クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:交響曲第5番 ハ短調 「運命」 作品67

クリップス指揮 ロンドン交響楽団 1961年1月録音



Beethoven:Symphony No5 in C minor Op.67 [1st movement]

Beethoven:Symphony No5 in C minor Op.67 [2nd movement]

Beethoven:Symphony No5 in C minor Op.67 [3rd movement]

Beethoven:Symphony No5 in C minor Op.67 [4th movement]


極限まで無駄をそぎ落とした音楽

今更何も言う必要がないほどの有名な作品です。
クラシック音楽に何の興味がない人でも、この作品の冒頭を知らない人はないでしょう。

交響曲と言えば「運命」、クラシック音楽と言えば「運命」です。

この作品は第3番の交響曲「エロイカ」が完成したすぐあとに着手されています。スケッチにまでさかのぼるとエロイカの創作時期とも重なると言われます。(1803年にこの作品のスケッチと思われる物があるそうです。ちなみにエロイカは1803?4年にかけて創作されています。)

しかし、ベートーベンはこの作品の創作を一時的に中断をして第4番の交響曲を作曲しています。これには、とある伯爵未亡人との恋愛が関係していると言われています。
そして幸か不幸か、この恋愛が破局に向かう中でベートーベンはこの運命の創作活動に舞い戻ってきます。

そういう意味では、本格的に創作活動に着手されたのは1807年で、完成はその翌年ですが、全体を見渡してみると完成までにかなりの年月を要した作品だと言えます。そして、ベートーベンは決して筆の早い人ではなかったのですが、これほどまでに時間を要した作品は数えるほどです。

その理由は、この作品の特徴となっている緊密きわまる構成とその無駄のなさにあります。
エロイカと比べてみるとその違いは歴然としています。もっとも、その整理しきれない部分が渾然として存在しているところにエロイカの魅力があるのですが、運命の魅力は極限にまで整理され尽くしたところにあると言えます。
それだけに、創作には多大な苦労と時間を要したのでしょう。

それ以後の時代を眺めてみても、これほどまでに無駄の少ない作品は新ウィーン楽派と言われたベルクやウェーベルンが登場するまではちょっと思い当たりません。(多少方向性は異なるでしょうが、・・・だいぶ違うかな?)

それから、それまでの交響曲と比べると楽器が増やされている点も重要です。
その増やされた楽器は第4楽章で一気に登場して、音色においても音量においても今までにない幅の広がりをもたらして、絶大な効果をあげています。
これもまたこの作品が広く愛される一因ともなっています。

ウィーンへの意趣返し


クリップスのベートーベンはこの時代の巨匠たちのような強烈な個性は全くありません。始めから終わりまで、至って自然体で、楽譜をそのまま音にしただけのような演奏に聞こえます。しかし、何も考えずに楽譜を音にしただけではこのような自然体で音楽は実現できません。ここには、音楽をあるがままの自然体で構築しようという強い意志が貫徹しています。


クリップスはウィーン生まれの指揮者であり、ワインガルトナーの弟子と言うことになれば、これはもうドイツ・オーストリア系の正当派指揮者というイメージが浮かび上がります。
しかし、ヨーロッパでの評価はあまり高くありません。
特に、ルーペルト・シェトレの「舞台裏の神々 指揮者と楽員の楽屋話」に紹介されているエピソードなどを見る限りでは、随分とオケ(ウィーンフィル)のメンバーからいじめられたようです。特に、絶対音感がないというコンプレックスを標的にした嫌がらせは、読んでいてあまり気持ちの良いものではありません。

考えてみれば、これは不思議なことです。
何故ならば、ナチスによって迫害された経歴を持ちながら、そのナチスとの関係で苦境に立たされたウィーンの歌劇場に救いの手をさしのべたのがクリップスだったからです。
ところが、困った時に差し伸べてくれた手は有り難く握りしめても、一息つければそんな手にすがった己の過去を「恥」と考えて、今度はそう言う「恥」を覆い隠すために悪し様に扱って追い出してしまったのです。
もちろん、考えようによってはそれが「都市」というものの本性であり、まさにそのような振る舞いこそがウィーンという街なのでしょう。

しかし、最近のネット事情を見てみると、日本の、それもどちらかといえば専門家筋のあたりからクリップス再評価の動きがあるようです。特に、61年の1月に集中的にスタジオ録音されたベートーベンの交響曲全集の評価が意外なほど高いのです。
なおこの録音はデッカやEMIのような老舗レーベルではなくEVERESTという新興レーベルによって企画されました。

