シューベルト:交響曲第8(9)番 ハ長調 「ザ・グレート」 D.944
ルネ・レイボヴィッツ指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 1962年1月16日~17日録音録音
Schubert:Symphony No.9 in C major, D.944 "The Great" [1.Andante - Allegro, ma non troppo - Piu moto]
Schubert:Symphony No.9 in C major, D.944 "The Great" [2.Andante con moto]
Schubert:Symphony No.9 in C major, D.944 "The Great" [3.Scherzo. Allegro vivace - Trio]
Schubert:Symphony No.9 in C major, D.944 "The Great" [4.Allegro vivace]
ベートーベン的な「交響曲への道」にチャレンジしたファースト・シンフォニー
天才というものは、普通の人々から抜きんでているから天才なのであって、それ故に「理解されない」という宿命がつきまといます。それがわずか30年足らずの人生しか許されなかったとなれば、時代がその天才に追いつく前に一生を終えてしまいます。
シューベルトはわずか31年の人生にも関わらず多くの作品を残してくれましたが、それらの大部分は親しい友人達の間で演奏されるにとどまりました。
彼の作品の主要な部分が声楽曲や室内楽曲で占められているのはそのためです。
言ってみれば、プロの音楽家と言うよりはアマチュアのような存在で一生を終えた人です。もちろん彼はアマチュア的存在で良しとしていたわけではなく、常にプロの作曲家として自立することを目指していました。
しかし世間に認められるには彼はあまりにも前を走りすぎていました。
もっとも同時代を生きたベートーベンは「シューベルトの裡には神聖な炎がある」と言ったそうですが、その認識が一般のものになるにはまだまだ時間が必要でした。
そんなシューベルトにウィーンの楽友協会が新作の演奏を行う用意があることをほのめかします。
それは正式な依頼ではなかったようですが、シューベルトにとってはプロの音楽家としてのスタートをきる第1歩と感じたようです。彼は持てる力の全てをそそぎ込んで一曲のハ長調交響曲を楽友協会に提出しました。
しかし、楽友協会はその規模の大きさに嫌気がさしたのか練習にかけることもなくこの作品を黙殺してしまいます。
今のようにマーラーやブルックナーの交響曲が日常茶飯事のように演奏される時代から見れば、彼のハ長調交響曲はそんなに規模の大きな作品とは感じませんが、19世紀の初頭にあってはそれは標準サイズからはかなりはみ出た存在だったようです。
やむなくシューベルトは16年前の作品でまだ一度も演奏されていないもう一つのハ長調交響曲(第6番)を提出します。
こちらは当時のスタンダードな規模だったために楽友協会もこれを受け入れて演奏会で演奏されました。しかし、その時にはすでにシューベルがこの世を去ってからすでに一ヶ月の時がたってのことでした。
この大ハ長調の交響曲はシューベルトにとっては輝かしいデビュー作品になるはずであり、その意味では彼にとっては第1番の交響曲になる予定でした。
もちろんそれ以前にも多くの交響曲を作曲していますが、シューベルト自身はそれらを習作の域を出ないものと考えていたようです。
その自信作が完全に黙殺されて幾ばくもなくこの世を去ったシューベルトこそは「理解されなかった天才の悲劇」の典型的存在だと言えます。
しかし、天才と独りよがりの違いは、その様にしてこの世を去ったとしても必ず時間というフィルターが彼の作品をすくい取っていくところにあります。この交響曲もシューマンによって再発見され、メンデルスゾーンの手によって1839年3月21日に初演が行われ成功をおさめます。
それにしても時代を先駆けた作品が一般の人々に受け入れられるためには、シューベルト→シューマン→メンデルスゾーンというリレーが必要だったわけです。
これほど豪華なリレーでこの世に出た作品は他にはないでしょうから、それをもって不当な扱いへの報いとしたのかもしれません。
