モーツァルト:交響曲第35番「ハフナー」 K385
カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1963年録音
Mozart:Symphony No.35 in D major, K.385 "Haffner" [1.Allegro con spirito]
Mozart:Symphony No.35 in D major, K.385 "Haffner" [2.Andante]
Mozart:Symphony No.35 in D major, K.385 "Haffner" [3.Menuetto]
Mozart:Symphony No.35 in D major, K.385 "Haffner" [4.Presto]
悩ましい問題の多い作品です。
一般的に後期六大交響曲と言われる作品の中で、一番問題が多いのがこの35番「ハフナー」です。
よく知られているように、この作品はザルツブルグの元市長の息子であり、モーツァルト自身にとっても幼なじみであったジークムント・ハフナーが貴族に列せられるに際して注文を受けたことが作曲のきっかけとなっています。
ただし、ウィーンにおいて「後宮からの誘拐」の改訂作業に没頭していた時期であり、また爵位授与式までの日数もあまりなかったこともあり、モーツァルトといえどもかなり厳しい仕事ではあったようです。そして、モーツァルトは一つの楽章が完成する度に馬車でザルツブルグに送ったようですが、かんじんの授与式にはどうやら間に合わなかったようです。(授与式は7月29日だが、最後の発送は8月6日となっている)
それでも、最終楽章が到着するとザルツブルグにおいて初演が行われたようで、作品は好評を持って迎えられました。
さて問題はここからです。
よく知られているように、ハフナー家に納品(?)した作品は純粋な交響曲ではなく7楽章+行進曲からなる祝典音楽でした。その事を持って、この作品を「ハフナーセレナード」と呼ぶこともあります。しかし、モーツァルト自身はこの作品を「シンフォニー」と呼んでいますから、祝典用の特殊な交響曲ととらえた方が実態に近いのかもしれません。実際、初演後日をおかずして、この中から3楽章を選んで交響曲として演奏された形跡があります。
そして、このあとウィーンでの演奏会において交響曲を用意する必要が生じ、そのためにこの作品を再利用したことが問題をややこしくしました。
馬車でザルツブルグに送り届けた楽譜を、今度は馬車でウィーンに送り返してもらうことになります。しかし、楽譜は既にハフナー家に納められているので、レオポルドはそれを取り戻してくるのにかなりの苦労をしたようです。さらに、7楽章の中から交響曲に必要な4楽章を選択したのはどうやら父であるレオポルドのようです。
こうしてレオポルドのチョイスによる4楽章で交響曲として仕立て直しを行ってウィーンでのコンサートで演奏されました。ところが、後になって楽器編成にフルートとクラリネットを追加された形での注文が入ったようで、時期は不明ですがさらなる改訂が行われ、これが現在のハフナー交響曲の最終の形となっています。
つまりこの作品は一つの素材を元にして4通りの形(7楽章+行進曲・3楽章の交響曲・4楽章の交響曲・フルート・クラリネットが追加された4楽章の交響曲)を持っているわけす。
一昔前なら、最後の形式で演奏することに何の躊躇もなかったでしょうが、古楽器ムーブメントの中で、このような問題はきわめてデリケートな問題となってきています。とりわけ、フルートとクラリネットを含まない方に「この曲にぼくは全く興奮させられました。それでぼくは、これについてなんら言う言葉も知りません。」と言うコメントをモーツァルト自身が残しているのに対して、フルートとクラリネットありの方には何のコメントも残っていないことがこの問題をさらにデリケートにしています。
やはり今後はフルートとクラリネットを入れることにはためらいが出てくるかもしれません。
古き良きドイツのロマンティックなモーツァルト
最初の音が出てきた瞬間「野太い!!」と思って、いささか違和感を感じてしまうのはどうして?
もしかしたら、口ではピリオド演奏は否定しながらも、いつの間にかその響きに影響を受けてしまっているのでしょうか?
