チャイコフスキー:組曲「白鳥の湖」 Op. 20a
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 (Vn)ヨゼフ・シヴォー (Cello)エマヌエル・ブラベッツ 1965年3月19日録音
Tchaikovsky:Swan Lake Suite, Op. 20a (excerpts) [1.Scene - Swan Theme]
Tchaikovsky:Swan Lake Suite, Op. 20a (excerpts) [2.Waltz]
Tchaikovsky:Swan Lake Suite, Op. 20a (excerpts) [3.Dance of the Swans]
Tchaikovsky:Swan Lake Suite, Op. 20a (excerpts) [4.Scene]
Tchaikovsky:Swan Lake Suite, Op. 20a (excerpts) [5.Hungarian Dance (Czardas)]
Tchaikovsky:Swan Lake Suite, Op. 20a (excerpts) [6.Final Scene]
初演の大失敗から復活した作品
現在ではバレエの代名詞のようになっているこの作品は、初演の時にはとんでもない大失敗で、その後チャイコフスキーがこのジャンルの作品に取りかかるのに大きな躊躇いを感じさせるほどのトラウマを与えました。
今となっては、その原因に凡庸な指揮者と振り付け師、さらには全盛期を過ぎたプリマ、貧弱きわまる舞台装置などにその原因が求められていますが、作曲者は自らの才能の無さに原因を帰して完全に落ち込んでしまったのです。
今から見れば「なぜに?」と思うのですが、当時のバレエというものはそういうものだったらしいのです。
とにかく大切なのはプリマであり、そのプリマに振り付ける振り付け師が一番偉くて、音楽は「伴奏」の域を出るものではなかったのです。ですから、伴奏音楽の作曲家風情が失敗の原因を踊り手や振り付け師に押しつけるなどと言うことは想像もできなかったのでしょう。
初演の大失敗の後にも、プリマや振り付け師を変更して何度か公演されたようなのですが、結果は芳しくなくて、さらには舞台装置も破損したことがきっかけになって完全にお蔵入りとなってしまいました。
ところが、作曲者の死によって作品の封印が解かれた事によってそんな状況が一変したのは皮肉としかいいようがありません。
「白鳥の湖」を再発見したのは、「眠れる森の美女」や「くるみ割り人形」の振り付けを行ったプティパでした。(くるみ割り人形では稽古に入る直前に倒れてしまいましたが)
おそらく彼は、「眠れる森の美女」や「くるみ割り人形」ですばらしい音楽を書いたチャイコフスキーなのだから、その第1作とも言うべき「白鳥の湖」も悪かろうはずがないと確信していたのでしょう。しかし、作曲自身が思い出したくもない作品だっただけに生前は話題にすることも憚られたのではないでしょうか。
ですから、プティパはチャイコフスキーが亡くなると、すぐにモスクワからほこりにまみれた総譜を取り寄せて子細に検討を始めます。そして、当然のことながら、その素晴らしさを確信したプティパはチャイコフスキーの追悼公演でこの作品を取り上げることを決心します。
追悼公演では台本を一部変更したり、曲順の変更や一部削除も行った上で第2幕のみが上演されました。結果は大好評で、さらに全幕をとおしての公演も熱狂的な喝采でむかえられて、ついに20年近い年月を経て「白鳥の湖」が復活することとなりました。
この後のことは言うまでもありません。
この作品は19世紀のロシア・バレエを代表する大傑作と言うにとどまらず、バレエ芸術というもののあり方根底から覆すような作品になった・・・らしいのです。(バレエにはクライのであまり知ったかぶりはやめておきます。)
ただ、踊りのみが主役で、音楽はその踊りに対する伴奏にしかすぎなかった従来のバレエのあり方を変えたことだけは間違いありません。
<お話のあらすじ>
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
序奏
オデットが花畑で花を摘んでいると悪魔ロッドバルトが現れ白鳥に変えてしまう。
第1幕 :王宮の前庭
今日はジークフリート王子の21歳の誕生日。お城の前庭には王子の友人が集まり祝福の踊りを踊っている。そこへ王子の母が現われ、明日の王宮の舞踏会で花嫁を選ぶように言われる。まだ結婚したくない王子は物思いにふけり友人達と共に白鳥が住む湖へ狩りに向かう。
第2幕 :静かな湖のほとり
白鳥たちが泳いでいるところへ月の光が出ると、たちまち娘たちの姿に変わっていった。その中でひときわ美しいオデット姫に王子は惹きつけられる。彼女は夜だけ人間の姿に戻ることができ、この呪いを解くただ一つの方法は、まだ誰も愛したことのない男性に愛を誓ってもらうこと。それを知った王子は明日の舞踏会に来るようオデットに言う。
