ベートーベン:交響曲第7番イ長調 作品92
ヘルマン・シェルヘン指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1951年6月録音
Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [1.Poco Sostenuto; Vivace]
Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [2.Allegretto]
Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [3.Presto; Assai Meno Presto; Presto]
Beethoven:Symphony No.7 in A major , Op.92 [4.Allegro Con Brio]
深くて、高い後期の世界への入り口
「不滅の恋人」は「アマデウス」と比べるとそれほど話題にもなりませんでしたし、映画の出来そのものもいささか落ちると言わなければなりません。しかし、いくつか印象的な場面もあります。(ユング君が特に気に入ったのは、クロイツェル・ソナタの効果的な使い方です。ユング君はこの曲が余りよく分からなかったのですが、この映画を見てすっかりお気に入りの曲になりました。これだけでも、映画を見た値打ちがあるというものです。)
それにしても、「アマデウス」でえがかれたモーツァルトもひどかったが、「不滅の恋人」でえがかれたベートーベンはそれに輪をかけたひどさでした。
第9で、「人類みな兄弟!!」と歌いあげた人間とは思えないほどに、「自分勝手」で「傲慢」、そしてどうしようもないほどの「エキセントリック」な人間としてえがかれていました。一部では、あまりにもひどすぎると言う声もあったようですが、ユング君は実像はもっとひどかったのではないかと思っています。
偉大な音楽家達というものは、その伝記を調べてみるとはっきり言って「人格破綻者」の集まりです。その人格破綻者の群の中でも、とびきりの破綻者がモーツァルトとベートーベンです。
最晩年のぼろ屑のような格好でお疾呼を垂れ流して地面にうずくまるベートーベンの姿は、そのような人格破綻者のなれの果てをえがいて見事なものでした。
不幸と幸せを足すとちょうど零になるのが人生だと言った人がいました。これを才能にあてはめると、何か偉大なものを生み出す人は、どこかで多くのものを犠牲にする必要があるのかもしれません。
この交響曲の第7番は、傑作の森と言われる実り豊かな中期の時期をくぐりぬけ、深刻なスランプに陥ったベートーベンが、その壁を突き破って、後期の重要な作品を生み出していく入り口にたたずむ作品です。
ここでは、単純きわまるリズム動機をもとに、かくも偉大なシンフォニーを構築するという離れ業を演じています。(この課題に対するもう一つの回答が第8交響曲です。)
特にこの第2楽章はその特徴のあるリズムの推進力によって、一つの楽章が生成発展してさまをまざまざと見せつけてくれます。
この楽章を「舞踏の祝祭」と呼んだのはワーグナーですが、やはり大したものです。
そしてベートーベンはこれ以後、凡人には伺うこともできないような「深くて」「高い」後期の世界へと分け入っていくことになります。
古典的均衡の中で追求した新しい試みが目に見えるように再現されています
ヘルマン・シェルヘンという名前が強く結びついている録音と言えばルガーノ放送管弦楽団とのベートーベン交響曲全集でしょう。1965年の1月から4月にかけて一気呵成にライブ録音で収録されたものですが、売り文句が「猛烈なスピードと過激なデュナーミク、大胆な解釈で荒れ狂う演奏」と言うのですから、まあ、大変なものです。
そして、その全集録音は「ト盤」という言葉結びつき、それ故に「爆裂指揮者」という有り難くもないレッテルを貼られてしまった原因ともなった録音です。
しかし、彼には50年代にもう一つ、革新的でもあり、真っ当でもある全集録音があります。
それが「Westminsterレーベル」によって以下の順で録音された全集です。
なお、録音データに関しては「Westminster」と「TAHRA」では食い違いがあるのですが、ここでは「Westminster」のデータを採用しておきました。
ウィーン国立歌劇場管弦楽団
交響曲第7番イ長調 作品92:1951年6月録音
交響曲第6番ヘ長調 作品68「田園」:1951年6月録音
交響曲第9番ニ短調 作品125「合唱」:1953年7月録音
交響曲第3番変ホ長調 作品55「英雄」:1953年10月録音
交響曲第1番ハ長調 作品21:1954年10月録音
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団:1954年9月録音
交響曲第2番ニ長調 作品36
交響曲第4番変ロ長調 作品60
交響曲第5番ハ短調 作品67運命」
交響曲第8番ヘ長調 作品93
二つのオーケストラを振り分けているのですが、その振り分けたオーケストラによって明らかにテイストが異なります。
それから、すでにふれたこともでもあるのですが、この「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」というオーケストラの実態についてもう一度確認しておきます。
