マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調
シェルヘン指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1953年7月録音
Mahler:交響曲第5番 嬰ハ短調 「第1楽章」
Mahler:交響曲第5番 嬰ハ短調 「第2楽章」
Mahler:交響曲第5番 嬰ハ短調 「第3楽章」
Mahler:交響曲第5番 嬰ハ短調 「第4楽章」
Mahler:交響曲第5番 嬰ハ短調 「第5楽章」
純粋な音楽形式が支配している
これはマーラーの使徒の筆頭格であるワルターの言葉です。
「マーラーの最初の4つの交響曲には、意想、想像、感情が浸透しているが、第5から第7までの交響曲には純粋な音楽形式支配している」
確かに、外見的にも声楽が排除されていますし、楽曲の構造でも伝統的な4楽章形式に回帰しています。この第5番も5楽章にはなっていますが、よく言われるように第1楽章は序章的な扱いであり、第2楽章から第5楽章までが割合にきちんとした伝統的な構造を持っています。
第2楽章:ソナタ形式 嬰ハ短調
第3楽章:スケルツォ イ短調
第4楽章:アダージェット ヘ長調
第5楽章:ロンド・フィナーレ(ロンド形式のようでロンドでない・・・?) ニ長調
ただし、各楽章の調性を見ると、なんの統一性もないというか、希薄というか、そのあたりがやはりマーラー的であることは確かです。
「第5番 嬰ハ短調」と書いてみても、決して「嬰ハ短調」というのが作品全体のトーンを決める調性でないことは明らかですから、このような伝統的な書き方にはあまり意味がないといえます。それでも、前期の作品群と比べると、出来る限り強固な形式感を作品に与えることで、拡散するよりは凝縮的な表現を模索していることは事実です。
それから、どうでもいいことですが、この作品を仕上げる過程でアルマとの結婚を言う大きな出来事がありました。そして、新妻アルマはこの作品がお気に召さなかったというのは有名な話です。彼女にとって、新進気鋭の作曲家であるマーラーにとって、この作品はあまりにも伝統的なものとうつったようです。そんなエピソードからも、この作品の占めるポジションが透けて見えてくるようです。
また、マーラー作品の中で5番のアダージェットだけは有名でした。
ビスコンティの「ヴェニスで死す」で取り上げられたからです。
そんなわけで、マーラーの音楽など誰も聞いたことがないような時代でも、この第4楽章だけは有名でした。
70年代から80年代に入って日本でも頻繁にマーラーが取り上げられるようになるのですが、その頃に、コンサートで第5番をとりあげて第4楽章にくると、「見知らぬ町で突然昔なじみに出会ったような、変な居心地の悪さを感じる」といった人がいました。
ユング君がクラシック音楽を聴き始めたときはまさに「マーラーブーム」に突入していく頃でしたから、マーラーはベートーベンやブラームスと並ぶ定番メニューになりつつありました。ですから、そう言う感じは実感的には分かりにくいのですが、いかにマーラーの音楽が長きにわたって受け入れられなかったかという裏返しの表現だともいえます。
それから、ユング君がコンサートではじめてマーラーを聴いたのがこの第5番でした。
忘れもしない、大阪はフェスティバルホールでのテンシュテットの初来日公演でした。歴史的ともいえるあのコンサートがマーラーの初体験だったとは我ながら凄いと思います。
あの時はテンシュテットに心底感心して、おかげですっかり彼の追っかけになったのですが、おかげであれ以後どんなマーラー演奏を聞いても満足できなくなってしまうと言う「不幸」も背負い込みました。(^^;
当然の事ながら第4楽章にさしかかってもユング君の世代だとそう言う居心地の悪さを感じることもなく、それどころか、あの有名なアダージェットでは、テンションの高さを保ったままのピアニシモの凄さを初めて教えてもらいました。
あれ以後、そのようなピアニシモの凄さを感じたのは、バーンスタインとイスラエルフィルによるマーラーの第9番の最終楽章ぐらいでしょうか。
