チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 作品36
コンスタンティン・シルヴェストリ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1957年2月15日&18日録音
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor Op.36 [1.Andante sostenuto - Moderato con anima]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor Op.36 [2.Andantino in modo di canzona]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor Op.36 [3.Scherzo (Pizzicato Ostinato). Allegro]
Tchaikovsky:Symphony No.4 in F minor Op.36 [4.Finale. Allegro con fuoco]
絶望と希望の間で揺れ動く切なさ
今さら言うまでもないことですが、チャイコフスキーの交響曲は基本的には私小説です。それ故に、彼の人生における最大のターニングポイントとも言うべき時期に作曲されたこの作品は大きな意味を持っています。
まず一つ目のターニングポイントは、フォン・メック夫人との出会いです。
もう一つは、アントニーナ・イヴァノヴナ・ミリュコーヴァなる女性との不幸きわまる結婚です。
両方ともあまりにも有名なエピソードですから詳しくはふれませんが、この二つの出来事はチャイコフスキーの人生における大きな転換点だったことは注意しておいていいでしょう。
そして、その様なごたごたの中で作曲されたのがこの第4番の交響曲です。(この時期に作曲されたもう一つの大作が「エフゲニー・オネーギン」です)
チャイコフスキーの特徴を一言で言えば、絶望と希望の間で揺れ動く切なさとでも言えましょうか。
この傾向は晩年になるにつれて色濃くなりますが、そのような特徴がはっきりとあらわれてくるのが、このターニングポイントの時期です。初期の作品がどちらかと言えば古典的な形式感を追求する方向が強かったのに対して、この転換点の時期を前後してスラブ的な憂愁が前面にでてくるようになります。そしてその変化が、印象の薄かった初期作品の限界をうち破って、チャイコフスキーらしい独自の世界を生み出していくことにつながります。
チャイコフスキーはいわゆる「五人組」に対して「西欧派」と呼ばれることがあって、両者は対立関係にあったように言われます。しかし、この転換点以降の作品を聞いてみれば、両者は驚くほど共通する点を持っていることに気づかされます。
例えば、第1楽章を特徴づける「運命の動機」は、明らかに合理主義だけでは解決できない、ロシアならではなの響きです。それ故に、これを「宿命の動機」と呼ぶ人もいます。西欧の「運命」は、ロシアでは「宿命」となるのです。
第2楽章のいびつな舞曲、いらだちと焦燥に満ちた第3楽章、そして終末楽章における馬鹿騒ぎ!!
これを同時期のブラームスの交響曲と比べてみれば、チャイコフスキーのたっている地点はブラームスよりは「五人組」の方に近いことは誰でも納得するでしょう。
それから、これはあまりふれられませんが、チャイコフスキーの作品にはロシアの社会状況も色濃く反映しているのではと私は思っています。
1861年の農奴解放令によって西欧化が進むかに思えたロシアは、その後一転して反動化していきます。解放された農奴が都市に流入して労働者へと変わっていく中で、社会主義運動が高まっていったのが反動化の引き金となったようです。
80年代はその様なロシア的不条理が前面に躍り出て、一部の進歩的知識人の幻想を木っ端微塵にうち砕いた時代です。
私がチャイコフスキーの作品から一貫して感じ取る「切なさ」は、その様なロシアと言う民族と国家の有り様を反映しているのではないでしょうか。
根っこにある「古さ」
シルヴェストリは、1957年1月のロンドンでのコンサートで大成功を収めてEMIと契約をかわすことになるのですが、おそらくは、これがその契約による最初セッション録音だったのではないかと推測されます。
