クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

モーツァルト:交響曲第41番ハ長調 K.551「ジュピター」

ヘルマン・アーベントロート指揮 ライプツィヒ放送交響楽団 1956年3月26日録音





Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [1.Allegro vivace]

Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [2.Andante cantabile]

Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [3.Menuetto (Allegretto) - Trio]

Mozart:Symphony No.41 in C major, K.551 "Jupiter" [4.Finale (Molto allegro)]


これもまた、交響曲史上の奇跡でしょうか。

モーツァルトはお金に困っていました。1778年のモーツァルトは、どうしようもないほどお金に困っていました。
1788年という年はモーツァルトにとっては「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」を完成させた年ですから、作曲家としての活動がピークにあった時期だと言えます。ところが生活はそれとは裏腹に困窮の極みにありました。
原因はコンスタンツェの病気治療のためとか、彼女の浪費のためとかいろいろ言われていますが、どうもモーツァルト自身のギャンブル狂いが一番大きな原因だったとという説も最近は有力です。

そして、この困窮の中でモーツァルトはフリーメーソンの仲間であり裕福な商人であったブーホベルクに何度も借金の手紙を書いています。
余談ですが、モーツァルトは亡くなる年までにおよそ20回ほども無心の手紙を送っていて、ブーホベルクが工面した金額は総計で1500フローリン程度になります。当時は1000フローリンで一年間を裕福に暮らせましたから結構な金額です。さらに余談になりますが、このお金はモーツァルトの死後に再婚をして裕福になった妻のコンスタンツェが全額返済をしています。コンスタンツェを悪妻といったのではあまりにも可哀想です。
そして、真偽に関しては諸説がありますが、この困窮からの一発大逆転の脱出をねらって予約演奏会を計画し、そのための作品として驚くべき短期間で3つの交響曲を書き上げたと言われています。
それが、いわゆる、後期三大交響曲と呼ばれる39番?41番の3作品です。

完成された日付を調べると、39番が6月26日、40番が7月25日、そして41番「ジュピター」が8月10日となっています。つまり、わずか2ヶ月の間にモーツァルトは3つの交響曲を書き上げたことになります。
これをもって音楽史上の奇跡と呼ぶ人もいますが、それ以上に信じがたい事は、スタイルも異なれば性格も異なるこの3つの交響曲がそれぞれに驚くほど完成度が高いと言うことです。
39番の明るく明晰で流麗な音楽は他に変わるものはありませんし、40番の「疾走する哀しみ」も唯一無二のものです。そして最も驚くべき事は、この41番「ジュピター」の精緻さと壮大さの結合した構築物の巨大さです。
40番という傑作を完成させたあと、そのわずか2週間後にこのジュピターを完成させたなど、とても人間のなし得る業とは思えません。とりわけ最終楽章の複雑で精緻きわまるような音楽は考え出すととてつもなく時間がかかっても不思議ではありません。
モーツァルトという人はある作品に没頭していると、それとはまったく関係ない楽想が鼻歌のように溢れてきたといわれています。おそらくは、39番や40番に取り組んでいるときに41番の骨組みは鼻歌混じりに(!)完成をしていたのでしょう。
我々凡人には想像もできないようなことではありますが。

フルトヴェングラー的なものとトスカニーニ的なものがなんの矛盾もなく同居している


この録音は私の中にあったアーベントロートという指揮者に対する「思いこみ」を根っこから覆してくれました。
その思いこみというのは、少し前に紹介したチャイコフスキーの「悲愴」などによって作られたものでした。それは、主情に貫かれた演奏と言うのが通り相場です。しかし、じっくりと聞いてみればその「主情」は決して「恣意性」とは無縁であり、その歌わせ方が世間の常識とどれほどかけ離れていようと、それらは全て確固たる解釈の上に築き上げられたものだという印象でした。

しかし、このモーツァルトとの「ジュピター」はあの「悲愴」を演奏した指揮者と同一人物の手になるものだとは到底信じられません。
それどころか、これをブラインド聞かせて「トスカニーニのモーツァルトですよ」と言われてもほとんどの人は疑問には思わないでしょう。それほどに客観性に貫かれた、そしてジュピターらしい堂々たる構築性にあふれた音楽が展開されています。

さらに言えば、トスカニーニは「正直に言うとね、僕は時々モーツァルトの音楽にうんざりするんだ。」と述べていました。ただし例外としてト短調シンフォニーを上げていたのですから、このジュピターはトスカニーニとっては「正直に言えば退屈」な音楽だったのでしょう。
しかし、アーベントロートにはそう言う思いは欠片もなかったようです。
トスカニーニの場合はフレーズは短めに切り上げてともすれば前のめりになりがちなのが特長ですが、1946年録音のジュピターの第3楽章の突き進み方等は聞いていて思わず仰け反ってしまいます。そう言う意味では、このアーベントロートの方がはるかに客観性に満ちた造形であり、ともすれば頑固になりがちなトスカニーニと違って剛直でありながらもしなやかさを失っていません。