第1楽章 :Andante - Allegro, ma non troppo - Piu moto
冒頭、2本のホルンによって主題が奏されるのですが、これが8小節を「3+3+2」としたもので、最後の2小節がエコーのように響くという不思議な魅力をもっています。
また、この主題の中の3度上行のモティーフが至るところで使われることによって作品全体をまとめる働きもしています。
第2楽章 :Andante con moto
チェロやコントラバスというベースラインが絶妙に揺れ動く中でオーボエのソロが見事な歌を歌います。ベートーベン的な世界を求めながらも、そこにシューベルトならではの「歌」の世界が抑えきれずにあふれ出たという風情です。
そして、シューベルトには申し訳ない話かも知れませんが、それ故に聞き手にとっては最も美しく響く音楽でもあります。
第3楽章 :Scherzo. Allegro vivace - Trio
同じスケルツォでも、ベートーベンのような諧謔さではなくて親しみやすい舞曲的性格が強い音楽になっています。
第4楽章 :Allegro vivace
「天国的な長さ」とシューマンによって評された特徴が最もよくあらわれているのがこの楽章です。
第1主題に含まれる2つの音型が楽章の全体を通して休みなく反復されるので、それがその様な感覚をもたらす要因となっています。
しかし、それこそがベートーベン的な「交響曲への道」を求めていたシューベルトの挑戦の表れだったと言えます。
切れ味抜群のリズムとテンポでぐいぐいと造形していく
指揮者としてのレイホヴィッツの業績として真っ先に指が折られるのはベートーベンの交響曲全集でしょう。それは世上よく言われるように、「ベートーヴェン自身のオリジナルなメトロノーム記号に出来るだけ従おうとした最初の録音」だからだけではありません。
それは、そのメトロノーム指定は彼が目指したベートーベン像の中の一つにしか過ぎないからです。
重要なことは、トランペットやホルンを追加して演奏効果を上げるという慣習的なスコアの改変は行っているものの、どの演奏を聴いてみても「ここはこういう風に演奏するモンだ!」みたいな安直な伝統の上に胡座をかくような解釈を一切行っていないことです。
そこには、全てを一度白紙に戻し、その上でベートーヴェンの書いたスコアからもう一度音楽を再構築しようという執念が貫かれています。
それはたとえてみれば、「ベートーベンの交響曲」という偉大な存在をより偉大なものに見えるように、様々な衣装やアクセサリを纏わせていたものを全てはぎ取り、まさにあるがままの姿の上になんの飾りもない普段着を着せたようなものでした。それは、トスカニーニが語った「エロイカといえどもただの『アレグロ・コン・ブリオ』に過ぎない」という言葉を、さらに徹底した形で音楽にしようとしたのです。
ですから、これを持ってその後のピリオド演奏を予言しているかのような尖った演奏と評価する向きもあるのですが、本質的にはその様なムーブメントと重なる部分があったとしても、基本的には異なったところでで成り立っている演奏だといえます。
そして、このシューベルトのハ長調交響曲もまた、そう言うベートーベン演奏と全く同じコンセプトとの上に成り立っています。
「グレイト」というあだ名で呼ばれるこの作品を「グレイト」なものにしよとする今までの演奏とは全く一線を画して、鋭い切れ味抜群のリズムとテンポでぐいぐいと造形していきます。
それは、今の耳からすればある種の生理的快感させ覚えさせるものなのですが、60年代初頭と言う時代においてみればそれもまた「異形」と呼ぶしかないような演奏だったのでしょう。
そのために、これほどの素晴らしい演奏と録音であるにも関わらず、デジタルの時代になっても長く復刻もされずに放置されていました。録音に関して言えば、会員制の直販方式で多くの録音活動を行っていたリーダーズ・ダイジェストから発売された録音なのですが、録音はほぼ全てDeccaに丸投げされていたから音質は極めて優秀です。
確かに、この作品にフルトヴェングラー的な巨大さを求める人には到底受け入れられない演奏なのですが、それだけが全てでないことを教えてくれる演奏だといえます。
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