57年2月15日から21日にかけての1週間ほどの間に以下の3曲がまとめて録音されています。
おそらく、このセッション録音は急遽決まったものだと思われますので、オケは、EMIにとって自由に使えるフィルハーモニア管です。
- 交響曲第4番 ヘ短調 作品36:フィルハーモニア管弦楽団 1957年2月15日&18日録音
- 交響曲第6番 ロ短調 作品74「悲愴」:フィルハーモニア管弦楽団 1957年2月19日&20日録音
- 交響曲第5番 ホ短調 作品64:フィルハーモニア管弦楽団 1957年2月21日&22日録音
同一作曲家の交響曲ならば同じ方向性で表現を揃えるのが普通だと思うのですが、シルヴェストリという人にはそう言う「普通さ」が不思議なまで欠落しています。
その事は、既に紹介しているドヴォルザークの交響曲でも顕著だったのですが、それと同じ事がこのチャイコフスキーにもあてはまります。
一番尖っているのが第4番です。
これこそは、絶対に一番最初に聞いてはいけない演奏です。
もし、何かの間違いでこれを一番最初に聴いて、この演奏でチャイコフスキーの4番が擦り込まれてしまうと、不幸以外の何ものでもありません。
聞けば誰でも分かると思うのですが、冒頭の「運命のテーマ」がへんてこです。
小節全体の長さは維持した上で、その小節の中で各音符の音価が多少伸び縮みしても不都合がないのの基本です。いや、不都合がないどころか、ウィンナーワルツの3拍子に代表されるように、音符の長さを機械的に維持して演奏したのでは音楽の魅力が上手く表現できないのが音楽というものです。
ちなみに、日本の古典的な音楽なんかでは小節自体の長さも自由に伸び縮みしても怪しまないのが普通です。
そう言う意味では、この「へんてこさ」は西洋音楽の基本までは踏み外していないのですが、それでも、この音価の伸び縮みは尋常ではありません。聞きなれた「運命のテーマ」が別物にに聞こえます。
ただし、このテーマは第1楽章全体を支配するのですが、このへんてこなままで全体がきちんと統一されています。それはそれで変態的に「凄い」です。
ただし、何故にこんな「変形」が必要だったのかは、最後まで全く理解できませんでした。
さらに言えば、終楽章の威圧的な入り方と畳み込むようなフィナーレの決め方はあざといと言えばあざといので、個人的にはあまり好きになれません。
そして、ドヴォルザークに続いてチャイコフスキーも聴いてみたことで何となく分かってきたことは、シルヴェストリという人の音楽は徹底的に主観的に基づいたな表現であり、さらに言えば、その主観はかなりのオールドファッションだと言うことです。
聞くところによると、彼はたいへんなレコード・コレクターであり、先行する演奏のほとんどを聞いていたということです。そして、それらの演奏を先行研究と位置づけて、自らの演奏ではそれらとは全く異なる表現を追い求めたと言うことです。そう言う意味では、彼なりに「新しい」ものを追い求めたのでしょうが、その「新しさ」の根っこに存在したのは彼の「古さ」だったような気がするのです。
この「運命のテーマ」の変形もそう言う古さの表れだと見なせば何となく納得は出来ます。
そして、57年に大きな成功を収めたのは、多くの聞き手にとって彼の「古さ」が「新しく」聞こえたからではないでしょうか。
まあ、もう少し聞き込んでみないと、彼の正体は見えては来ないでしょうが・・・。
よせられたコメント
2016-02-28:emanon
- ここでのシルヴェストリは、ウィーン・フィルを指揮したドヴォルザーク「第7」とは、まるで別人のように感じます。主題のデフォルメや自由なテンポの伸縮など、やりたい放題です。
問題なのは、そのような彼の解釈がやや恣意的に感じられてしまうことです。この曲を聴きこんだ人がたまたま聴く分には、「こんな解釈もあるんだ」とそれなりに楽しめるのかもしれません。しかし、この曲のスタンダードというには、ちょっとはばかられる演奏だと思います。
点数は6点です。それにしても、シルヴェストリというのは訳のわからない指揮者ですね。チャイコフスキーの「第5」「第6」はどのような演奏なのでしょうか?
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