マーラーと言えばその表現の巨大さばかりが言われますが、本当の凄さはテンシュテットやバーンスタインが聞かせてくれたピアニシモの凄さにこそあるのかもしれないと思う今日この頃です。(^^)
一つの作品が2つに分裂したような不思議な演奏
シェルヘンという人は不思議な人です。
彼が晩年に残したマラ5のライブ録音はとんでもない「改訂版」でした。たとえば、1965年のフランス国立放送管弦楽団とのライブ録音では第3楽章がわずか6分足らずで終了しているという凄まじさです。もちろん、普通に演奏すれば18分程度は必要な楽章ですからいくら速めのテンポを取ったとしても実現可能なタイムではありません。つまりは、800小節はあるこの楽章の約半分程度をカットして、さらにはかなり早めのテンポで演奏することであのタイムをたたき出したのです。
さらに、最終楽章においても200小節程度のカットをほどこしていて、結果としてこの上もなくスッキリしてしまっていて、ほとんど別物とも言うべきマーラーに仕上がっていています。
しかしながら、この1953年の録音では、私の聞く限りでは一切のカットは施されていないように思います。(スコアを見ながら確認したわけではありませんが・・・って、恥ずかしながらマーラーのスコアを最後まで迷子にならずにたどれるだけの集中力は最近なくなっています^^;)
しかし、聞き始めると、極めて速いテンポでマーラーの細かい指示などは一切無視をして、自分なりの音楽に好き勝手に仕上げていることはすぐに気づきます。第1楽章もそうですが、とりわけ第2楽章は普通に聞き慣れた演奏と比べればかなり個性的で、かつ刺激的です。その指示について行くオケも大変だったと思うのですが、さすがはウィーンのメンバーで固めているせいか、ギリギリのところで崩壊を免れているような風情があります。
確かに、一番最初に聞く録音でないことは確かですが、この何とも言えない白昼の狂気のような音楽は聞くものにとってはこの上もなく刺激です。
さあ、この調子でいよいよ問題の第3楽章をどんな風に料理しているのかと身構えていると、これが驚くべき事に実に真っ当な演奏なのです。演奏時間も約18分という事で、カットもしていなければテンポ設定も至極真っ当です。ウィーンの雑踏をさまよい歩くような風情はウィーンのオケならではの味わいで、実に正統派の演奏です。続く第4楽章のアダージェットもマーラーらしい耽美的な雰囲気にあふれていて実に素敵です。そして、最終楽章においても、マーラーの指示にかなり忠実に従っているようで、何とも言えない大きなうねりの中で最後のクライマックスを築き上げています。つまりは、至極真っ当なのです。
と言うことで、もしも最初の2楽章も後半の3楽章のように真っ当に仕上げていれば、この録音は同じ年に録音された「夜の歌」を肩を並べてバーンスタイン以前のマーラー演奏における金字塔になっていたはずです。そして、それはやってやれない話でなかったことは容易に察しがつきます。
にもかかわらず、シェルヘンは最初の2楽章のあのようにエキセントリックに造形しました。結果として、一つの作品が2つに分裂したような不思議な演奏になってしまっています。
おそらくは、現代音楽の守護者を辞任していたシェルヘンにとって、この5番のシンフォニーは不満の多い作品だったのでしょう。そう言えば、マーラーの妻であったアルマも最終楽章を「退屈」と評していたことは有名です。シェーンベルグを中心に当時のウィーンでは新しい波が起きつつある時期でしたし、そう言う新しいムーブメントの中で育ってきたシェルヘンにしてみれば、この5番の中に内在する保守的な部分は「我慢」できない部分があったのでしょう。
最後に、録音に関してですが、「夜の歌」ほどではないですが、モノラル録音としては極上の部類に属する素晴らしさです。当時のウェストミンスター・レーベルの技術がいかに優れたものであったかを再認識させられます。
ネット上には「録音状態がよくない」という評も見受けるのですが、それには同意できません。
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