シューマン:交響曲第1番 変ロ長調 「春」 作品38
ボールト指揮 ロンドンフィル 1956年8月21日~24日&28,29日録音
Schumann:交響曲第1番 変ロ長調 「春」 作品38 「第1楽章」
Schumann:交響曲第1番 変ロ長調 「春」 作品38 「第2楽章」
Schumann:交響曲第1番 変ロ長調 「春」 作品38 「第3楽章」
Schumann:交響曲第1番 変ロ長調 「春」 作品38 「第4楽章」
湧き出でるがごとき霊感によって、一気呵成に仕上げられたファーストシンフォニー
1838年から39年にかけてシューマンはウィーンを訪れます。シューマンにとってウィーンとは「ベートーベンとシューベルトの楽都」でしたから、シューベルトの兄であるフェルディナントのもとを訪れるとともに、この二人の墓を詣でることは彼にとって大きな願いの一つでした。
そして、ベートーベンの墓を詣でたときに、彼はそこで一本のペンを発見したと伝えられています。そして、彼はそのペンを使ってシューベルトのハ長調シンフォニーついての紹介文を執筆し、さらにはこの第1番の交響曲を書いたと伝えられています。
もちろん、真偽のほどは定かではありませんが、おそらくは「作り話」でしょう。
しかし、作り話にしても、よくできた話です。そして、シューマンが自分を、ベートーベンからシューベルトへと受けつがれた古典派音楽の正当な継承者として自負していたことをよく表している話です。
シューマンは、同一ジャンルの作品を短期間に集中して取り組む傾向がありました。
クララとの結婚前までは、彼の作品はピアノに限られていました。ところが、結婚後は堰を切ったように膨大な歌曲が生み出されます。そして、このウィーン訪問のあとは管弦楽作品へと創作の幅を広げていきます。
この時期の管弦楽作品の中で最も意味のある創作物である第1番の交響曲は、わずか4日でスケッチが完成されたと伝えられいます。まさに、何かをきっかけとして、あふれる出るように音楽が湧きだしたシューマンらしいエピソードです。
彼の日記によると、1841年の1月23日から仕事にかかって、26日にはスケッチが完成したと書かれています。そして、翌27日からはオーケストレーションを始めて、それも2月20日に完成したと記録されています。
まさに、湧き出でるがごとき霊感によって、一気呵成に仕上げられたのがこのファーストシンフォニーでした。
しかし、この交響曲をじっくりと聞いてみると、明らかにベートーベンから真っ直ぐに引き継いだ作品と言うよりは、この後に続くロマン派の交響詩の嚆矢という方がふさわしい作品となっています。
おそらく、そんなことは私ごときが云々するまでもなく、シューマン自身も気づいていたことでしょう。それ故に、この後に続く管弦楽作品では苦吟することになります。
第2番の交響曲は完成はしたものの納得のいく出来とはならずにお蔵入りとなり、晩年になって改訂を加えて第4番の交響としてようやく復活します。ハ短調のシンフォニーはスケッチだけで破棄されています。その他、例を挙げるのも煩雑にすぎるのでやめますが、結局はこの第1番の交響曲以外は完成を見なかったのです。
私ごときが恐れ多い言葉で恐縮ですが(^^;、この事実は複雑な管弦楽作品をしっかりとした構成のもとで完成させるには、未だ己の技法が未熟なことを知らしめることになったようです。そして、その様な未熟さを克服すべく創作の中心を室内楽へと転換させていくことになります。
シューマンの交響曲はとかく問題が多いと言われます。
彼の資質は明らかに古典派のものではありませんでした。交響曲だけに限ってみれば、ベートーベンの系譜を真っ直ぐに引き継いだのは彼の弟子であるブラームスでした。
それ故に、そう言うラインで彼の交響曲を眺めてみれば問題が多いのは事実です。
しかし、彼こそは生粋のロマンティストであり、ベートーベンとは異なる道を歩き出した音楽としてみれば実に魅力的です。
楽器を重ねすぎて明晰さに欠けると批判される彼のオーケストレーションも、そのくぐもった響きなくしてシューマンならではの憂愁の世界を表現することは不可能だとも言えます。あのメランコリックは本当にココロに染みいります。たとえば、第2楽章のやさしくも深い情緒に満ちた音楽は、古典派の音楽が表現しなかったものです。
もちろん、演奏するオケも指揮者も大変でしょう。みんなが気持ちよく演奏できるブラームスの交響曲とは大違いです。
しかし、その大変さの向こうに、シューマンならではの世界が展開するのですから、原典尊重でみんなで汗をかく時代になって彼の交響曲が再評価されるようになったのは実に納得のいく話です。
なお、どうでもいい話ですが、シューマンはベッドガーという人の詩から霊感を得てこの交響曲を作曲したと述べています。ですから、各楽章のはじめに「春のはじめ」「たそがれ」「楽しい遊び」「春たけなわ」と記しています。
この交響曲には「春「と言うタイトルがつけられていますが、それは後世の人が勝手につけたものではなくて、シューマンのお墨付きだと言えます。
「勢い」にあふれたシューマン