とはいえ、低域部をしっかりと鳴らし切ったどっしりとした響きは、例えばワルター最晩年のステレオ録音と較べてもかなりの重量級です。あのワルターのモーツァルトは、オケの響きは確かに低声部のしっかりとした響き基本としたピラミッド型の響きが特徴なのですが、全体としては内部の見通しが良くて、意外なほどにシャープな演奏に仕上がっています。それに対して、このカイルベルトの演奏は響きはどっしり、造形はごっついと言うことで、なんだかモーツァルトの優美さよりはベートーベンの剛毅さに近いような気がしてしまいます。
おそらく、こうなってしまう背景にオケのDNAみたいなものがあるのでしょう。
バンベルク交響楽団というのは、第2次世界大戦の敗北によってチェコから追放されたドイツ人によって結成されたオケです。
この「ドイツ人追放」は日本ではあまり知られていない事実です。
日本人が敗戦によって大陸から引き揚げたのは植民地支配の延長線上に起こった出来事です。しかし、この「ドイツ人追放」というのは父祖伝来の土地であったにもかかわらず、民族としてドイツ人というだけで追放されたのですから、かなり悲劇的な出来事だったようです。
追放した側にもそれなりの理由はあったのでしょうが、結果として1000万人を超えるドイツ人が生まれ育った地から追放され、その追放の途上で少なく見積もっても210万人が亡くなったとされています。
バンベルク交響楽団のメンバーはその様な過去を背負っていますから、どうしても「ドイツ」と言うことを意識せざるを得なかったのでしょう。結果として、ドイツ国内のどのオケよりもドイツらしいオケになったようです。
もちろん、「ドイツ的」という言葉の曖昧さや安易さはよく分かっています。「ドイツ的」とか「ウィーン風」とか、はたまた「アメリカナイズ」などという言葉で分かったような気になる安易さは警戒しなければなりません。しかし、ドイツのオケには、とりわけコスモポリタン化する以前のドイツのオケには、確かに他の国のオケにはない特徴があったことも事実です。
そして、その特徴を言葉だけで表現するのに困難を覚えたときに、取りあえずこれを聞いてくれと言って提示したくなるのが「カイルベルト&バンベルク交響楽団」がたたき出す響きと造形です。
ちなみに、このコンビでモーツァルトの後期交響曲を以下のように録音しています。
- 交響曲第35番「ハフナー」 K385 : カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1963年録音
- 交響曲第36番 ハ長調 「リンツ」 K386 : カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1963年録音
- 交響曲第38番 ニ長調 K.504 「プラハ」 : カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1955年録音
- 交響曲第39番 変ホ長調 K.543 : カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1955年録音
- 交響曲第40番 ト短調 K.550 : カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音
- 交響曲第41番 ハ長調 "Jupiter" K.551 : カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音
さらにこのコンビの最大の美点は管楽器の伸びやかな美しさです。その美点はこの交響曲の中でも十分に感じ取れますが、それ以上に堪能できるのがセレナードやディヴェルティメントです。曲のあちこちで管楽器が実に楽しげに飛び跳ねます。特に、「ディヴェルティメント第2番」などは出色です。
交響曲では少し重いかなと(かなり重い・・・?^^;)と思ったのですが、この飛び跳ねる管楽器とそれを支える弦楽器の絡み合いは、これぞ古き良きドイツのロマンティックなモーツァルトだと納得させられます。
- セレナード第6番 ニ長調 K.239「セレナータ・ノットゥルナ」 : カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音
- セレナード(ノットゥルノ)第8番 ニ長調 K.286(269a) : カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音
- セレナード第13番 ト長調 K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」 : カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音
- ディヴェルティメント第2番 ニ長調 K.131 : カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1959年録音
よせられたコメント
2015-08-15:Joshua
- 今年のはじめごろ、レコ芸で紹介されていたカイルベルトのMozart。ここまで聴かせていただいて、このハフナーがジュピターと並んで好きになりました。どこかギュンターヴァントの演奏を思い浮かべてしまいますが、演奏した年頃は相当両者において異なるので、単純に比較出来ません。実直だが色気はなし。それが晩年のヴァントなら慈愛につながったようです。バンベルクの結成エピソードは勉強になりました。歴史は実に複雑なものです。ズデーテン地方はチェコ人が逆に追放されたらしいですが、Nicholas Wintonが英国のシンドラーと呼ばれたものです。阿部さんがああやって謝罪し、黙して語らない日本人高齢者もいる。70年は戦争で兵隊だった人たちが、鬼籍に入る手前の時間であり、同じ時代に生きる者は老若問わず、傾聴すべき人たちですね。
2015-08-19:ジェネシス
- この演奏を聴いて、シューリヒトがパリ.オペラ座管とウィーンフィルを野放しで録れた盤を思い出してしまいました。あれをちゃんと揃えて演ると、こんな感じになるかなと。いえ、もちろん一人善がりで賛意少なく反論多いのは解っています。このコンビというと直ぐドイツ的、ヒドイのになると田舎っぽいなどと言われてきました。でも同時期のベルリン.フィルを振ったベームの全集の方が余程ゴツゴツしてなかったでしょうか。
おっしゃる様な管楽器の軽やかさはベルリンの役者たちには聴かれないし(すでに居た筈です、コッホとかザイフェルトとか)もっともゴツゴツがベームの持ち味かも知れません、カイルベルトよりも。
この時期のバンベルク響ってコンマスの浦川宣也とか読響に居たオットー.ヴィンターとか在籍していたかも。いずれにしても悪くないどころか一級品(今も)です。
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