モーツァルト:交響曲第38番 ニ長調 K.504 「プラハ」
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮 北ドイツ放送交響楽団 1959年5月録音
Mozart:Symphony No.38 in D major K.504 "Prague" [1. Adagio - Allegro]
Mozart:Symphony No.38 in D major K.504 "Prague" [2. Andante]
Mozart:Symphony No.38 in D major K.504 "Prague" [3. Finale: Presto]
複雑さの極みに成立している音楽
1783年にわずか4日で「リンツ・シンフォニー」を仕上げたモーツァルトはその後3年にもわたってこのジャンルに取り組むことはありませんでした。40年にも満たないモーツァルトの人生において3年というのは決して短い時間ではありません。その様な長いブランクの後に生み出されたのが38番のシンフォニーで、通称「プラハ」と呼ばれる作品です。
前作のリンツが単純さのなかの清明さが特徴だとすれば、このプラハはそれとは全く正反対の性格を持っています。
冒頭部分はともに長大な序奏ではじまるところは同じですが、こちらの序奏部はまるで「ドン・ジョバンニ」を連想させるような緊張感に満ちています。そして、その様な暗い緊張感を突き抜けてアレグロの主部がはじまる部分はリンツと相似形ですが、その対照はより見事であり次元の違いを感じさせます。そして、それに続くしなやかな歌に満ちたメロディが胸を打ち、それに続いていくつもの声部が複雑に絡み合いながら展開されていく様はジュピターのフィナーレを思わせるものがあります。
つまり、こちらは複雑さの極みに成り立っている作品でありながら、モーツァルトの天才がその様な複雑さを聞き手に全く感じさせないと言う希有の作品だと言うことです。
第2楽章の素晴らしい歌に満ちた音楽も、最終楽章の胸のすくような音楽も、じっくりと聴いてみると全てこの上もない複雑さの上に成り立っていながら、全くその様な複雑さを感じさせません。プラハでの初演で聴衆が熱狂的にこの作品を受け入れたというのは宜なるかなです。
伝えられた話では、熱狂的な拍手の中から「フィガロから何か一曲を!」の声が挙がったそうです。それにこたえてモーツァルトはピアノに向かい「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」を即興で12の変奏曲に仕立てて見せたそうです。もちろん、音楽はその場限りのものとして消えてしまって楽譜は残っていません。チェリが聞けば泣いて喜びそうなエピソードです。
かなり時代を先取りしたモーツァルトだったのかもしれない
これもまた、今となっては殆ど誰も思い出さないようなモーツァルトの録音です。1959年の録音なのにモノラルというのが信じがたいのですが、それだけ録音には恵まれなかったと言うことなのでしょう。
しかし、モノラルではあるのですが、響きが真ん中に固まって窮屈になることもなく、また、楽器の分離も悪くはありませんから、極上とまでは言えなくてもそこそこのクオリティであることが救いでしょうか。
そのおかげで、中庸で温和な音楽家というイッセルシュテットへの「先入観」を払拭する上で多少の役割は果たしてくれそうな存在です。
聞けば分かるように、このモーツァルトは中庸でもなければ穏和でもありません。
もちろん、少し前に紹介した「
ジュピター 」のような力ずくのモーツァルトでもありません。あの「ジュピター」はライブでのイッセルシュテットがどんな音楽をやるのかと言うことを誰の目(耳?)にも分かるように提示してくれた演奏でした。
しかしながら、さすがにセッション録音ではあのようなことが起こるはずもありません。
しかし、彼の中のモーツァルトというのは基本的に引き締まった男性的な音楽として存在していたことは間違いないようです。
ポルタメントを多用して曲線路で構成されたモーツァルトというのは過去の遺物にはなっていましたが、それでも当時のヨーロッパの指揮者の主流はもう少し低声部を分厚くならして、今の耳からすればいささか鈍重な感が否めないものでした。そう言う主流から彼の演奏を眺めてみれば、かなり時代を先取りしたものだったのかもしれません。
分厚い響きでマスキングされることがないので、音楽全体の形が結構クリアに描き出されていますし、なんと言っても全体がスッキリとした直線で造形されているのが古さを感じさせない所以でしょう。
とは言え、現在の聞き手は贅沢です。様々な美味珍味に飽いて、一口つまんだだけで跡は箸もつけないという人もいます。それが、聞き手にとって幸せなのかどうか疑問に思うことが増えています。
もちろん、ジャンクフードしか食べたことがないので、ものの味が全く分からないよりは幸せではあるのですが・・・。
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