チャイコフスキー:序曲「1812年」変ホ長調 作品49
レナード・バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック 1962年10月2日録音
Tchaikovsky:Ouverture Solennelle "1812" Op.49
下品さが素敵!!
その昔、「これからの私の人生にチャイコフスキーの音楽はもう不要だ」と言った、エラーい評論家が痛そうです。いや、(訂正)、いたそうです。(^^;
クラシック音楽が「強要」として、いや(訂正)、「教養」としてとらえられていた、古き良き(?)日本の時代を思い出させてくれるエピソードです。
なるほど、「教養」と書こうと思って、「きょうよう」と入力して変換すると「強要」になるとは、パソコンの変換機能はたんなる変換機能をこえて事の真実をさらけ出す能力まで身につけたようです。
確かに、「教養」というものは、どう聞いても面白くないようなものをじっと我慢して聞くことを「強要」されることで身につくのですから、最初の音が出た瞬間から耳が惹きつけられ、聞き進んでいくうちに血湧き肉躍るというような音楽では「教養」は身につかないのです。ですから、「教養」を身につけるためにクラシック音楽を聴いているエライ人にとってはチャイコフスキーの音楽などは害悪以外の何物でもないでしょう。
そして、おそらくは、そう言う人たちにとって、このチャイコフスキーの「序曲 1812年」こそは、そのような害悪の象徴、悪の権化のような音楽だったに違いありません。
まさに、下品!!
おそらく、音楽史上、最も下品な音楽の一つでしょう。いやもしかしたら「One of the most vulgar music」ではなくて「Most vulgar music」かもしれません。
しかし、「過ぎたるは及ばざるがごとし」という言葉もありますが、芸の世界では、下品も極めれば一つの価値となります。その下品さこそが最高に素敵なのです。
この作品は今さら言うまでもなく、1812年のナポレオンによるロシア戦役を描いた音楽です。この戦役では、ロシアはナポレオン軍に首都モスクワを制圧されながらも、最終的には冬将軍の厳しい寒さにもつけられて「無敵ナポレオン」を打ち破ります。まさに、歴史に刻み込むべき「偉大なる祖国防衛のための戦い」でした。
ですから、この作品はその戦いをなぞった音楽になっています。
第1部:Largo
ヴィオラとチェロのソロが奏でる正教会の聖歌「神よ汝の民を救い」にもとづく静かな序奏で始まります。この後のハチャメチャが想像できないような美しい出始めです。
第2部:Andante
打楽器の活躍がロシア軍の行進を暗示し、音楽は次第に盛り上がっていきます。
第3部:Allegro giusto
「ボロジノの戦い」と説明されることもあります。フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」の旋律を響き渡り、ナポレオン群の進撃が始まります。
最初の大砲もこの部分で5回「発射」され、この偉大なる(?)作品の真実が姿を現し始めます。
第4部:Largo
冒頭の主題と同一の旋律ですが、今度は管楽器で堂々と演奏されロシア軍の反撃が始まります。
第5部:Allegro vivace
ロシア帝国国歌が壮大に演奏されます。
さらに鐘は鳴り響き、大砲もとどろく中でナポレオン軍は撃退されロシア軍の大勝利で音楽は終わります。
まさに、下品です(^^v
でも、素敵です!!
灰汁が少なくて、作品の仕組みが透けて見えるような丁寧な演奏です
灰汁が少なくて、作品の仕組みが透けて見えるような丁寧な演奏です
こうしてマルケヴィッチと若き時代のバーンスタインの録音を並べてアップすることはかなり意地が悪いことなのかも知れません。
バーンスタインが生まれた1918年は第1次世界大戦の終わった年です。
それは、栄光のヨーロッパ、つまりは19世紀的なヨーロッパが終焉を迎えた年なのです。その年に、バーンスタインが生まれたというのは、実に象徴的な出来事だったのかもしれません。
そして、これもよく知られたことですが、バーンスタインはヨーロッパに留学することがなく、その全てをアメリカの地で学んで成功した最初の指揮者だったのです。
彼の中を根っこの部分まで探ってみても、「19世紀的ロマン主義」は欠片も見つからないはずです。
その意味で、彼は己の知性を信じて、本当の意味で楽譜だけをたよりに音楽を作っていった第1世代に属する指揮者だったのです。ですから、この時代の彼の演奏は非常にクリアです。
本当に灰汁が少なくて、作品の仕組みが透けて見えるような丁寧さがあります。
ただ、困るのは、そうやって抑制的になればなるほど、聞いている側がちっとも面白くないのです。
もっと有り体に言えば、思わず知らず爆発したときの方が聞き手にとってはスリリングであって、逆に抑制的な面が前に出すぎると丁寧な感じしか残らないのです。
そう言えば、カザルスはこんなことを言っていたそうです。
テンポ通りに弾かない術、これは経験から身につけるしかない。楽譜に書かれてあるものを弾かない術も同様だ
この言葉がどれほど広く知れ渡っているのかは分かりませんが、バーンスタイン以後の「原典神聖化」の音楽家たちはどのようにこの言葉を聞くのでしょうか。
おそらく、多くの人が通ることで轍が深くなればなるほど、その轍にそって走ることはどんどん容易くなっていきます。しかし、その轍にそって馬車を走らせることことは安全ではあっても、つまらない行為の連続でしかあり得ませんん。
そして、その深く刻まれた轍を無視して、道を外れて大破しない範疇で自分の進路を進んで行くにはマルケヴィッチのような「強力」が必要なのです。
その「強力」が若きバーンスタインには未だ備わっていないことは明らかです。
そして、己を律してできる限り抑制的に振る舞おうとするバーンスタインに出会うたびに、「原典尊重」が本能として刷り込まれた世代の音楽家がそこから離れていくことの難しさを知らされます。
それはきっと、19世紀的な音楽家が原典を尊重していく以上に難しかったことでしょう。
バーンスタインがこの後マーラー演奏に力を傾注していったのは、自分なりに共感も出来て、さらにはほとんど轍がついていないエリアを探した結果だったのでしょう。
それが実に賢い選択であったことを、おかしな話ですが、こういう「大人しい」演奏を聴くことによって再確認させられます。
おそらく様式的に区分すればマルケヴィッチも若き時代のバーンスタインも、ともに楽譜に忠実なザッハリヒカイトな演奏を行う種族に分類されるのでしょう。
しかし、それが音楽になったときには、マルケヴィッチの演奏からは強烈な自己主張が放射されているのに対して、バーンスタインの演奏からは上品ではあってもどこか取り澄ました表情しか伝わってきません。
そして、こういう若い時代の録音をまとめて聞くことで、ヨーロッパに活動の拠点を移してから著しく主情的な演奏へと傾斜していったことの意味と重みが漸くにして分かるようになった気がするのです。
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