲と「ロメオとジュリエット」を録音しているのですが、その録音がEMIでの最後の録音となってしまい、フォルハーモニア管との縁も切れてしまいました。
おそらくはフィルハーモニア管がもう言う過酷な要求にうんざりしてしまったのでしょう。

さらに言えば、フォルハーモニア管はクレンペラーの時代になっていささか下り気味になっていたことも一つの要因になっていたのかもしれません。そんな事を書けば、クレンペラーファンの人にはお叱りを受けるかもしれないのですが、彼は偉大な男であり、偉大な指揮者ではあったのですが、オーケストラ・トレーナーでなかったことも事実です。

確かに、59年のチャイコフスキーの「くるみ割り人形」組曲や幻想序曲「ロメオとジュリエット」を聞いていると、厳しすぎるマルケヴィッチに対する反発があったのか、次第に彼の言うこともあまり聞かなくなってきている様子も感じ取れます。
そう考えれば、この異常なまでの完璧主義者の男としてはやむを得ない選択だったのかもしれません。

そして、その結果として、オーケストラの機能が大きく落ちても、自らの音楽が貫けるラムルー管を選んだのでしょうが、そのラムルー管もマルケヴィッチのもとで輝かしい成果を残しながらも、ついにはその厳しさに絶えきれずに彼を追い出してしまうことになります。
つまりは、そう言う「以上なまでの完璧主義者」だったマルケヴィッチという男のやる気100%の入魂の指揮と、それに必死にこたえようとする最盛期のフィルハーモニ管の演奏がであったこの上もなく幸福な、そして奇跡的なアルバムが、この「ディアギレフへのオマージュ」なのです。

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