一般的に考えれば、「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」は「ウィーン国立歌劇場」のオーケストラと言うことになります。
その歌劇場のメンバーの中から入団が認められたものによって結成されているのがウィーンフィルと言う自主団体ですから、「ウィーン国立歌劇場管弦楽団≒ウィーンフィル」という図式が成立するのです。
しかし、この「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」というクレジットがよく登場するウェストミンスターの録音では、それは「国立歌劇場」のオケではなくて、オペレッタなどを上演する「フォルクスオーパー」のオケだったらしいのです。
ですから、ここでは「ウィーン国立歌劇場管弦楽団≒ウィーンフィル」という図式は成立しないのです。
ただしボールト指揮による「惑星」の録音のように「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」というクレジットが「ウィーン国立歌劇場管弦楽団≒ウィーンフィル」を意味している可能性が感じられるものもあるから困ってしまいます。
そこで、さらに調べてみると、この「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」というクレジットが、そのまま「国立歌劇場」のオケであるときもあるようななのです。
何ともややこしい話なのですが、それでも「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」とクレジットされているオーケストラのの大部分は「フォルクスオーパー」のオケか、「歌劇場メンバー」による臨時編成のオケだったらしいです。
そして、ここでの「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」はウィーンフィルとはかなりメンバー的には異なる団体のように思われます。
それは同じクレジットであっても、ボールト指揮の「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」と、ここでの「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」では、オーケストラの響きの質が全く異なるからです。
さらに言えば、2番・4番・5番・6番を演奏したロイヤルフィルと較べれば、そのアンサンブル能にはかなりの開きがあるからです。
しかしながら、よく言われるように、この世の中に悪いオーケストラというものは存在していなくて、いるのは悪い指揮者だけです。
そして、ここでのシェルヘンは決して悪い指揮者ではないですし、彼が表現しようとしていることは隅から隅まで明らかです。
シェルヘンがここで目指しているのはベートーベンが試みた新しいチャレンジを誰の耳にも明らかになるように提示することでした。
例えば、エロイカにおいては、ベートーベンが徹底的に追求した「デュナーミクの拡大」を誰の耳にも明らかなように提示してみせようとしていました。
そのために、シェルヘンはやや遅めのテンポを採用して、構成要素が反復され、変形されていく過程で次々と楽器が積み重なっていく様子が、まるで目で見えるかのような鮮やかさで提示してみせました。
なぜかよく分かりませんが、53年に録音した「エロイカ」はその2年前に録音された6番や7番と較べるとそのあたりがかなりうまくいっています。もちろん、録音のクオリティが飛躍的に向上した事も寄与しているのでしょうが、そう言う細かい部分を執拗に追求するシェルヘンの指示に十分応えていました。
もしかしたら、オーケストラのクレジットはともに「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」なのですが、メンバー的には随分と入れ替わっているのかもしれません。
そして、このロイヤルフィルかそう言う執拗なシェルヘンの要求に対して見事に追随しています。
例えば第4番の交響曲では、ベートーベンが古典的均衡の中で追求した新しい試みは目に見えるように再現されています。
そして、彼の最晩年におけるルガーノにおける録音は、そう言うシェルヘンの指示に追随しきれないオケのふがいなさにぶち切れてしまった結果だったことに気づくのです。
そう言えば、ルガーノでの第9のリハーサルで、フィナーレに向けたアッチェレランドにオケがついて行けずに崩壊してしまい、シェルヘンが激怒したという話を聞いたことがあります。
しかしながら、ウェストミンスターによる第9の録音ではそんな無茶はしていませんから、ルガーノでの全集では、「これが最後!」という思いもあって要求水準を上げたのかもしれません。
そして、その要求にオケはついて行けず華々しく砕け散ったのです。
そう言う意味では、このロイヤルフィルを指揮して録音したウェストミンスター録音こそが、シェルヘンの意図がもっともいい形で残されたものだと言えそうです。
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