ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36
ヘルマン・シェルヘン指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 1954年9月録音
Beethoven:Symphony No.2 in D major , Op.36 [1.Adagio Molto; Allegro Con Brio]
Beethoven:Symphony No.2 in D major , Op.36 [2.Larghetto]
Beethoven:Symphony No.2 in D major , Op.36 [3.Scherzo]
Beethoven:Symphony No.2 in D major , Op.36 [4.Allegro Molto]
新しい道を進みはじめた第一歩が記された交響曲
ベートーベン関連の作品解説はこういうサイトを始めた頃に書いたものが大部分です。今から読みかえせばあまりに簡素であり、正確さに欠ける部分も目について冷や汗ものです。
とは言え、そう言う部分も含めてその時の私を反映しているのですから、明らかに誤っている部分以外は敢えて加筆や訂正はしないで放置してきました。
振り返ればよくぞ飽きもしないで20年も更新を続けてこられたものだと、我が事ながら感心しています。
そして、この20年というのは一つの節目かなと言う気もしています。
今年、退職をして時間が出来たということもあるのですが、そう言う簡素に過ぎる解説に関しては少しずつ書き直していこうかと考えています。
取りあえずは、ピアノ・ソナタの作品解説が一番「手抜き(^^;」になっていましたので、そこから手をつけはじめているのですが、やってみると意外なほどに手間と時間がかかります。しかし、何とかそちらの方は先が見えてきましたので、次は交響曲の解説に手をつけていこうかと考えています。
なんと言っても「不滅の9曲」ですから、もう少し付け加える必要があるでしょう。
例えば、交響曲の2番に関してはこういう事を書いていました。
ベートーベンの交響曲は音楽史上、不滅の作品と言われます。しかし、初期の1番・2番はどうしても影が薄いのが事実です。
それは3番「エロイカ」において音楽史上の奇跡と呼ばれるような一大飛躍をとげたからであり、それ以後の作品と比べれば確かに大きな落差は否めません。しかし、ハイドンからモーツァルトへと引き継がれてきた交響曲の系譜のなかにおいてみると両方とも実に立派な交響曲です。
交響曲の1番は疑いもなくジュピターの延長線上にありますし、この第2番の交響曲はその流れのなかでベートーベン独自の世界があらわれつつあります。
今の私なら、「交響曲の1番は疑いもなくジュピターの延長線上にあります」ではなくて、「交響曲の1番は疑いもなくハイドンのザロモン・セットの延長線上にあります」と書くでしょうね。(^^;
まあ、そう言う細かい話は脇におくとしても、それでも「初期の1番・2番はどうしても影が薄い」という風に、この2つの交響曲を同列に論ずるのはやはり粗雑に過ぎたようです。
ベートーベンという人の作曲家としての道筋を辿るときに、重要な目印になるのが32曲のピアノソナタだと言うことが、ピアノ・ソナタの解説を書き直している中でよく分かってきました。
ベートーベンという人はクラシック音楽の世界を深く掘り下げた人であるのですが、驚くほど多方面にわたって多様な音楽を書いた人でもありました。流石に、オペラは彼の資質から見ればそれほど向いている分野ではなかったようなのですが、それでも「フィデリオ」という傑作を残しています。
特定の分野に絞って深く掘り下げた人はいますし、多方面にわたって多くの作品を書き散らした人もいますが、ベートーベンのように幅広い分野にわたって革命的と言えるほどに深く掘り下げた人は、他にモーツァルトがいるくらいでしょう。
そんなベートーベンが、その生涯にわたって創作を続けた分野がピアノソナタであり、それ以外では交響曲と弦楽四重奏の分野でしょうか。
そして、この3つの中でもっとも数多くの作品を残したのがピアノソナタですから、ピアノソナタこそがもっとも細かい目盛りでベートーベンという男を計測できるのです。
この計測器を使って初期の1番と2番の交響曲を計測してみれば、それが同列に論じてはいけないことは一目瞭然です。
