R.シュトラウス:交響的幻想曲「イタリアより」 作品16
クレメンス・クラウス指揮 ウィーンフィル 1953年12月録音
Richard Strauss:Aus Italien, Op.16 [1.Auf der Campagna]
Richard Strauss:Aus Italien, Op.16 [2.In Roms Ruinen]
Richard Strauss:Aus Italien, Op.16 [3.Am Strande von Sorrent]
Richard Strauss:Aus Italien, Op.16 [4.Neapolitanisches Volksleben]
交響曲でもなければ交響詩でもない「交響的幻想曲」
リヒャルト・シュトラウスの初期作品だけに、こうしてパブリック・ドメインになっている音源があるだけで嬉しいですね。
この作品はタイトルが示すように、シュトラウスのイタリア旅行が契機となって作曲されたもので、とりわけローマとナポリにおける印象が強く反映しています。ただし、シュトラウス自身は「ローマやナポリの驚くべき自然の美しさを叙述したものではなく、そういうものを目の当たりにしたときの感情を扱っている」と述べています。
全体として4楽章構成で出来ていますから、雰囲気としてはベートーベンの「田園」のような標題交響曲という見方も出来るのですが、構成はそれほど緻密ではないので、「4つの部分のようなものでできている」と批判されたこともあるようです。
シュトラウスはこの作品よりも前に2曲の交響曲を書いているので、この作品もまたその延長線上にある作品と見ることも出来るのですが、見方を変えればそういう過去の路線に別れを告げて交響詩という標題音楽に舵を切るきっかけとなった作品と見ることも出来ます。そのあたりの逡巡が交響曲でもなければ交響詩でもない「交響的幻想曲」というタイトルになったのでしょう。
なお、シュトラウスは雑誌からの求めによって、各楽章に以下のような解説を寄せています。
第1楽章:「カンパーニャにて」
ティヴォリのエステ荘から灼熱の太陽の中に浮かび出ている広大なローマのカンパーニャを見たときに感じた気分を再現させた前奏曲」
第2楽章:「ローマの遺跡にて」
「消え失せた栄光の幻想的な影像、輝かしい現実のただなかでの悲哀と苦悩の表現」
第3楽章:「ソレントの海岸にて」
「風による葉のざわめき、鳥の歌と自然のあらゆる精巧な声、海の遠くの波音、それに加わったもの寂しい歌声」
第4楽章:「ナポリ人の生活」
「第1主題はナポリの有名な民謡。この狂気のようなオーケストラの騒々しさは、主題が陽気に入り乱れているなで、ナポリの華やかな雑踏を描く」
なお、シュトラウスがナポリの有名な民謡と思った「フニクリ・フヌクラ」は民謡ではなくて、当時のナポリの流行歌だったのはご愛嬌です。
ウィーンフィルとの相性の良さ
クラウスの棒によるシュトラウスは、ヨハンの方もリヒャルトの方も困ってしまうほど面白いと書いたのですが、調べてみると50年代にウィーンフィルとのコンビでまとまった録音を残しています。
ウィーン、ベルリン、ミュンヘンというドイツ語圏の三大歌劇場の音楽監督を歴任した人にしては残された録音が異常に少ないだけに、モノラルとはいえデッカレーベルでこれだけまとまった録音が残ったことは感謝すべきでしょう。
- 交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」 op.30 1950年6月12日&13日録音
- 交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」op.28 1950年6月16日録音
- 交響詩「ドン・ファン」 op.20 1950年6月16日録音
- 家庭交響曲 op.53 1951年9月録音
- 交響詩「英雄の生涯」 op.40 1952年9月録音
- 組曲「町人貴族」op.60 1952年9月録音
- 交響詩「ドン・キホーテ」 op.35 1953年6月録音
- 交響的幻想曲「イタリアより」 op.16 1953年12月録音
