モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 「ジュピター」K.551
セル指揮 クリーブランド管弦楽団 1963年10月11&24日録音
Mozart:Symphony No.41 in C major K.551 "Jupiter" [1st movement]
Mozart:Symphony No.41 in C major K.551 "Jupiter" [2nd movement]
Mozart:Symphony No.41 in C major K.551 "Jupiter" [3rd movement]
Mozart:Symphony No.41 in C major K.551 "Jupiter" [4th movement]
これもまた、交響曲史上の奇跡でしょうか。
モーツァルトはお金に困っていました。1778年のモーツァルトは、どうしようもないほどお金に困っていました。
1788年という年はモーツァルトにとっては「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」を完成させた年ですから、作曲家としての活動がピークにあった時期だと言えます。ところが生活はそれとは裏腹に困窮の極みにありました。
原因はコンスタンツェの病気治療のためとか、彼女の浪費のためとかいろいろ言われていますが、どうもモーツァルト自身のギャンブル狂いが一番大きな原因だったとという説も最近は有力です。
そして、この困窮の中でモーツァルトはフリーメーソンの仲間であり裕福な商人であったブーホベルクに何度も借金の手紙を書いています。
余談ですが、モーツァルトは亡くなる年までにおよそ20回ほども無心の手紙を送っていて、ブーホベルクが工面した金額は総計で1500フローリン程度になります。当時は1000フローリンで一年間を裕福に暮らせましたから結構な金額です。さらに余談になりますが、このお金はモーツァルトの死後に再婚をして裕福になった妻のコンスタンツェが全額返済をしています。コンスタンツェを悪妻といったのではあまりにも可哀想です。
そして、真偽に関しては諸説がありますが、この困窮からの一発大逆転の脱出をねらって予約演奏会を計画し、そのための作品として驚くべき短期間で3つの交響曲を書き上げたと言われています。
それが、いわゆる、後期三大交響曲と呼ばれる39番?41番の3作品です。
完成された日付を調べると、39番が6月26日、40番が7月25日、そして41番「ジュピター」が8月10日となっています。つまり、わずか2ヶ月の間にモーツァルトは3つの交響曲を書き上げたことになります。
これをもって音楽史上の奇跡と呼ぶ人もいますが、それ以上に信じがたい事は、スタイルも異なれば性格も異なるこの3つの交響曲がそれぞれに驚くほど完成度が高いと言うことです。
39番の明るく明晰で流麗な音楽は他に変わるものはありませんし、40番の「疾走する哀しみ」も唯一無二のものです。そして最も驚くべき事は、この41番「ジュピター」の精緻さと壮大さの結合した構築物の巨大さです。
40番という傑作を完成させたあと、そのわずか2週間後にこのジュピターを完成させたなど、とても人間のなし得る業とは思えません。とりわけ最終楽章の複雑で精緻きわまるような音楽は考え出すととてつもなく時間がかかっても不思議ではありません。
モーツァルトという人はある作品に没頭していると、それとはまったく関係ない楽想が鼻歌のように溢れてきたといわれています。おそらくは、39番や40番に取り組んでいるときに41番の骨組みは鼻歌混じりに(!)完成をしていたのでしょう。
我々凡人には想像もできないようなことではありますが。
改めてセルというのは凄い指揮者だった
改めてセルというのは凄い指揮者だったんだと思います。
初めてセルと出会ったのは、クラシック音楽なんぞというものを聞き始めた30年以上も前の頃です。残念ながら、既にセルは鬼籍に入っており、彼を生で聞いた連中からは、「セルの凄さはレコードでは分からない」などと言われて悔しい思いをしたものでした。
しかし、それならばと、セルをよりよく聞くための再生システムに磨きをかけることにそれなりのお金と膨大な情熱をつぎ込んできました。