ベートーベン:交響曲第1番 ハ長調 作品21 [1799年~1800年]
ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36 [1801年~1802年]
時間的に見れば相接しているように見えるのですが、ピアノソナタで計測してみれば、この二つの交響曲の間には明らかに大きな飛躍が存在していることに気づかされます。
ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」 ハ短調 Op.13 [1797-98年]
ピアノ・ソナタ第9番 ホ長調 Op.14-1 [1797~99年]
ピアノ・ソナタ第10番 ト長調 Op.14-2 [1797~99年]
ベートーベン:交響曲第1番 ハ長調 作品21 [1799年~1800年]
ピアノ・ソナタ第11番 変ロ長調 Op.22 [1800年]
ピアノ・ソナタ第12番「葬送」 変イ長調 Op.26 [1800-01年]
ピアノ・ソナタ第13番 変ホ長調 Op.27-1 [1800-01年]
ピアノ・ソナタ第14番「月光」 嬰ハ短調 Op.27-2 [1801年]
ピアノ・ソナタ第15番「田園」 ニ長調 Op.28 [1801年]
ピアノ・ソナタ第16番 ト長調 Op.31-1 [1802年]
ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」 ニ短調 Op.31-2 [1802年]
ピアノ・ソナタ第18番 変ホ長調 Op.31-3 [1802年]
ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36 [1801年~1802年]
ピアノソナタを3つのグループに分けたのはベートーベンという男が辿ったステップに基づいてグループ分けをしたからです。
ピアノソナタ全体のおよそ3分の1を占める10番までの初期ソナタは、ハイドンやモーツァルトが確立した18世紀のソナタを学んでそれを血肉化し、それをふまえた上で前に進もうと模索した時期でした。そう言う模索の先に第1番の交響曲が生み出されたことは、ベートーベンという男の「歩み方」のようなものが暗示されているように思えます。
彼にとってピアノソナタは常に新しい道を切り開くアイテムであり、そこで切り開いた結果を集大成するのが交響曲だったのではないでしょうか。
その意味では、この第1番の交響曲もまた18世紀の交響曲の集大成であり、その手本は明らかにハイドンだったのです。
そして、ここで集大成した結果を彼はウィーンでの人気ピアニストとしての腕を振るためのピアノソナタに盛り込んで、作品22から28までのソナタを生み出します。
ですから、それらは若き人気ピアニストの作品群と言えます。
しかし、それはやがて彼のわき上がるような創作意欲をおさめるものとしては、あまりにも小さく、そしてあまりにも古いものであることに気づかざるを得なくなります。
そして、その事に気づいたベートーベンは、未だ誰も踏み出したことがないような世界へと歩を進めていくのです。
それが、「私は今後新しい道を進むつもりだ」と明言して生み出された「テンペスト」を含む作品31のソナタだったのです。
交響曲2番は、まさにその様な新しい道へと踏み出した時期に生み出された音楽なのです。ですから、「初期の1番・2番」などとセットにして語ってはいけないのです。
交響曲の1番が18世紀の総括だとすれば、第2番は明らかに19世紀への新しい一歩を踏み出した音楽なのです。
そして、彼はピアノソナタの分野ではこのすぐ後に「ワルトシュタイン」を生み出し、その後に、ついに音楽史上の奇蹟とも言うべき「エロイカ」が生み出されるのです。
ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」 ハ長調 Op.53 [1803-04年]
ピアノ・ソナタ第22番 ヘ長調 Op.54 [1804年]
ベートーベン:交響曲第3番「エロイカ(英雄)」 変ホ長調 op.55 [1803年~1804年]
その意味では、この第2番の交響曲は18世紀的な第1番よりはエロイカの方に近しいのです。
ベートーベン:交響曲第2番 ニ長調 作品36
第2番の交響曲を特徴づけるものの一つは、第1楽章の冒頭に長い序奏を持つことです。
