モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調, K.551「ジュピター」
サー・ジョン・バルビローリ指揮 ハレ管弦楽団 1956年12月30日~31日録音
Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [1.Allegro vivace]
Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [2.Andante cantabile]
Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [3.Menuetto (Allegretto) - Trio]
Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [4.Finale (Molto allegro)]
これもまた、交響曲史上の奇跡でしょうか。
モーツァルトはお金に困っていました。1778年のモーツァルトは、どうしようもないほどお金に困っていました。
1788年という年はモーツァルトにとっては「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」を完成させた年ですから、作曲家としての活動がピークにあった時期だと言えます。ところが生活はそれとは裏腹に困窮の極みにありました。
原因はコンスタンツェの病気治療のためとか、彼女の浪費のためとかいろいろ言われていますが、どうもモーツァルト自身のギャンブル狂いが一番大きな原因だったとという説も最近は有力です。
そして、この困窮の中でモーツァルトはフリーメーソンの仲間であり裕福な商人であったブーホベルクに何度も借金の手紙を書いています。
余談ですが、モーツァルトは亡くなる年までにおよそ20回ほども無心の手紙を送っていて、ブーホベルクが工面した金額は総計で1500フローリン程度になります。当時は1000フローリンで一年間を裕福に暮らせましたから結構な金額です。さらに余談になりますが、このお金はモーツァルトの死後に再婚をして裕福になった妻のコンスタンツェが全額返済をしています。コンスタンツェを悪妻といったのではあまりにも可哀想です。
そして、真偽に関しては諸説がありますが、この困窮からの一発大逆転の脱出をねらって予約演奏会を計画し、そのための作品として驚くべき短期間で3つの交響曲を書き上げたと言われています。
それが、いわゆる、後期三大交響曲と呼ばれる39番?41番の3作品です。
完成された日付を調べると、39番が6月26日、40番が7月25日、そして41番「ジュピター」が8月10日となっています。つまり、わずか2ヶ月の間にモーツァルトは3つの交響曲を書き上げたことになります。
これをもって音楽史上の奇跡と呼ぶ人もいますが、それ以上に信じがたい事は、スタイルも異なれば性格も異なるこの3つの交響曲がそれぞれに驚くほど完成度が高いと言うことです。
39番の明るく明晰で流麗な音楽は他に変わるものはありませんし、40番の「疾走する哀しみ」も唯一無二のものです。そして最も驚くべき事は、この41番「ジュピター」の精緻さと壮大さの結合した構築物の巨大さです。
40番という傑作を完成させたあと、そのわずか2週間後にこのジュピターを完成させたなど、とても人間のなし得る業とは思えません。とりわけ最終楽章の複雑で精緻きわまるような音楽は考え出すととてつもなく時間がかかっても不思議ではありません。
モーツァルトという人はある作品に没頭していると、それとはまったく関係ない楽想が鼻歌のように溢れてきたといわれています。おそらくは、39番や40番に取り組んでいるときに41番の骨組みは鼻歌混じりに(!)完成をしていたのでしょう。
我々凡人には想像もできないようなことではありますが。
切れ味を失わないモーツァルト
バルビローリによるモーツァルトの録音というのは珍しいのではないでしょうか。戦前は協奏曲の伴奏をよくつとめていましたが、戦後はオペラの序曲などの小品がほとんどで、このような交響曲の録音は珍しいのではないかと思います。
ですから、モーツァルトとは相性が悪いのかなと思っていたのですが、実際に聞いてみると、驚くほどに切れ味のよいモーツァルトなのでいささか驚いてしまいました。
そう言えば、バルビローリと言えば一時「ミニ・カラヤン」みたいな言われ方をしたときがありました。それは、バルビローリの歌い回しの上手さと、「レガート・カラヤン」との間に似たようなものを感じた人が言い始めたものかと思うのですが、こういうモーツァルト演奏を聞かされるとそう言う言い方は全くの的外れであることを思い知らされます。
例えば、カラヤンがサンモリッツで夏の休暇の時にベルリン・フィルのお気に入りのメンバーを集めて小編成のオケでモーツァルトを演奏したことがあります。
それは、過剰なまでの響きで演奏するいつものスタイルとは違って、その小編成の弦楽合奏が紡ぎ出す響きはこの上もなく美しいもので、「何だ、やろうと思えばこういうモーツァルトがやれるんだ」と思ったものでした。しかし、本気モードの時のカラヤンは常にを過剰なまでのの響きとレガートでモーツァルトを描き出しました。
つまり、カラヤンが考えるモーツァルトの世界はあの過剰なまでのレガートで描かれる世界だったと言うことを思い知らされるのです。もちろん、あのカラヤンがそう思ったのですから、我々ごときがあれこれ言って何になるものでもないのですが、それを好ましく思わない人が多かったことも事実です。
しかし、このバルビローリのモーツァルトは明らかにそう言うカラヤンのモーツァルトとは異なった世界です。それは、両者の音楽感の違いを見事なまでに浮かび上がらせるものでした。
とりわけ、戦時中にRCAで録音したK.183の「小ト短調」の凄みさえ感じさせる切れ味の良さと凄みは、ワルターの有名な1956年のウィーンフィルとの演奏を思い出させたほどです。そして、戦後に録音したイ長調のシンフォニー(K.201)とジュピターもまた、そこまでの凄みはなくとも、小気味良い切れ味を失っていませんでした。
とりわけ、ジュピターの最終楽章などは見事としか言いようがありませんし、それとは対照的に、アンダンテ楽章では「歌うバルビローリ」もたっぷりと味合わせてくれる演奏でした。それらと較べればイ長調シンフォニーはいささか特徴に乏しいかもしれませんが、こういう静かな音楽はそう言う中庸性を保った方が相応しいのかもしれません。
バルビローリのモーツァルトなんてほとんど眼中に入っていなかったので、これは意外な収穫でした。
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