今となっては、昔と違ってセル、セルと言うことはなくなり、セルを聞くためのシステムは当然のことながら音楽を聴くためのシステムへと普遍性を持つように変化していきました。
しかし、再生システムにそれなりの磨きがかかるたびに、その磨き具合を確かめるためにエロイカの57年盤を聞くのは一種の儀式となっていました。
昨年は再生システムを「lightmpd」に変更し、クロックジェネレーターを追加し、さらには電源まわりの強化をはかった1年でした。
年が明けて、そんな再生システムで新しくパブリックドメインとなったセルの録音を聞き直してみて、改めてセルというのは凄い指揮者だったんだと思いました。
セルはオーケストラのメンバーが常に他のメンバーの音を聞きあうことを要求しました。それは、特定のスタープレーヤーが突出した響きを聞かせることにはなんの価値も見いだしていなかったからです。
セルが求めたのは響きが完璧に均質化されたオーケストラでした。
それは、一見すると個々のプレーヤーが100点満点の精一杯の演奏をするのではなくて、少しレベルを落としてもいいので全体にバランスを大切にしたように聞こえます。
しかし、現在の再生システムでセルの演奏を聴くと、セルが求めたのはそんな生易しいものでないことが手に取るように分かります。
疑いもなく、個々の楽器は完璧に鳴りきっています。
まさにフルスイングしています。金管楽器だって力の限り吹いています。
誰一人として、まわりの様子を窺いながら「当てに」行っているような雰囲気は微塵も感じません。
それでいながら、オケ全体は極めて高い透明性を保持しています。
90年代以降、オケの性能はめざましく向上しました。一聴すると、合奏精度という点で、この時代のセル&クリーブランド管をしのいでいるオケはいくつもあります。
しかし、そう言う演奏を然るべきシステムで再生してみると、明らかに個々のプレーヤーが「当てに」行っていることが分かります。目につく表面だけを綺麗にヤスリがけをして整えているだけです。
明らかにスピードを落としてこぎれいにコーナーをかわしていく姿が見て取れます。
そこには、フルスピードでコーナーに突っ込んでいく勇気も気迫もありません。
それに対して、セルの率いるクリーブランド管はどんなときでもフルスピードでコーナーに突っ込んでいきます。
そして、時には危ういラインで何とかクリアしているような場面も珍しくありません。しかし見るものの心を熱くする走りは決して小綺麗な走りではなく、そのような勇気と気迫あふれた走りの方です。
このジュピターの最終楽章には、そんなセルとクリーブランド管の最高の一瞬が刻み込まれています。
よせられたコメント
2015-01-18:ヨシ様
- ジョージ・セルのモーツァルト。正に絶品です。精緻でありながらモーツァルトの音楽の楽しさ、面白さを感じさせてくれる優れた演奏です。ジョージ・セルのモーツァルトは日本公演の40番も永遠に忘れられない演奏ですね。
2015-01-18:nakamoto
- 凄すぎます。モーツァルトを崇拝していたシュトラウスが、41番の第4楽章にぞっこんだったという話を聞いていまして、私は、その意味が、他のモーツアルトとの優越性が理解できてなかったのです。しかし、セル・クリーヴランドによってのみ達成できる、構成力という言葉では全然足らない、シュトラウスがぞっこんだった第4楽章が、私の中で実現しました。この録音を聴いていると、モーツァルトの凄さが、更に理解できてきました。ちょっとしたショックでした。人生的にも。ついでにカラヤンが尊敬していた、セル のことも理解できました。カラヤンがセルに劣るという事ではなしに、でもカラヤンの手の届かない物が、セルにはあるという事を理解できました。
2015-01-22:mypizda
- 子供の時、家に会ったモーツアルトが、セルの40番と41番でした。
とても懐かしく、昔刷り込まれた音を久しぶりに聞き直すことができました。
ありがとうございました。
2015-02-02:原 響平