EVERESTは1950年代後半に35ミリ磁気テープを用いた録音で驚異的な音の良さを実現したことで知られているのですが、こういう手堅い指揮者を登用することで、演奏の方にも十分な気配りをしていたあたりは偉いものです。

クリップスのベートーベンはこの時代の巨匠たちのような、聞けばすぐに誰の演奏かが分かるような強烈な個性は全くありません。
始めから終わりまで、至って自然体で、楽譜をそのまま音にしただけのような演奏に聞こえます。しかし、これは注意が必要なことなのですが、何も考えずに楽譜を音にしただけの演奏だと、このような自然体で音楽が気持ちよく流れていくことはありません。
音楽をあるがままの自然体で流そうと思えば、そうなるような意志が貫徹していなければいけませんし、そのような意志が希薄になるととたんに音楽は不自然なものになってしまうのです。

そう言う意味では、この演奏をウィーン風の典雅で滋味あふれるベートーベンだと書いている人もいるのですが、私にはどちらかというアメリカ的な、それもセルのような方向性が感じ取れるのです。
ただし、ここにはセル&クリーブランド管のような「凄み」はありませんから、聞く方にしてみればもう少し気楽構えて聞いていられます。

深読みかもしれませんが、なんだかこの録音は、クリップスなりのウィーンへの意趣返しのような気がします。

よせられたコメント

【リスニングルームの更新履歴】

【最近の更新(10件)】



[2025-07-24]

コダーイ: ガランタ舞曲(Zoltan Kodaly:Dances of Galanta)
ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1962年12月9日録音(Eugene Ormandy:Philadelphis Orchestra Recorded on December 9, 1962)

[2025-07-22]

エルガー:行進曲「威風堂々」第2番(Elgar:Pomp And Circumstance Marches, Op. 39 [No. 2 in A Minor])
サー・ジョン・バルビローリ指揮 ニュー・フィルハーモニア管弦楽団 1966年7月14日~16日録音(Sir John Barbirolli:New Philharmonia Orchestra Recorded on July 14-16, 1966)

[2025-07-20]

ショパン:ポロネーズ第6番 変イ長調, Op.53「英雄」(管弦楽編曲)(Chopin:Polonaize in A flat major "Heroique", Op.53)
ルネ・レイボヴィッツ指揮 ロンドン新交響楽団 1961年録音(Rene Leibowitz:New Symphony Orchestra Of London Recorded 1961)

[2025-07-18]

バッハ:トッカータとフーガ ニ短調 BWV.565(Bach:Toccata and Fugue in D Minor, BWV 565)
(Organ)マリー=クレール・アラン:1959年11月2日~4日録音(Marie-Claire Alain:Recorded November 2-4, 1959)

[2025-07-16]

ワーグナー:ローエングリン第3幕への前奏曲(Wagner:Lohengrin Act3 Prelude)
ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1959年12月30日録音(Eugene Ormandy:Philadelphis Orchestra Recorded on December 30, 1959)

[2025-07-15]

ワーグナー:「タンホイザー」序曲(Wagner:Tannhauser Overture)
ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1964年12月7日録音(Eugene Ormandy:Philadelphis Orchestra Recorded on December 7, 1964)

[2025-07-11]

ベートーベン:交響曲第6番 ヘ長調 作品68 「田園」(Beethoven:Symphony No.6 in F major, Op.68 "Pastoral")
ヨーゼフ・カイルベルト指揮 バンベルク交響楽団 1960年録音(Joseph Keilberth:Bamberg Symphony Recorded on 1960)

[2025-07-09]

エルガー:行進曲「威風堂々」第1番(Elgar:Pomp And Circumstance Marches, Op. 39 [No. 1 In D Major])
サー・ジョン・バルビローリ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1962年8月28日~29日録音(Sir John Barbirolli:Philharmonia Orchestra Recorded on August 28-29, 1962)

[2025-07-07]

バッハ:幻想曲とフーガ ハ短調 BWV.537(J.S.Bach:Fantasia and Fugue in C minor, BWV 537)
(organ)マリー=クレール・アラン:1961年12月10日~12日録音(Marie-Claire Alain:Recorded December 10-12, 1961)

[2025-07-04]

メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調, Op.64(Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64)
(Vn)ヨーゼフ・シゲティ:トーマス・ビーチャム指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1933年録音(Joseph Szigeti:(Con)Sir Thomas Beecham London Philharmonic Orchestra Recoreded on 1933)

?>