評論とはあてにならないものです。そんなことは今さら言うまでもないことなのですが、このボールトの演奏に冠されたキャッチコピーは「中庸の美」だったとのことで、今さらながらそのいい加減さに驚いてしまいます。
さらにすごいのは、
「いかにもイギリス紳士であって、いわゆるドイツ的な腰の強さやロマン的な詩情に不足しがちだが、整った点で評価されてよい」(レコード芸術:1973/6、NN氏・・・3番「ライン」・4番がカップリングされたLPへの批評)
BQクラシックスからの情報。
非常に失礼な物言いになるのですが、この方にとっての「整う」という日本語の意味が私とは大きく異なるようです。もしくは、演奏そのものを全く聞かずに筆を執られたのではないのかと疑ってしまいます。
もっとも、聞くところによると、この時代の評論家先生は忙しくて、「どうせだれも聞かないだろう」と思えるようなマイナーな音源は最初の部分だけを聞いて、あとは周辺情報(指揮者=ボールト、オケ=ロンドンフィル、作品=シューマンの交響曲)をもとに適当に書き飛ばすこともあったそうな・・・。
ただし、たとえば第3番の「ライン」などは、せめて最初の部分だけでも聞いてくれていれば、「ドイツ的な腰の強さやロマン的な詩情に不足しがちだが、整った点で評価されてよい」などという言葉は絶対に出てこなかったとは思いますので、やはり「手抜き」と言われても仕方がないでしょう。
これはどうも、大変な演奏でして、初めて聞いたときは何かの編集ミスではないかと思いました。先に紹介した「BQクラシックス」さんも書いておられますが、これはもう「快速」と言うよりは「暴走」でしょう。あちこちで、オケが指揮についていけなくなっているので、速いテンポにもかかわらず妙な「モタモタ感」があるという不思議なテイストです。
第2楽章もやや早めのテンポで進んでいくのですが、続く第3、4楽想は落ち着いてきて、そして最終楽章は「快速」テンポで締めくくるという、どう考えても「整ってはいない」造形です。
しかし、聞き終わった感想はと言えば、私がこの作品に求めたい「悠然としたスケール感」は乏しくて、いささか小振りな「ライン」に仕上がっているというところでしょうか。
それと比べると、第4番もまた早めのテンポですが、こちらは「常識」の範囲内(常識って何なのよ・・・と、つっこみが入りそうですが^^;)なので、それほど異形な造形という感じはしません。しかし、どこをどうつついても「ロマン的な詩情に不足しがち」などと言う評価は出てこないほどに、濃厚な音楽に仕上がっています。
あとの第1番や第2番はこれらと比べると、この時代の特徴であるザッハリヒカイトな演奏という範疇でくくれる音楽に仕上がっています。どちらかと言えば、早めのテンポでグイグイと突き進んでいくような音楽の作り方はこの時代の一つの特徴と言えるようです。ただし、これを「中庸の美」と言うにはいささか躊躇いを感じざるを得ない「勢い」にあふれています。
第2番についてはHMVのコメント欄で「第2交響曲について、シノーポリが鋭利なメスでシューマンの脳髄に潜む狂気をえぐり出し、バーンスタインは刃渡り1m以上もある大刀でマグロの解体ショーのようなパフォーマンスを披露するのに対し、ボールトはゴム長に前垂れ、そして手には出刃包丁で鯵や鯖を三枚に下ろすが如く一見無造作に料理する。しかし、その結果表出される狂気はより以上に新鮮に映る。」と書かれておられる方がいました。
私はさすがにそこまでの深読みをすることはできませんが、聞き比べてみると、灰汁の強い3番と4番よりは、この1番と2番の方が好ましく聞くことができました。
おそらく、1番と2番に関しては、この録音でこれらの作品と初めての出会いをしても何の問題もありませんが、3番だけは絶対に出会ってはいけない演奏であることだけは確かです。
この録音は全て56年に一気にステレオで録音されています。おそらくは、シューマンの没後100年を記念して行われたプロジェクトでしょうが、未だに広く認知されているとは言い難かったこれらの交響曲を一気に世に知らしめたという功績を考えれば、これもまた後世へとすくい上げていくに値する演奏だと思います。
よせられたコメント
2014-12-29:原 響平
- 随分昔になるが、パイ音源のLPでこの演奏を聴いた時、少しばかり霞みながら透明感のある音と、残響音のバランスが絶妙で、ボールトに興味を覚えた。同時期に発売された別レーベルの音源で、ボールト指揮のベートーベンの交響曲No3も、これも堂々とした名演奏であった。さて、当時のパイ音源は、音がどれも細身で、音が悪いのは当然、しかも演奏もスタンダードな演奏ばかりであったが、ボールトの演奏は、この思いを打ち消すには十分な演奏であった。特に、第一楽章のトランペットの強奏は、春の生命の息吹を告げるのに十分な効果を得ていて一聴の価値がある。当時発売されたパイ音源の中では、この演奏と、アルヘンタのシューベルト交響曲No9が推薦盤に値する。イギリスの指揮者は、バルビローリを筆頭にボールトも、紳士的で華麗な演奏を基調に、時に、母親の優しさをブレンドさせてくる。聴いていて真に心地よい。
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