第3幕 :王宮の舞踏会
世界各国の踊りが繰り広げられているところへ、悪魔の娘オディールが現われる。王子は彼女を花嫁として選ぶが、それは悪魔が魔法を使ってオデットのように似せていた者であり、その様子を見ていたオデットの仲間の白鳥は、王子の偽りをオデットに伝えるため湖へ走り去る。悪魔に騙されたことに気づいた王子は嘆き、急いでオデットのもとへ向かう。
第4幕 :もとの湖のほとり
破られた愛の誓いを嘆くオデットに王子は許しを請う。そこへ現われた悪魔に王子はかなわぬまでもと跳びかかった。激しい戦いの末、王子は悪魔を討ち破るが、白鳥たちの呪いは解けない。絶望した王子とオデットは湖に身を投げて来世で結ばれる。
『ウィキペディア(Wikipedia)』よりの引用終わり
私などは問題を感じないのですが、どうも世の女性達にはこの「エンディング」がいたって評判が悪いようです。
実は、妻と「白鳥の湖」を見に行ったときに、彼女はこのエンディングをはじめて知って「激怒」されました。「男というのはいつもこんな身勝手な奴ばかりだ!」とその怒りはなかなか静まりませんでした。
私などはこれで身勝手だと言われれば、ワーグナーの楽劇などを見た日にはライフルでも撃ち込みたくなるのではないかと懸念してしまいます。
ただし、ポピュラリティが全く違いますし、「白鳥の湖」の公演ともなれば女性が圧倒的に多いのです。
と言うことで、劇場側もこのストーリーは営業上まずいと思ったのでしょう。エンディングで悪魔の呪いがとけて二人は結ばれて永遠の愛を誓ってハッピーエンドで終わる演出もメッセレル版(1937年)以降よく用いられるようになっているそうです。
この変更は物語の基本構造に関わることなので、そんなに安易に変更していいものかと思うのですが、女性達の怒りにはさからえないと言うことなのでしょう。(当然のことながら、原典版のエンディングが許せないと怒っている男性には未だ私は出会ったことがありません。)
気迫と集中力の高さ
これもまた数あるウィーンフィルとのデッカ録音の一つです。すでに、1961年に録音してある「くるみ割り人形」組曲はすでに紹介してあるのですが、遅れて65年に録音した「白鳥の湖」と「眠れる森の美女」の組曲はパブリック・ドメインになっているのに気づかずに取りこぼしてしまっていました。
カラヤンという人は、このチャイコフスキーの三大バレエの組曲は必ずセットにして録音しているようです。
私が知る限りではカラヤンはそれらのバレーの組曲を4回録音しています。
「くるみ割り人形」組曲
- フィルハーモニア管弦楽団:1952年7月30、31日、12月1日
- ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団:961年9月5?22日
- ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団:1966年10月13日、12月26日
- ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団:1982年9月21~28日
「白鳥の湖」組曲
- フィルハーモニア管弦楽団:1952年11月19、24日、12月1日録音
- フィルハーモニア管弦楽団:1959年1月1日~2日録音
- ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団:1965年3月19日録音
- ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団:1971年1月4、22日、2月17日録音
「眠れる森の美女」組曲
- フィルハーモニア管弦楽団:1952年11月24日、12月1日録音
- フィルハーモニア管弦楽団:1959年1月2日~3日
- ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団:1965年3月19日録音
- ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団:1971年1月4、22日、2月17日録音
未だ頂点へと上り詰めつつあるカラヤンとフィルハーモニアとの1952年の演奏は、後の時代ゴージャスな響きよりは作品のたたずまいを端正に構築することに意を注いでいます。
それに対して、ベルリンフィルを手中に入れた60年代と70年代の録音で華やかな響きと横に流れる旋律ラインの美しさが強調されています。とりわけ、最晩年の82年の「くるみ割り人形」組曲の録音ではいわゆるカラヤン美学が徹底されています。強力な弦楽器群の威力を存分に発揮したゴージャスな響きは「これぞカラヤン」と思わせるもので、好きな人にとってはたまらないでしょうし、嫌いな人にとっても同様にたまらないという演奏です。(^^;
