シベリウス:交響曲第5番 変ホ長調, Op.82(Sibelius:Symphony No.5 in E flat major, Op. 82)
セルゲイ・クーセヴィツキー指揮 ボストン交響楽団 1936年12月29日録音(Serge Koussevitzky:Boston Symphony Orchestra Recorded on December 29, 1936)
Sibelius:Symphony No.5 in E flat major, Op. 82 [1.Tempo Molto Moderato - Largamente - Allegro Moderato (Ma Poco A Poco Stretto)]
Sibelius:Symphony No.5 in E flat major, Op. 82 [2.Andante Mosso Quasi Allegretto]
Sibelius:Symphony No.5 in E flat major, Op. 82 [3.Allegro Molto]
影の印象派
この作品はよく知られているように、シベリウスの生誕50年を祝う記念式典のメインイベントとして計画されました。
彼を死の恐怖に陥れた喉の腫瘍もようやくにして快癒し、伸びやかで明るさに満ちた作品に仕上がっています。
しかし、その伸びやかさや明るさはシベリウスの田園交響曲と呼ばれることもある第2番のシンフォニーに溢れていたものとはやはりどこか趣が異なります。
それは、最終楽章で壮大に盛り上がったフィナーレが六つの和音によって突然断ち切られるように終わるところに端的にあらわれています。
そう言えば、「このシベリスの偉大な交響曲を、第3楽章で中断させて公開するという暴挙は許し難い、今すぐ第4楽章も含む正しい姿に訂正することを要求する」、みたいなメールをもらったことがありました。(^^;
あまりの内容に驚き呆れ果てて削除してしまったのですが、今から思えばこの交響曲の「新しさ」を傍証する「お宝級」のメールだったので、永久保存しておくべきでした。
さらに、若い頃の朗々とした旋律線は姿を消して、全体として動機風の短く簡潔な旋律がパッチワークのように組み合わされるようになっています。
また、この後期のシベリウスとドビュッシーの親近性を指摘する人もいます。
シベリウスとドビュッシーは1909年にヘンリー・ウッドの自宅で出会い、さらにドビュッシーの指揮する「牧神の午後」などを聞いて「われわれの間にはすぐに結びつきが出来た」と述べています。
そして、ドビュッシーを「光の印象主義」だとすれば、シベリウスは「影の印象主義」だと述べた人がいました。
上手いこというもので、感心させられます。
まさにここで描かれるシベリウスの田園風景における主役は光ではなく影です。
第4番シンフォニーではその世界が深い影に塗りつぶされていたのに対して、この第5番シンフォニーは影の中に光が燦めいています。
シベリウスは日記の中で、この交響曲のイメージをつかんだ瞬間を次のようにしたためています。
それは1915年の4月21日、午前11時10分前と克明に時刻まで記した出来事でした。
シベリウスの頭上を16羽の白鳥が旋回しながら陽光の照る靄の中に消えていったのでした。その銀リボンのように消えていく白鳥の姿は「生涯の最も大きな感銘の一つと」として、次のように述べています。
日はくすみ、冷たい。しかし春はクレッシェンドで近づいてくる。
白鳥たちは私の頭上を長い間旋回し、にぶい太陽の光の中に銀の帯のように消えていった。
時々背を輝かせながら。白鳥の鳴き声はトランペットに似てくる。
赤子の泣き声を思わせるリフレイン。
自然の神秘と生の憂愁、これこそ第5交響曲のフィナーレ・テーマだ。
この深い至福の時はこの交響曲のフィナーレの部分に反映し、そしてその至福の時は決然たる6つの和音で絶ちきられるように終わるのです。
これを過去の遺物は言いたくない
シベリウスの音楽は何故かイギリスでは積極的に受け入れられました。そして、アメリカではクーセヴィツキーが1930年代にかなりまとまった数のシベリウス作品の録音を残して孤軍奮闘したという雰囲気です。しかし、この前史があったからこそ、戦後のステレオ録音時第になってバーンスタインやマゼールの交響曲全集へと結びついていったのかもしれません。そう言えばバーンスタインはクーセヴィツキーの弟子でした。
しかし、その先駆者たるクーセヴィツキーの音楽は今の耳からすればいかにも時代がかったものだと思われても仕方がないかもしれません。
シベリウスの音楽はその初期においてチャイコフスキーから大きな影響を受けていたことは間違いありません。しかし、次第にその影響から抜け出して、シベリウスならではの独自の徹底的に彫琢された、そして彼の言葉を借りるならば「内的な動機を結びつける深遠な論理」に貫かれた音楽世界を作りあげていきます。
そして、シベリウスの音楽にそう言うものを求めるならば(それは、当然と言えば当然なのですが)、このクーセヴィツキーのシベリウスはあまりにもチャイコフスキーの影響下にある音楽として鳴り響いています。言葉をかえれば、まるでロシア音楽のように聞こえてしまうのです。
そう言う意味では、これは過去の遺物として忘れ去られても仕方がないのかもしれません。
しかし、クーセヴィツキーは基本的に劇場の人でしたから、聞き手にとって分かりやすく、そして大きな興奮を与えることを本能的に求める人でした。そう考えれば、これほどまでにシベリウスの音楽を大きな構えで華やかに、そして時には深い憂愁を込めて演奏した人はいないかもしれません。
第2番の大きな構えと英雄的な響きは確信に溢れていますし、初演では多くの人に戸惑いを与えた第5番の終結部も実に説得力を持って締めくくっています。そして、第5番に本来は求められていた祝典的な要素にも溢れています。
そして、ともすれば難しいととらえられがちな最後の交響曲である第7番もロマン的な音楽として実に分かりやすく提示してくれています。
さらに、クーセヴィツキーはタピオラやヒョラの娘のような管弦楽作品も30年代に録音してくれています。当然の事ながら、そのアプローチの仕方は交響曲の時と変わるはずはありません。
おそらく、その背景には実演で何度も取り上げてきた自信があったのでしょう。
ヘーゲルは「哲学史は阿保の画廊」ではないと言いました。
演奏の歴史もまた同様であり、今の地点から過去を否定する事は容易です。しかし、過去を阿保の画廊として切り捨てるならば、大切なものを私たちは見落としてしまいます。そう言う意味で、これを過去の遺物とは言いたくないのです。
まあ、何といっても聞いていて面白いことは請け合いなのですから、あまり難しい理屈はこね回さないで楽しみましょう。
録音も30年代のSP盤としてはかなりの優れもので、低声部を基調としたクーセヴィツキー&ボストン響の響きがそれなりに捉えられています。
それから最後に、ここではシベリウスの交響曲の2番、5番、7番を取り上げるつもりなのですが、それ以外にも第3番も録音が残っているようです。何とか入手したいと思っています。
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