クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ハイドン:交響曲第96番ニ長調 「奇蹟」(Haydn:Symphony No.96 in D major Hob.I:96 "The Miracle")

アンドレ・クリュイタンス指揮 パリ音楽院管弦楽団 1955年10月9日~10日録音(Andre Cluytens:Orchestre de la Societe des Concerts du Conservatoire Recorded on June 9-10, 1955)





Haydn:Symphony No.96 in D major Hob.I:96 "The Miracle" [1.Adagio - Allegro]

Haydn:Symphony No.96 in D major Hob.I:96 "The Miracle" [2.Andante]

Haydn:Symphony No.96 in D major Hob.I:96 "The Miracle" [3.Menuetto (Allegro) - Trio]

Haydn:Symphony No.96 in D major Hob.I:96 "The Miracle"[4.Finale (Vivace assai)]


シャンデリア落下のエピソードは今日では否定されていますが・・・

ハイドンの交響曲というとまず94番「驚愕」が有名です。それに続いて、ロンドン・軍隊・時計・太鼓連打などのザロモン交響曲最後を飾る作品に人気が集まっています。そんな中にあって、地味ではありますがこの96番「奇跡」は一部の通には(?)人気のある作品です。
アダージョの序奏の後に展開される第1楽章は非常にがっしりとした構成を持っています。
第2楽章の長大なコーダでは二台のヴァイオリンがソロで登場してとてもチャーミングな掛け合いを聞かせてくれます。
そして最終楽章では8分音符だけでできた単純きまるロンド主題をベースに驚くほど充実した音楽を聞かせてくれます。



それから、この作品の副題ととして定着している「奇跡」はハイドン自身によるネーミングではなく後の人の後付です。
言い伝えによると、この作品を演奏しようとステージにハイドンを姿をあらわしたときに、その姿をよく見ようと聴衆が前に駆け寄ったときに、平土間の真ん中にシャンデリアが落下して多くの人が難を逃れたということです。その時に多くの人々が「奇跡だ!奇跡だ!」と叫んだことからこのネーミングが定着したというのです。
しかしながら、この逸話はハイドン研究家として有名なランドンの調査によって今日では完全に否定されています。

確かに、ザロモン・コンサートにおいて、演奏会の最中にシャンデリアが落下するという事件はあったことは報告されていますが、それはこの96番の演奏とは全く関係ないときに起こっています。(102番の終楽章のアンコール演奏の最中に起こったことが新聞記事によって確認されています。)にもかかわらず、この96番が奇跡というニックネームをつけられそれが広く流布したのかは今もって謎です。

クリュイタンスのハイドン


クリュイタンスがコンセルヴァトワールのオケを指揮して演奏するハイドンというものがどのような音楽になるのか、私の頭の中では今一つうまくイメージができませんでした。
ハイドンの交響曲というのはハイドンという超一流の職人の手による結晶のような音楽です。その精巧な職人の技を聞き手に伝えるのは至難の業ですし、さらに困ったことに、それを十全に果たしたからと言って必ずしも聞き手から絶大なブラヴォーをもらえるような音楽でもないのです。さらに困ったことに、その演奏にいささかでも不備があるのならば、その音楽は途端につまらないものになってしまうという特徴も持っています。
最高にうまく演奏できても聞き手にはまあまあ面白い音楽だね、くらいにしか受け入れられることが多くて、不備があれば見事なまでにその不備を暴き立ててしまうところがあるのです。

頑張った割には報いられることの少ない、今風に言ってみればきわめて「コストパフォーマンス」の悪い音楽なのです。しかし、わかる人にはわかるのであって、言ってみれば指揮者とオーケストラの性能試験のような面があり、それ故にコストパフォーマンスが悪くても多くの大物指揮者たちは意外なほどに積極的に録音に挑んでいるのです。

つまり、私の頭の中でイメージがしにくいのは、そういう骨の折れる仕事をコンセルヴァトワールのオケとどういう風に折り合いをつけてクリュイタンスが指揮したのかがイメージしづらかったのです。
ハイドンの精緻さに真正面からチャレンジした代表はセルとクルーブランド管でしょう。しかし、その方向性はコンセルヴァトワールのオケが最も忌み嫌う方向性です。何しろ、あのオケは練習させすぎると本番ではとんでもないことになってしまうのですから、リハーサルのころから取扱要注意のオケなのです。セルみたいにしごきまくったらあとは悪夢のような本番が待っているだけです。

かといって、クレンペラーのように堂々たる構築物にするような音楽は想像もつきませんし、ビーチャムのウィットのようなものはフランスウ風に置き換えるとどこか違うような気がします。軽い洒落たフランス風のノリではハイドンにはならないような気がするのです。

でも結局はそういう軽いフランス風の音楽になるしかないのかなと思って聞き始めたのですが、実際に聞いてみて驚きました。
なるほどこういう手があったのかという感じです。

このレコードの選曲はかなり凝っています。
45番の「告別」と96番の「奇跡」です。何とも不思議なカップリングなのですが、聞いてみてその理由はすぐに分かりました。両方ともに、管楽器を中心して独奏部分が多いのです。そして、その独奏部分はオケのメンバーにゆだねるだけでなく、その独奏がより際立つようにオケをコントロールしているのです。
ですから、オケのメンバーは自分の見せ場が来るとここぞととばかりに嬉しそうに演奏している様子が目に浮かぶようです。
しかし、そういう自由だけではハイドンとしての古典的なたたずまいは崩壊しますから、クリュイタンスは自由は与えながらもぎりぎりのところでその規矩の範囲に収まるように手綱は握っているのです。
おそらく、コンセルヴァトワールのオケを相手にこういう芸当が可能だったのはクリュイタンスだけでしょう。
おそらく、理屈抜きにこれほどにハイドンの楽しさがストレートに伝わる演奏は珍しいのではないでしょうか。

しかし、こういう芸当が可能なハイドン作品は限られていて、すべての作品に共通する方法論でないことも事実です。
調べてみれば、このコンビは50年にも104番の「ロンドン」と94番の「驚愕」というまっとうなカップリングで録音しているのですが、それはおそらく無理やり枠の中に押し込んだようなハイドンで、コンセルヴァトワールのオケはどこか不自由で、結果としていささか小ぢんまりとした音楽になっています。
おそらく、コンセルヴァトワールのオケとして戦後間もない時期だったからか、そのあとの時代ほどには性悪ではなっかたのでしょう。そして、クリュイタンスには意外とドイツ的な資質もありますからそれを理想として録音にのぞんだのかもしれませんが、やはり相性はあまり良くなかったようです。
まあ、そのあたりの判断は最終的には聞き手にゆだねたいとは思いますが、「告別」と「奇跡」は十分に聞くに値する演奏だと私は思います。

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