バルトーク:管弦楽のための協奏曲 Sz.116
アンタル・ドラティ指揮 ロンドン交響楽団 1962年7月録音
Bartok:Concerto for Orchestra Sz.116 [1.Introduzione]
Bartok:Concerto for Orchestra Sz.116 [2.Giuoco delle coppie]
Bartok:Concerto for Orchestra Sz.116 [3.Elegia]
Bartok:Concerto for Orchestra Sz.116 [4.Intermezzo interrotto]
Bartok:Concerto for Orchestra Sz.116 [5.Finale]
ハンガリーの大平原に沈む真っ赤な夕陽
この管弦楽のための協奏曲の第3曲「エレジー」を聞くと、ハンガリーの大平原に沈む真っ赤な夕陽を思い出すと言ったのは誰だったでしょうか?
それも、涙でにじんだ真っ赤な夕陽だと書いていたような気がします。
上手いことを言うものです。
音楽を言葉で語るというのは難しいものですが、このように、あまりにも上手く言い当てた言葉と出会うとうれしくなってしまいます。
そして、第4曲「中断された間奏曲」もラプソディックな雰囲気を漂わせながらも、同時に何とも言えない苦い遊びとなっています。
私はこの音楽にも同じような光景が目に浮かびます。
バルトークが亡命したアメリカはシェーンベルグに代表されるような無調の音楽がもてはやされているときで、民族主義的な彼の音楽は時代遅れの音楽と思われていました。
そのため、彼が手にした仕事は生きていくのも精一杯というもので、ヨーロッパ時代の彼の名声を知るものには信じがたいほどの冷遇で、その生活は貧窮を極めました。
そんなバルトークに援助の手をさしのべたのがボストン交響楽団の指揮者だったクーセヴィツキーでした。(その背景にはフリッツ・ライナーやメニューヒンもいました)
もちろんお金を援助するのでは、バルトークがそれを拒絶するのは明らかでしたから、作品を依頼するという形で援助の手をさしのべました。
そのおかげで、私たちは20世紀を代表するこの傑作「管弦楽のための協奏曲」を手にすることができました。
一般的にアメリカに亡命してから作曲されたバルトークの作品は、ヨーロッパ時代のものと比べればはっきりと一線を画しています。その変化を専門家の中には「後退」ととらえる人もいて、ヨーロッパ時代の作品を持ってバルトークの頂点と主張します。
確かにその気持ちは分からないではありませんが、私は分かりやすくて、人の心の琴線にまっすぐ触れてくるようなアメリカ時代の作品が大好きです。
また、その様な変化はアメリカへの亡命で一層はっきりしたものとなってはいますが、亡命直前に書かれた「弦楽四重奏曲第6番」や「弦楽のためのディヴェルティメント」なども、それ以前の作品と比べればある種の分かりやすさを感じます。
そして、聞こうとする意志と耳さえあれば、ロマン的な心情さえも十分に聞き取ることもできます。
亡命が一つのきっかけとなったことは確かでしょうが、その様な作品の変化は突然に訪れたものではなく、彼の作品の今までの延長線上にあるような気がするのですが、いかがなものでしょうか。
マジャールの血が爆発するような演奏をしてくれていたらもっと面白かっただろうなとは思ってしまいます
ドラティの経歴を振り返ってみると、「フランツ・リスト音楽院でコダーイとヴェイネル・レオーに作曲を、バルトークにピアノを学ぶ。」となっています。
偉大な作曲家だったバルトークが「フランツ・リスト音楽院」では作曲ではなくてピアノを教えていたというのは意外な事実なのですが、その背景には「作曲は教えるものではないし、私には不可能です」という考えがあったことはよく知られています。
ですから、この二人の偉大な作曲家から様々な形で音楽の骨格となる部分を学ぶことができたのは、ドラティの出発点としてはこの上もない幸福だったのでしょう。
ドラティのバルトークを聞いていていつも感じるのは「響きの美しさ」です。
バルトークと言えば、確かに楽器を打楽器的に扱う「荒々しさ」があちこちに顔を出すのですが、基本的には透明感の高い硬質で澄み切った響きこそが真骨頂だと思います。ドラティの演奏で聞くと、その響きが見事に実現されていることに感心させられます。
ただし、そうなってみると、
フリッツ・ライナーや
ジョージ・セルなどの凄い録音が存在しているので、どうしても影が薄くなります。
もう一人、ゲオルク・ショルティの名前を挙げておいてもいいかと思われます。
こういう系列の中に数え上げられると、アンタル・ドラティという名前はいささか霞んでしまいます。
ところが、同じマジャールの血を持つ指揮者でも、フリッチャイなどは随分と方向性の異なる録音を残しています。
バルトークの音楽には理知的な部分が骨格として存在しているのですが、それとは真逆の民族的な土臭さというか、野蛮さみたいなものも内包していました。フリッチャイはそう言う矛盾を含んだバルトークの音楽に寄り添って、バルトークの音楽が土臭くなればフリッチャイの音楽もためらうことなく土臭くなるのです。
しかし、セルやライナーなどはその様な整理しきれない部分もまた整理しきってしまうのです。
それはドラティも同じです。
そして、その背景に当時のアメリカを覆っていた「新即物主義」の影響を見ることは容易でしょう。
それだけに、そう言う軛から自由になって、マジャールの血が爆発するような演奏をしてくれていたらもっと面白かっただろうなとは思ってしまうます。
それから、ついでながら、この録音は映画用の35mmフィルムを使って録音されています。とびきりの優秀録音だと言っていいでしょう。
マイクはMercury定番の「Schoeps M201」を3本使いですから、編集によって後からオケのバランスを整えることは不可能です。
ですから、ここには当時のロンドン響の優れた機能とドラティの並々ならぬ統率力が刻み込まれた録音です。
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