それが深い感情を表出するようになるのは後年のベートーベンの一つの特徴となっているのですが、ここでも軽い悲劇性が滲み、その終わり近くで登場するファースト・ヴァイオリンによる急速な下行句は強い印象を与えます。
その下行句に続いてて弦楽器が勢いよく第1主題を提示するのですが、それもまた、18世紀の交響曲にありそうでなかったスタイルです。
また、第2楽章のラルゲットの美しさも、ここに至るピアノソナタの緩徐楽章で試行錯誤を繰り返してきた結果が実ったものではないでしょうか。18世紀のピアノは楽器の限界もあって、どちらかと言えば歯切れの良いテクスチャが主流だったのですが、それをベートーベンはレガートでカンタービレすることに腐心していました。このラルゲットで聞くことのできる美しいロマン性は第1番の交響曲では聞くことが出来なかったものですし、そこには「歌う」事への試行錯誤が結実していると言えます。
確かにベートーベンが最もベートーベンらしいのは驀進するベートーベンです。
交響曲の5番やピアノソナタの熱情などがその典型でしょうか。
しかし、瞑想的で幻想性あふれる音楽もまたベートーベンを構成する重要な部分であり、その特徴が一つの形として結実したのがこのラルゲット楽章なのです。
さらに、第3楽章はメヌエットからスケルツォへと変貌を遂げていますが、これもベートーベンの交響曲を特徴づけるものです。
確かに、ベートーベンは初期ソナタの時からメヌエットではなくてスケルツォと記す作品を書いていました。しかし、そう書かれていても、実際は通常の3部形式のメヌエットの域を出るものではなかったので、途中でメヌエットともスケルツォとも記すのをやめている作品もありました。
しかし、ここでは、自信を持ってスケルツォと記していますし、音楽もまたそれに相応しいものに進化しています。
中間部のトリオは主調のニ長調で書かれていてメヌエット的な穏やかさを残してはいますが、それでもフォルトとピアノを突然に交代したりすることで、歌謡性を前面に押し出したメヌエットとは異なる音楽を構築しています。
とは言え、それでも3番とそれ以降の作品と併置されると影が薄くなってしまうのがこの作品の不幸です。
もっと聞かれてしかるべき作品だと思います。
現在の耳からしてもきわめて精緻で切れ味の鋭いベートーベン
ヘルマン・シェルヘンという名前が強く結びついている録音と言えばルガーノ放送管弦楽団とのベートーベン交響曲全集でしょう。1965年の1月から4月にかけて一気呵成にライブ録音で収録されたものですが、売り文句が「猛烈なスピードと過激なデュナーミク、大胆な解釈で荒れ狂う演奏」と言うのですから、まあ、大変なものです。
そして、ある時「ト盤」という言葉が売れないクラシック音楽を売るためのキーワードとして跋扈しはじめると、真っ先にターゲットとなったのがこの全集でした。
「ト盤」という言葉は幸いなことに最近はあまり聞かれなくなったのですが、いわゆる「とんでもない演奏を録音したレコード盤」の省略形で、これと真逆にあるのが「スタンダード盤」と言うことになります。
新規参入してくるユーザーが減少すると、残るのは美食に倦んだ「うるさい客」だけです。そんな客はもう普通の演奏では満足しなくなってきますから、普通に新譜をリリースしているだけでは売り上げは伸びません。
そこで、腕によりをかけて美食を提供するよりは、ゲテモノを探してきて振る舞った方が売り上げが伸びるのではないかと考えて登場したのが「ト盤」というわけです。
こういう構図は必ずしも音楽の世界だけでなく、どこの世界でもあることです。
しかし、そう言う「ト盤」だけが有名になって、その「ト盤」で己の全業績を判断されたのでは演奏家としてはたまったものではありません。
指揮者にしてみれば、その事によって「爆裂指揮者」という有り難くもないレッテルを貼られて、爆裂していない録音にであうと「調子が悪かったのか?」などと言われるのですから、そう言うレッテルを貼った連中に一言や二言は文句を言いたかったことでしょう。
ただし、そう言うレッテルを貼られるのは自分が死んだ後と言うことが多いですから、ほとんどは「泣き寝入り^^;」するしかありません。
しかし、ごく稀に、その「泣き寝入り」をしない人がいます。
その一人がこのシェルヘンでした。
もちろん、シェルヘン自身は1966年になくなっていますからどうしようもなかったのですが、泣き寝入りをしなかったのはその娘のミリアム・シェルヘンでした。
