クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

フランク:交響詩「呪われた狩人」(Franck:Le Chasseur maudit)

アルトゥール・ロジンスキー指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1954年6月27~7月11日録音(Artur Rodzinski:Wiener Staatsoper Orchester Recorded on June 27-July 11, 1954)



Franck:Le Chasseur maudit


地獄の追跡劇の暗く幻想的な雰囲気

フランクは生涯で5曲の交響詩を残しています。この「呪われた狩人」は最晩年の1882年に作曲され、翌1883年の3月31日に国民音楽協会で初演されました。
交響詩のストーリーはドイツの詩人ゴットフリート・アウグスト・ビュルガーのバラード「野生の狩人」に着想を 得たもので、おおむね以下のように展開されます。


  1. 穏やかな日曜日の風景

  2. 狩り

  3. 呪い

  4. 悪魔の追跡



日曜日の朝、教会の鐘が信者たちを礼拝に招き聖歌が空に響く中、伯爵は狩りに出発します。
敬虔な長老たちは彼に狩りを中止するよう懇願するのですが、伯爵はそんな警告に対して軽蔑の念を抱くばかりです。伯爵は村の農場を荒々しく馬で駆け抜け、作物を踏みつけ、行く手を阻む農民に鞭を振るいます。
そして狩りに出かけた伯爵はやがて彼は森の中で迷子になってしまいます。すると、そこで目に見えない高みから厳しい声が聞こえてきて、伯爵に判決を下します。

「呪われた狩人よ、永遠に地獄に追われよ!」

伯爵は逃げようとしますが、小鬼や悪魔たちが彼を追いかけ、時には煽り、時には行く手を阻みます。
昼も夜も、伯爵の激しい騎行は続きます。
馬と乗り手が奈落の底に落ちても休む暇はなく、主の日を冒涜した事への容赦ない罰として空中へと運ばれ、果てしなく伯爵の騎行は続きます。

フランクのオーケストレーションは地獄の追跡劇の暗く幻想的な雰囲気を想起させます。曲の終結部は「幻想交響曲」の不気味な「サバトの夜の歌」を彷彿とさせます。

ロジンスキーという男は妥協を許さない存在です。


ロジンスキーは1943年にニューヨーク・フィルの音楽監督というポジションを手に入れながらも、コンサート・マスターも含めて「血の粛清」を行ったために1947年に首になっています。
しかし、ニューヨークを首になったあと、すぐにシカゴ響の音楽監督に就任しています。
普通なら、ニューヨークでの経験をもとに多少は学ぶのでしょうが、ニューヨークでもシカゴでも厳しい練習と楽員のリストラを行うのは変わらず、そのためにメンバーとの衝突もたびたびでした。
嘘か本当かははっきりしませんが、ロジンスキー自身も身の危険を感じて拳銃を忍ばせてリハーサルに臨んだといううわさも伝えられています。

そして、シカゴでも音楽的な妥協を許さなかったために最初の年から膨大な赤字を出して、わずか1年で首になっています。
とにかく、ロジンスキーという男は音楽面においては絶対に妥協を許さない存在だったのです。

ところが、そんなロジンスキーがシカゴを追われたときにシカゴ・トリビューンのキャシディが擁護したというエピソードが残っています。こちらは「噂」ではなくて「事実」です。
シカゴ・トリビューンのクラウディア・キャシディというのは伝説的な批評家で、シカゴで活動した指揮者のほとんどが彼女の激烈な酷評によって血祭りになっています。
そのもっとも手酷い洗礼を受けたのがクーベリックであり、シカゴに客演したショルティもかなり痛い目に遭っています。ですから、ショルティがシカゴの音楽監督を依頼されたときには、このキャシディがすでに引退していることを確認してから受諾したという話も伝わっているほどです。当然のことながら小澤が初めてシカゴ響に客演した時にも彼女は小澤をこき下ろしています。

そんなキャシディが珍しくも擁護する側にまわったのがロジンスキーだったのです。
お互いにトラブル・メーカーとしてのシンパシーがあったのかもしれませんが、もう一人攻撃の矛先が鈍かったのがフリッツ・ライナーだと知れば、彼女のスタンスも見えてこようかというものです。そして、そのことは同時にロジンスキーという指揮者のスタンスも見えてくるのです。

おそらく、キャシディがロジンスキーやライナーを高く評価したのは、音楽の構造を精緻に分析する力と、その分析した音楽の形を現実のものにするためには一切の妥協を許さない姿勢だったはずです。

私がロジンスキーの録音をそれなりに意識してはじめて聞いたのはチャイコフスキーの交響曲でした。
その時に、「不思議」な演奏だと思いながら、トスカニーニでもないし、セルやライナーでもない、やはり「ロジンスキー」という男ならではの「熱い音楽」があると思ったものでした。
そして、この「熱さ」ゆえにでしょうか、ロジンスキーのことを「彼はウエストミンスターにかなりの数の録音を遺しており、ディテールやニュアンスにこだわるよりは、スピード感や色彩感を優先させつつ、いわゆる爆演系の指揮を行なったことがうかがわれる。」などと書かれたりするのでしょう。

確かに、チャイコフスキーの録音が「爆演系」とは思いませんが、「ディテールやニュアンスにこだわるよりは、スピード感や色彩感を優先」しているというのはその通りだと思いました。
しかし、何でもかんでも「スピード感や色彩感を優先」していたのでは、あのキャシディが擁護するはずはないのです。
その事は、ショルティが彼女を恐れたことからして容易に察せられます。(ショルティファンの人ごめんなさい)

そうではなくて、ロジンスキーは、その音楽に「スピード感や色彩感」が重要だと思えばその様に造形しますし、逆に「ディテールやニュアンス」が大切だと思えばその様に造形するのです。
ですからロジンスキーの録音を幅広く聞いていけば、彼が「爆演系の指揮者」などではないことは誰もがわかるはずです。もっとも、そういうレッテル張りは一昔前にはやった「B級クラシック」などのなせることです。そういう「目新しさ」を売りにした「批評」によって、シェルヘンやジルヴェストリなんかも同じようなレッテルを張られたものでした。

ロジンスキーが強く求めたのは大袈裟な身振りは一切排して、表現の振幅を可能な限り小さくし、その狭い振幅の中におさめられているディテールやニュアンスの多様さ描き切ることでした。
そして、こういうことを書くと「クラシック音楽はオーディオに金をつぎ込まないとわからないというのか」と突っ込まれそうなのですが、それでもやはり書いておきましょう

ロジンスキーの音楽はその微妙なディテールやニュアンスが正確に再生できるかどうかによって、その評価は大きく変わってしまうような気がするのです。もしも、再生装置にその力がなければ、そう言う細部がノッペリと塗りつぶされてしまいますから、スタイリッシュであってもどこかモノトーンのつまらない演奏と聞こえるでしょう。
逆に、その部分がきちんと再生できれば、とりわけ弱音部おける微妙な光と影の交錯のような物が聞き取れるならばそれは実に魅力的な音楽となります。そして、彼がそのような絶妙なバランスを求めたがために、ニューヨークでもシカゴでも楽員に対して苛烈なリハーサルを課したのかもわかろうかというものです。

ですから、こう書くと叱られそうなのですが、シカゴを追われた後に活動の拠点をヨーロッパに移し、さらにはウエストミンスターでの録音に臨んでは、アメリカ時代のような苛烈さは次第に後退していっているように聞こえます。
まあ、人間が丸くなったのか、もうこれ以上食い扶持を失うわけにはいかなかったのかはわかりませんが、それは否定できない事実のようです。

妄言多謝!!m(_ _)m

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