そう言う中に、この61年の「くるみ割り人形」組曲と65年の「白鳥の湖」「眠れる森の美女」組曲のウィーンフィルとの録音を置いてみると、実に自然体でバランスの取れた立派な演奏になっています。おそらく、基本的なコンセプトは52年のフィルハーモニア管との録音と大きな違いはないのでしょうが、何よりもデッカ録音の優秀さと、あわせてこの時代のウィーンフィルならではの響きが堪能できるのが素敵です。
そして、いつも思ってしまうのは、カラヤンはこの時点の音楽でどうして満足することが出来なかったのだろうか・・・という思いです。
ただし、管考えてみれば、彼にはこれ以降さらに20年という歳月があったのですから、その時点の到達点がいかに優れたものであってもその場でいつまでも歩みとどめるわけにはいかなかったのでしょう。
とは言っても、どの組曲を聴いても「ここぞ!!」という場面での盛り上がりの凄さは一聴に値します。
それともう一つ、ウィーンフィルというのはロシアや東欧系の音楽を演奏すると、時には結構荒っぽくなる癖があるのですが、そう言う部分はこの録音では皆無であり、そう言うところは実にキッチリとコントロールしていることも窺えます。
こういう気迫と集中力の高さが、この時代のカラヤンを特徴づけるものだと再認識した次第です。
なお、一応組曲となっているのですが、このウィーンフィルとの録音で抜き出しているのは以下の場面です。
「白鳥の湖」組曲
- 情景(第2幕)
- ワルツ(第1幕)
- 小さな白鳥たちの踊り(第2幕)
- 情景と白鳥の女王の踊り(第2幕)
- チャルダーシュ(第3幕)
- フィナーレ(第4幕)
よせられたコメント
2020-07-01:toshi
- 「カラヤンはこの時点の音楽でどうして満足することが出来なかったのだろうか」という思いは同感です。
ベルリンフィル時代以前のカラヤンの音楽からはカラヤンのある意味、体臭のようなものが感じられましたが、ベルリンフィル時代以降のカラヤンの音楽はカラヤン自身の体臭を消し香水プンプンという感じがします。
クナッパーツブッシュのように自分に正直に体臭プンプンの音楽作りが好きな人にとっては、体臭を消した音楽を作るカラヤンは受け入れられないのではないかという気がします。
さらに、カラヤンは香水プンプンですが小澤征爾氏は無臭という感じがします。小澤征爾氏の音楽は臭いに敏感な今の時代の音楽という気がします。
クナファンからは小澤氏の良い評判は聞かないです。良い悪いの問題ではなく個人的な嗜好の問題ですね。
よくカラヤンは腕の良い営業マンという人がいますが、その通りだと思います。自社の製品に問題があり不満があっても、問題ある製品を上手くお客に売り込み実績をあげる営業マン。
自社の製品の欠点を正直に話をして売り込むのではなく、製品の欠点より利点を上手くお客に吹き込み実績をあげる営業マンそのもの。これも良い悪いではなく仕事のやり方の違いですね。
多分カラヤンはベルリンフィルを振って、今まで以上に富と名誉が欲しくなったのでしょう。何せ映像撮影の自分の顔を撮る角度まで指定したくらいだから。逆に考えるとコンプレックスが強かったかも。
背も高くないし、声も良い声でなかったし。
でも、フィルハーモニア時代とベルリンフィル時代の間のこの録音やパリ管を振った演奏は本当に充実したカラヤンが良い録音で聞けて良いですよね。
2020-07-01:コタロー
- 些末な話題ですみません。実は、この演奏には私が若い頃から一つ気になっている点があります。それは、カラヤンが第1幕の「ワルツ」において、曲中の反復記号をすべて忠実に守っていることです。
そのため、通常のように反復せずに演奏した場合、演奏時間5分余りであるのに対して、結果的に7分以上かかってしまうのです。
そこで今回、確認のためにこのサイトにアップされているフィルハーモニア管弦楽団による1959年の録音と、家にあるベルリン・フィルによる1971年の録音を聴いてみました。すると、どちらもきちんと反復記号を守って演奏しているではありませんか。
こうなると、これはもはやカラヤン一流の「こだわり」と思われます。あのカラヤンが意外なところに律義な一面を見せているのがおもしろいですね。
ちなみに、演奏のことに一言触れておくと、1971年のベルリン・フィルのものは、ゴージャスな響きを楽しめますが、いささか重厚に過ぎます。その点、このウィーン・フィルの録音は、何といってもオーケストラの優美な音色がアドバンテージになっていると思われます。
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