- 楽劇「サロメ」op.54 1954年3月録音
「ナチスの指揮者」というレッテルのために戦後はしばらく演奏活動が禁止されていましたから、戦後の音楽活動のほぼ全ての時期を網羅しています。戦後の録音はほぼ50年からスタートしていますし、54年の5月に演奏先のメキシコで急死したクラウスにとっては、その年の3月に録音された「サロメ」は結果として遺言のような録音になってしまいました。
それにしても、こうやってまとめて聞いてみると、クラウスとウィーンフィルとの相性の良さには感心させられます。
ウィーンフィルの美質と言えば、他では聞けない管楽器群の響きの美しさと、弦楽器群の臈長けた美しさ、そして何よりも他のオケでは絶対に聞くことの出来ない歌い回しの見事さあたりでしょうか。
そういえば、ヴァイオリンのソロが大きな役割を果たす「ツァラトゥストラはかく語りき」や「英雄の生涯」ではコンサート・マスターのボスコフスキーがつとめているのですが、そのとろっとした響きの美しさこそは「これぞウィーンフィル!」と思わせるものがあります。
それだけに、新しく再開されるウィーンの国立歌劇場の音楽監督に自分が指名されることを、彼は疑いもしていなかったのでしょう。
ところが、結果は、このような優美さと高貴さを讃えた指揮者ではなく、木訥な田舎もののベームがその地位を手に入れるのです。結局は、ベートーベンが指揮できないような指揮者がウィーンのシェフでは困ると言うことでしょうし、さらに言えば、何処まで行っても「ナチスの指揮者」という影が、新しく船出をするウィーンの国立歌劇場には相応しくないと判断されたのでしょうか。
それにしても、彼の師匠に当たるリヒャルト・シュトラウスの演奏は、どれもこれもウィーンフィルの美質を惜しげもなく振りまいていて、昨今のハイテクオケが聞かせてくれる音楽と較べれば、待ったくもって別の作品のように聞こえるほどです。そして、その「全く別の作品のように聞こえ」てしまうあたりが彼の音楽の様式的な古さを顕わにしていることも事実なのです。
しかし、物事を単純な進化論で切って捨てることが出来ないことも事実です。より新しく、より精緻に、より美しくと頑張ってきた果ての世界が、過去と較べて麗しくなっているとは言い切れないのも事実です。
ヘーゲルが語ったように歴史は決して「阿呆の画廊」ではありません。この50年の成果は素直に認めながらも、その「進化」の中で失ったものはないのかを見直すためには、時にはこういう「過去」に目を向けることも大切なのではないでしょうか。
<追記>
とは言え、こう書いた後で64年にセル&クリーブランド管が録音した「家庭交響曲」を聞くと、この後の時代が、何故にこのクラウスの路線を捨てざるを得なかったのかもよく理解できます。
クラウスのシュトラウスは、誤解を恐れずに言えば、交響詩の「お話」の側面を重視した、面白くて分かりやすい音楽です。しかし、同じシュトラウスの弟子筋でも、セルの方は交響詩の「音楽」の方を重視した音楽です。つまりは、交響詩を「音楽によるお話」と解するならば、その重点の掛かり方が正反対なのです。そして、セル以後の世代では、交響詩といえども演奏会用のプログラムである以上は、まずは「音楽」としての佇まいをまずは重視することになっていくのです。
そして、そういうスタンスでシュトラウスの音楽を再創造すれば、聞くものは皆その織り目の見事さにあらためて驚かされることになり、その見事さに気づいた人は、クラウスのスタイルに古さを感じてしまうのです。
しかし、歴史は繰り返します。
ひたすらスコアの織り目の緻密さにばかり目を奪われ、交響詩が持っているお話としての面白さが蔑ろにされるようになると、今度はクラウスのような音楽がたまらなく魅力的にうつるのです。そして、セルの演奏を聴くと、その二つがきわめて高いレベルで共存していることをまざまざと見せつけられて、この強面おのおじさんの凄さを再認識させられるのです。
<追記終わり>
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