シェーンベルク:コル・ニドレ, Op.39
ハンス・スワロフスキー指揮 ウィーン交響楽団 (語り)ハンス・ヤーライ、アカデミー室内合唱団 1952年10月28日&30日録音
Schonberg:Kol Nidre, Op.39
苦しみに満ちたユダヤの苦悩

「コル・ニドレ」とは贖罪日というユダヤ人にとって最も重要な日に朗唱されるものだそうです。
その贖罪日とは自らが犯したあらゆる罪を告白して神に赦しを乞うだけでなく、家族や民全体の罪や気付かずに犯してしまったかもしれない自分の罪に対しても赦しを乞う日だそうです。
一般的に「コル・ニドレ」と言えば、ユダヤ人でもないブルッフがユダヤの旋律を用いた作品が思い浮かびますし、それがおそらく最も有名な作品でしょう。それ以外にもこの「コル・ニドレ」に題材をっった作品は数多くあるそうですが、そのどれもが悲しみを含んだ叙情的な旋律を持った音楽でした。
しかし、シェーンベルクはそう言う「甘いコル・ニドレ」には納得できず、あらゆる罪の告白と許しを乞うという「コル・ニドレ」本来の意味に相応しい音楽を作ろうとして生まれたのがこの作品です。
そして、その背景にはパリに亡命し、さらにロサンジェルスに渡った後に知り合ったユダヤ教の律法学者との出会いがあったようです。
出来上がった音楽は12音技法によって書かれた一片の甘さもない音楽で、祖国を失い離散したユダヤ人の苦しみと理不尽な心の痛みが表白されています。
長い序奏はまるで苦しみに満ちたユダヤの苦悩に対する呻きのようであり、その悲しみは聞くものの心に突き刺さります。
それ故に、この作品もまた「ワルシャワの生き残り」と同じように、それ以後の理屈だけの現代音楽とは本質的に異なった「魂のこもった音楽」になっています。
しかしながら、結果的にはこの「コル・ニドレ」はそれほど多くの支持は得られなかったようです。
そのために、今日でも「コル・ニドレ」と言えばブルッフを思い出すことになっしまっています。やはり、通常の演奏会で聞くには辛すぎるので、それもまた仕方のないことなのでしょうね。
論理を感情へと変換する見事な能力
1952年に録音されたこの2曲は世界初録音と言うことらしいです。
「コル・ニドレ」は1938年、「ワルシャワの生き残り」は1947年に作曲された作品ですから、まさに同時代の音楽として、スワロフスキーは強い共感を持って演奏していることがひしひしと伝わってきます。
とりわけ、短いながらも大規模な管弦楽と男声合唱を伴う「ワルシャワの生き残り」の演奏は大きな困難を伴うと思われるのですが、スワロフスキーはその優れた指揮テクニックで見事にその大規模編成を統率しています。
また、12音技法という論理によって構築されている音楽を、精緻な楽曲分析によってホロコーストの非条理さや、ユダヤの呻きのような感情へと見事に変換している事に強い共感を覚えます。
現代音楽はその様な「人間的感情」を意図的に拒絶し、おそらくは仲間内でしか理解し得ないあれこれの仕組みだけを競い合い、それが多くの聞き手に理解されないという事実に対しても「馬鹿には分からない」と開き直っています。
しかし、人の心にふれてこないような音楽というものは聞き手には受け入れられません。もしも、受け入れることが出来るとするならば、それは音楽以外の全く別物として受け入れているのではないでしょうか。
言い過ぎかもしれませんが、現代音楽の大部分はおそらく「音楽」とは異なる全く別のものをつくり出しているのかもしれません。ですから、それは「音楽」とは異なる別のカテゴリーをつくってそちらに隔離し、「音楽」という本来のカテゴリから排除しなければ、現代の音楽としてのクラシック音楽は二度と蘇ることはないでしょう。
音楽に論理が必要なことは否定しませんしそれは当然のことです。
しかし、その論理は最終的には表白すべき人間的感情に昇華されなければいけません。そのためには、作品そのものにそう言う力があることに加えて、その様な変換機能を演奏者が持っていることが必要不可欠です。
始めにも書いたように、スワロフスキーには同時代的共感も含めて、その様な素晴らしい能力を持った指揮者であることを再確認させてくれる録音です。
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