これを一言で表現すれば、アーベントロートという人の中にはフルトヴェングラー的なものとトスカニーニ的なものがなんの矛盾もなく同居していると言うことでしょうか。
おそらく、チャイコフスキーの「悲愴」に違和感を覚える人であっても、この「ジュピター」に違和感を感じることはあり得ないでしょう。

そして、その事はジュピターだけに限らず、同時に録音されたディヴェルティメントとセレナードにも適用されているのです。
さすがに、作品そのものにジュピターのような構築性はないので、それらの音楽に相応しいゆったり感はあるのですが、テンポを動かしたり独特な歌わせ方などとは全く無縁な演奏です。そして、その音楽は決して硬直した新即物主義の演奏とは全く別物なのです。

こういう演奏に時たま出会えることが、そして、その事によって深く考え込まされるのがヒストリカル音源の世界を彷徨う楽しみだとも言えます。

よせられたコメント

2022-04-09:joshua


2022-07-27:松本聡


【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2024-11-21]

ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調, Op.11(Chopin:Piano Concerto No.1, Op.11)
(P)エドワード・キレニ:ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ミネアポリス交響楽団 1941年12月6日録音((P)Edword Kilenyi:(Con)Dimitris Mitropoulos Minneapolis Symphony Orchestra Recorded on December 6, 1941)

[2024-11-19]

ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.77(Brahms:Violin Concerto in D major. Op.77)
(Vn)ジネット・ヌヴー:イサイ・ドヴローウェン指揮 フィルハーモニア管弦楽 1946年録音(Ginette Neveu:(Con)Issay Dobrowen Philharmonia Orchestra Recorded on 1946)

[2024-11-17]

フランク:ヴァイオリンソナタ イ長調(Franck:Sonata for Violin and Piano in A major)
(Vn)ミッシャ・エルマン:(P)ジョセフ・シーガー 1955年録音(Mischa Elman:Joseph Seger Recorded on 1955)

[2024-11-15]

モーツァルト:弦楽四重奏曲第17番「狩」 変ロ長調 K.458(Mozart:String Quartet No.17 in B-flat major, K.458 "Hunt")
パスカル弦楽四重奏団:1952年録音(Pascal String Quartet:Recorded on 1952)

[2024-11-13]

ショパン:「華麗なる大円舞曲」 変ホ長調, Op.18&3つの華麗なるワルツ(第2番~第4番.Op.34(Chopin:Waltzes No.1 In E-Flat, Op.18&Waltzes, Op.34)
(P)ギオマール・ノヴァエス:1953年発行(Guiomar Novaes:Published in 1953)

[2024-11-11]

ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 イ短調, Op.53(Dvorak:Violin Concerto in A minor, Op.53)
(Vn)アイザック・スターン:ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団 1951年3月4日録音(Isaac Stern:(Con)Dimitris Mitropoulos The New York Philharmonic Orchestra Recorded on March 4, 1951)

[2024-11-09]

ワーグナー:「神々の黄昏」夜明けとジークフリートの旅立ち&ジークフリートの葬送(Wagner:Dawn And Siegfried's Rhine Journey&Siegfried's Funeral Music From "Die Gotterdammerung")
アルトゥール・ロジンスキー指揮 ロイヤル・フィルハーモニ管弦楽団 1955年4月録音(Artur Rodzinski:Royal Philharmonic Orchestra Recorded on April, 1955)

[2024-11-07]

ベートーベン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58(Beethoven:Piano Concerto No.4, Op.58)
(P)クララ・ハスキル:カルロ・ゼッキ指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団 1947年6月録音(Clara Haskil:(Con)Carlo Zecchi London Philharmonic Orchestra Recorded om June, 1947)

[2024-11-04]

ブラームス:交響曲第3番 ヘ長調, Op.90(Brahms:Symphony No.3 in F major, Op.90)
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1952年9月29日&10月1日録音(Arturo Toscanini:The Philharmonia Orchestra Recorded on September 29&October 1, 1952)

[2024-11-01]

ハイドン:弦楽四重奏曲 変ホ長調「冗談」, Op.33, No.2,Hob.3:38(Haydn:String Quartet No.30 in E flat major "Joke", Op.33, No.2, Hob.3:38)
プロ・アルテ弦楽四重奏団:1933年12月11日録音(Pro Arte String Quartet]Recorded on December 11, 1933)

?>