- セルの数ある録音の中でも、最も優れた演奏の一つ。特に最終楽章の金管とティンパニーの処理は、玄人を唸らせるほどの出来栄え。セルの演奏の特徴の一つである、ホルンを際立たせる技は、この演奏でも十分に生きていて、聴いていて気持ちが良い。ただでさえ演奏するのが難しいホルンを、よくもここまで完成度を極めた音色で、しかも強奏させる技術は、当時のセルとクリーブランド管が蜜月であった証拠。多分、リハサールを繰り返す事で、ミスを極力排除しているが、ここまで完成度の高い演奏は、巨匠のなせる技で神業に近い。さて、この曲の他の演奏で、素晴らしい録音は、ブルーノ・ワルター指揮コロンビア響の演奏と、カラヤン指揮ベルリン・フィル(1970年録音)の演奏がベスト3。特に、ワルターの演奏は、重厚さと緻密さを兼ね備えていて永遠の名盤。
2015-02-15:セル好き
- モーツァルトの後期交響曲はセル/クリーブランドがスーパーリファレンスですが、41番は、ワルター/NYP('56年)も最高ですね。
2021-02-13:コタロー
- クラシック音楽の場合、音源の状態によって音楽の印象がまったく変わってしまうことがあるのでこわいですね。私が所持しているセルの「ジュピター」は80年代のCDですが、全体に音質が固く、不自然なほどに金管楽器が前面に出て聴きづらい代物でした。
ところが、ここにアップされている音源は、音のバランスが良く、まったく別物のようです。これなら掛け値なしの名演ですね。
セルを機械的な指揮者などと誤解している人は、たまたま良くない音源で聴いていたのかもしれませんね。
2022-12-05:藤原正樹
- 星がうまく表示できませんでした。本当は9点半。名演。フガートに入ってから金管を響かせながらの堂々たる進み方。過不足なしというのはこういうのをいうのでしょう。ユングさんのHPに接しての一番の収穫はセルを知ったことだと思うくらいです。エロイカ、第九、V字、ハフナー、そしてこのジュピター。
2024-04-28:大串富史
- あのその、モーツァルトに、そしてなによりセルとクリーブランド管の面々に、そして管理人様への感謝も忘れずに。
#モーツァルトは流さない(まて)という重い腰を上げることができたことを、セルとクリーブランド管に感謝です。この演奏はほどよい刺激に満ちていて、クラシック音楽初心者の中国人の日本語学習者の皆さんへの受けもよさげかと推断します。
でセルで逆引きして、ベト7をどうしようか、クレンペラーじゃさすがに最後まで聴いてもらえないかもと思いつつ、いずれにしても不滅の恋人(中国語版)の観賞はやっぱりやめておこう怖そうだし(違)、じゃあシューベルトの未完成かーと思いつつ、全曲聴き直して、やっぱり怖い音楽って言われちゃうだろうなーでしぶしぶ却下でした… うーん…
それで改めて思うのは、クラシック音楽というのはやっぱり芸術で、芸術というものは爆発であって、その発破を(仕)掛ける芸術家というのは、どうやら常人ではないという… 聴き巡りでとうとうモーツァルトまで来て、これまでつまらない音楽(まてまて)を書いてきたと思い込んでいたバッハ以後のこの時代の作曲家の面々が、なんだかだんだん怖くなってきた今日この頃です…
そういう意味でこちらのサイトは、そこかしこで爆発が生じているような気もします。バックグラウンドミュージックとしての小さな爆発であれ、常人であることを捨てて自らも木っ端みじんみたいな爆発であれ、そうしたクラシック音楽の全貌を伝えるこちらのサイトの価値は計り知れなく思います。いつもながら、感謝とエールとをお送りしつつ。
2024-05-21:迷える野暮天
- ユング氏はじめ皆さんから絶賛されている録音ですので、なかなか共感できない自分がおかしいのかとここにアップされて以来何度も聴いているのですが、いつも途中でやめたくなります。
セルの特徴の一つである音価を短めに切り詰めたまるで突き放すかのような奏法、場違いのように突出したトランペットなど上手い(美しい)とは言い難い管楽器群、いつもは追いかけることが楽しくなるモーツァルトの複雑かつ精緻な各声部の進行もばらばらに聞こえてしまう等々。聴力の衰えか、感性の劣化か、それともシステムがショボいのか。
因みに私が好きなのはモーツァルトの面白さを教えてくれた60年代のベーム&BPO盤、知性と気品を感じさせる80年代のクーベリック盤です。
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