彼女は父親に貼り付けられた「爆裂指揮者」というレッテルを剥がすために「TAHRA」というヒストリカル音源専門のレーベルを立ち上げ、そこで「爆裂」していない、それどころか現在の耳からしてもきわめて精緻で切れ味の鋭い父親の録音をリリースしていくのです。
やがて、「TAHRA」はさらに幅広い音源を次々とリリースしていくのですが、レーベル立ち上げの大きな要因は父親への言われなき誤解と偏見を解消するためだったと言われています。
そう思えば、評論家という存在は、結構いい加減な「物言い」をするものです。
「機械的で冷たい」とか「豪腕ピアニスト」とか、例をあげていけばあれこれの「いい加減さ」が散らばっているのがこの世界です。そして、そういうことになってしまう背景には、少なくない評論家は「まともに音楽を聞きもしないで文章にしている」という恐ろしい現実があるようです。
と言うことで、私もシェルヘンのもう一つのベートーベンの交響曲全集を取り上げておきましょう。
この音源は、すでにMP3ファイルとしてはアップしてあるのですが、リスニングルームの方にはあげていませんでした。理由は簡単なことで、そう言う「シェルヘンの汚名を雪ぐにはいささか録音が悪すぎる」と感じたからです。
しかし、最近になってもう少し状態のいい音源が入手できましたので、その新しい音源を再度アップしてこちらでも公開することにしました。
ちなみに、この全集はWestminsterレーベルによって以下の順で録音をされています。録音データに関しては「Westminster」と「TAHRA」では食い違いがあるのですが、ここでは「Westminster」のデータを採用しておきました。
1951年6月録音:ウィーン国立歌劇場管弦楽団
交響曲第7番イ長調 作品92
交響曲第6番ヘ長調 作品68「田園」
1953年7月録音:ウィーン国立歌劇場管弦楽団
交響曲第9番ニ短調 作品125「合唱」
1953年10月録音:ウィーン国立歌劇場管弦楽団
交響曲第3番変ホ長調 作品55「英雄」
1954年9月録音:ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
交響曲第2番ニ長調 作品36
交響曲第4番変ロ長調 作品60)
交響曲第5番ハ短調 作品67運命」
交響曲第8番ヘ長調 作品93
1954年10月録音:ウィーン国立歌劇場管弦楽団
交響曲第1番ハ長調 作品21
考えてみれば、シェルヘンという人は作曲家であり、指揮者であり、さらには優秀な録音プロデューサーでもあった人です。
彼は自宅に録音スタジオを作っていて、オケのメンバーを呼び寄せては室内楽作品の録音なども行っていたそうです。
記憶は曖昧なのですが、スカラ座のオケのメンバーが回想録の中で語っていました。
そんな男がチープな録音にOKを出すはずはないのであって、とりわけ54年にロイヤルフィルを使って集中的に録音した2番・4番・5番・6番の4曲はきわめて優秀なモノラル録音であり、演奏もベートーベンの交響曲の構造を驚くほど精緻に描き出しています。
それから、この録音のジャケットを探していきて付いたのですが、初期盤は「Philharmonic Symphony Orchestra Of London」と「Orchestra of the Vienna State Opera」となっています。
「Orchestra of the Vienna State Opera」は「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」で問題はないのですが、「Philharmonic Symphony Orchestra Of London」と言うのは実に怪しい記述です。もちろん、このオケの実態が「ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団」であることは周知の事実なのですが、何らかの事情でその名前が使えなかったためにロンドンフィルのようでロンドンフィルでないという怪しげな呼称になったようです。
よせられたコメント 2017-12-24:信一 ピアノソナタと交響曲を年代的に対比された解説は、目にうろこでした。初期の2つの交響曲は大好きでよく聞くのですが、確かに、ピアノソナタの成立と対比するとこの二つの交響曲には一つには括れない大きな飛躍の時が挟まっていますね。
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