リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」 作品28
カール・ベーム指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1963年4月録音
R_Strauss:Till Eulenspiegels lustige Streiche - Symphonic poem for Orchestra Op.28
ロンド形式による昔の無頼の物語
シュトラウスにとっては4作目にあたる交響詩であり、まさに脂ののりきった円熟期の作品だと言えます。どこかで、吉田大明神が「西洋音楽史における管弦楽作品の最高傑作」と評していたのを読んだことがありますが、本当に長い西洋音楽の歴史の中で積み上げられてきた管弦楽法の全てが詰め込まれた作品だと言えます。
さて、この交響詩のタイトルとなっているティルなる人物ですが、これは日本で言えば吉四六さんみたいな存在といえるのでしょうか、ドイツ人なら誰もが知っている伝説的な人物だそうです。14世紀に実在した靴職人という説もあれば、同時代に存在したであろう似たような人物像を集めて作られたのがティルだという説もあるそうです。
しかし、どちらにしても、どんな権力者に対しても平気でイタズラをふっかけては大騒ぎを引き起こす人物として多くの民衆に愛された人物であることは間違いありません。そして、このシュトラウスの交響詩の中では、最後につかまえられて裁判にかけられ、絞首刑となって最期をむかえるのですが、伝説の方では病で静かな最期をむかえるという言い伝えもあるそうです。
シュトラウスは、この作品のことを「ロンド形式による昔の無頼の物語」と呼んでいたそうですから、最後は病で静かに息を引き取ったのでは様にならないと思ったのでしょうか、劇的な絞首刑で最後を締めくくっています。
なお、この交響詩は他の作品と違って詳しい標題の解説がついていません。それは、あえて説明をつけくわえる必要がないほどにドイツ人にとってはよく知られた話だったからでしょう。
が、日本人にとってはそれほど既知な訳ではありませんので、最後にかんたんにティルのストーリーを記しておきます。
最初はバイオリンによる静かな旋律ではじまります。いわゆる昔話の「むかしむか・・・」にあたる導入部で、それ続いて有名な「その名はティル・オイレンシュピーゲル」というホルンの主題が登場します。
これで、いよいよ物語りが始まります。
(1)フルートやオーボエが市場のざわめきをあらわすと、そこへティルが登場して品物を蹴散らして大暴れをし、魔法の長靴を履いて逃走してしまいます。
(2)僧侶に化けたティルのいいかげんな説教に人々は真剣に聞きいるのですが、やがてティルは退屈をして大きなあくびをして(ヴァイオリンのソロ)僧侶はやめてしまいます。
(3)僧侶はやめて騎士に変装したティルは村の乙女たちを口説くのですがあっさりふられてしまい、怒ったティルは全人類への復讐を誓います。(ユニゾンによるホルンのフォルティッシモ)
(4)怒りの収まらないティルは次のねらいを俗物学者に定め議論をふっかけます。しかし、やがて言い負かされそうになると、再びホルンでティルのテーマが登場して、元気を取り戻したティルが大騒ぎを巻き起こします。(このあたりは音楽と標題がそれほど明確に結びつかないのですが、とにかくティルの大騒ぎを表しているようです)
(5)突如小太鼓が鳴り響くと、ティルはあっけなく逮捕されます。最初は裁判をあざ笑っていたティルですが、判決は絞首刑、さすがに怖くなってきます。しかし刑は執行され、ティルの断末魔の悲鳴が消えると音楽は再び静かになります。
音楽は再び冒頭の「むかしむか・・・」にあたる導入部のメロディが帰ってきて、さらに天国的な雰囲気の中でティルのテーマが姿を表します。そして、最後はティルの大笑いの中に曲を閉じます。
オケの隅々にまで己の意志を貫徹させているベームの姿が浮かび上がってきます
ベームとリヒャルト・シュトラウスの間には強い結びつきがありました。そして、彼の死後、その評価がどれほど低下しても、彼が残したリヒャルト・シュトラウスの歌劇、および管弦楽作品に関してはその価値を失うことはないでしょう。
特に、1963年にベルリンフィルを相手に録音した「祝典前奏曲」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」「ドン・ファン」「サロメの踊り」は注目に値します。それともう一つ、58年にもベルリンフィルと「ツァラトゥストラはこう語った」を録音していますね。
それらの録音は、レガート・カラヤンに染まりきる前のベルリンフィルの美質を最大限に生かした演奏と録音でした。
ベームの録音をまとめて聞いてみると、一つの特徴が浮かび上がってきます。
それは、どの録音を聞いても、オケの響きが透明で、なおかつしなやかな「剄さ」を持っていることです。「つよさ」というのは「強さ」ではなくて「剄さ」という漢字を当てたくなるような「つよさ」です。
「剄さ」とは体の奥底から大きなエネルギーとしてあふれ出していくようなイメージです。
その反面として、ベームの演奏するリヒャルト・シュトラウスからは、シュトラウスらしい官能性や艶のようなものは希薄です。いや、もっと正確に言えば、そう言うものは求めていけません。
ベームにとっては、相手がリヒャルト・シュトラウスであっても、その音楽は常に「男気」があふれているのです。
おそらく、オケからこのような響きを出すためにネチネチとした細かい指示を与え続け、その要求が満足できるまでしつこく粘り続けた事は間違いありません。
何故ならば、オケの精緻な響きで聞かせるベームのような指揮者にとって必要なのは細部の丹念な積み上げです。そういう指揮者にとって必要なのはネチネチとした細かい指示を与え続け、その要求が満足できるまでしつこく粘り続ける体力と精神的スタミナこそが重要です。
そして、その様なしつこいまでの注文に応えきれる高い機能を持ったオケがベームには必要でした。
ベームという人は基本的には腕利きの職人だったんだと思います。
そんな優れた職人の技が遺憾なく発揮されているのが、この一連の録音であることは間違いありません。
壮年期の覇気に満ちたこれらの録音では、オケの隅々にまで己の意志を貫徹させているベームの姿が浮かび上がってきます。
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