クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

チャイコフスキー:スラヴ行進曲 作品31

ウィリアム・スタインバーグ指揮 ピッツバーグ交響楽団 1958年3月11日録音





Tchaikovsky:Slavonic March, Op. 31


スラブ民族を讃える行進曲

1876年にセルビアとモンテネグロはヘルツェゴヴィナ蜂起を支援するためオスマン帝国に対し宣戦を布告します。しかし、オスマン軍は速やかにこの両国を打ち破り、さらにはブルガリアにおける反オスマン反乱も鎮圧してしまいます。
こうなると、その戦いをロシアが引き継ぐのが数世紀にわたる「露土戦争」のパターンなので、ロシアはオーストリア=ハンガリー帝国と秘密協定を結んで中立的立場をとることを約束させると、1877年にこの戦争に介入することになります。

ロシアとトルコは16世紀以降数え切れないほどの戦争を繰り返しているのですが、一般的に「露土戦争」と言えばこの1877年から1878年にかけて行われたこの戦争のことを指します。
ロシアはこの20年前の、いわゆる「クリミア戦争」でトルコに敗れるという失敗を経験をしているので、この時の戦争ではバルカン半島のスラブ民族独立のための戦争であるという大義名分を掲げて、汎スラヴ主義的心情に訴えるという手法をとりました。

そのため、ロシア国内でも戦争協力の動きが巻き起こり、ニコライ・ルビンシュテインが負傷兵のための基金募集のために演奏会を企画したり、その呼びかけにチャイコフスキーもすみやかに応えたりしたのです。
そして、そう言う流れの中でスラブ民族を讃える行進曲が書かれることになるのです。

チャイコフスキーはスラブ民族を鼓舞する意味も込めて、戦争の中心となっているセルビアやその近くの地方の民謡を主題として用い、最初は「ロシア・セルビア行進曲」と名づけたのですが、出版に際しては現在の「スラブ行進曲」と変更されました。

最初は重々しい歌で始まり、その歌は楽器を変えて何度も登場します。
やがてスラブの民謡が次々と登場することで戦闘はますます激しさを増し、最後は壮大なクライマックスの中でスラブ民族の勝利をたたえて音楽は閉じられます。

「もしかしたらスーザの行進曲を聴いていたのではないか」という疑問が湧いてくる


こういう演奏を聞かされると、スタインバーグというのは実に不思議な指揮者だと思わざるを得ません。
おそらく、これほどスラブの重みというか、憂愁というか、そう言うものと縁遠い「スラブ行進曲」は他には思い当たりません。冒頭部分からして「軽い!」と思うのですが、さらに聞き進んでいくと何処までも明るく健康的な金管楽器の響きが続くので「脳天気」という言葉がよぎってきますし、最後まで聞き終わると、「これって、もしかしたらスーザの行進曲を聴いていたのではないか」という疑問が湧いてくるほどです。

つまりは、この演奏には、何処をとっても「曲線路」というものは存在せず、ひたすら軽く健康的に一直線に突き進んでいくのです。
ところが、その同じ指揮者が、全く同じチャイコフスキーの管弦楽曲である「イタリア奇想曲(ピッツバーグ交響楽団 1958年4月4日録音)」では、それとは全く真逆で、「直線路などは存在しない」と言わんばかりの曲がりくねった演奏を展開しているのです。

ただし、明るく健康的な、もっとあからさまに言えば「脳天気なアメリカン・サウンド」というテイストは全く変わらずに、音楽の作り方が真逆なのです。初めて、スタインバーグの「イタリア奇想曲」と聞いたときは「こりゃ何じゃ!」と思ったものですが、この「スラブ行進曲」の方は一見すると極めて真っ当なように見えながら、最後まで聞いていくとその突き抜けた「脳天気」ぶりに、これもまた「何じゃこりゃ」なのです。

さてさて、問題は全く同じ人物が、何故にここまでのベクトルの違う演奏を行ったのかという問題です。もちろん、作品が違えば当然ベクトルは異なるのですが、この場合は同一作曲家による同一ジャンルの作品なのですから、普通はここまで解釈が変わっては困るはずなのですが、その困ることをスタインバーグは平気でやっているのです。

スタインバーグと言えば、手堅く作品をまとめるけれども聞くものの胸に迫ってくるものがない指揮者というような言われ方を良くされました。
しかし、じっくりと彼の録音を聞き直してみると、事はそれほど単純ではないような気がするのです。

ここからは私の全くの妄想です。
ふと思いが至ったのは、彼とキャピトルのプロデューサーだった「リチャード・C・ジョーンズ」とのつながりです。この二人は1952年にシューベルトの交響曲第2番の録音を行ったのを切っ掛けに、その後7年間にわたって膨大な量の録音を行いました。
そのつながりを考えると、もしかしたら、ある時期からは、その深いつながり故に新しい録音にのぞむときは、二人で「よく売れるためには今度はこういうテイストで仕上げよう」などと相談していたのではないでしょうか。普通は、そう言うことを目論んだとしても、指揮者が自らのスタイルを変えてそう易々とテイストをかえられるはずはないのですが、そのやれるはずのないことを簡単にやってのける能力がスタインバーグにはあったのでしょう。

つまりは、スタインバーグこそは指揮者を職人稼業と考えれば、まさに職人の中の職人だったのではないでしょうか。そして、さらに重要なことは、そう言う親方の指示に従って、手足のように動くオーケストラが存在したことです。
そう言う意味ではスタインバーグとピッツバーグ響もまた希有なコンビだったといえるかもしれません。オケの指揮者に寄せる深い信頼感と、親方の出すいかなる指示に対してもきちんと対処できる高いスキルがあってこそ実現した演奏だったのかもしれません。

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