クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

J.S.バッハ:8つの小前奏曲とフーガ BWV.553-554(J.S.Bach:Prelude and Fugue BWV553-554)

(Organ)マリー=クレール・アラン:1962年12月10日~12日録音(Marie-Claire Alain:Recorded December 10-12, 1962)



J.S.Bach:Prelude and Fugue in C major, BWV553 [1.Prelude]

J.S.Bach:Prelude and Fugue in C major, BWV553 [2.Fugue]

J.S.Bach:Prelude and Fugue in D minor, BWV554 [1.Prelude]

J.S.Bach:Prelude and Fugue in D minor, BWV554 [2.Fugue]


自由な形式によるオルガン曲の概要

バッハのオルガン作品は膨大な量に上るのですが、それらを大雑把に分ければ概ね以下の3つにぶ分類されるようです。


  1. コラールに基づく作品

  2. 自由な形式による作品

  3. 教育のための作品



コラールに基づく作品は教会オルガニストとしての本務を果たすためのものであり、約200程度の作品が知られています。
教育用の作品は、おそらくは子ども達のために書かれたと思われる作品群で、6つのトリオ・ソナタが最も有名です。

それに対して、自由な形式によるオルガン作品は、バッハという音楽家の音楽的な思考力とオルガンという楽器に対する名人芸の発露が封じ込められた作品群だといえます。それ故に、このジャンルに対する取り組みは生涯にわたって続けられ、それを辿ることでバッハという音楽家の作曲技法がいかに発展していったかが反映されています。
ただし、それらの全てを詳述する能力は私にはありませんので、概略だけでも記しておければと思います。

8つの短い前奏曲とフーガ


「8つの小前奏曲とフーガ BWV.553-560」は、かつてはヨハン・セバスチャン・バッハの作品と考えられていました。アルベルト・シュヴァイツァーが「これ以上に優れたオルガン教則本はない」と評したほど有名な曲集でした。。
しかし、最近になって手稿譜を綿密に調査した結果、バッハの弟子の一人、おそらくヨハン・トビアス・クレブスかその息子ヨハン・ルートヴィヒ・クレブス、あるいはボヘミアの作曲家ヨハン・カスパー・フェルディナント・フィッシャーによって作曲されたと考えられています。
基礎的な鍵盤技術とペダリング、フーガの構造を学ぶのに最適な教材としてオルガン学習者の入門書だっただけに、驚きの成り行きです。

しかし、そのあたりの詳しい話はあまりにも専門的で細かい内容なのでここではパスです。

  1. 前奏曲とフーガ ハ長調(BWV 553)
    前奏曲は冒頭の16分音符による華やかな音型と、左手の和音の繰り返しが特徴的です。
    フーガは4声のポリフォニーで構成され、主題はバッハ以前の南ドイツや中央ドイツの様式に近い簡潔なものです。

  2. 前奏曲とフーガ ニ短調(BWV 554)前奏曲三部形式 (A-B-A) で構成されていて、冒頭の重厚な和音の響きが印象的で、コラール「イエス、わが喜び (Jesu, meine Freude)」の旋律を彷彿とさせます。
    フーガは4声で構成され、シンプルかつ教科書的なフーガです。

  3. 前奏曲とフーガ ホ短調(BWV 555)
    前奏曲自然な声部の導きが特徴で、係留音(サスペンション)や連続する和音進行を学ぶためのモデルのような曲です。
    フーガは対旋律(カウンターサブジェクト)にシンコペーションが多用されており、拍のアクセントをずらすことでポリフォニーとしての面白みを生み出しています。

  4. 前奏曲とフーガ ヘ長調(BWV 556)
    前奏曲は3/8拍子で書かれており、喜びにあふれた、あるいは遊び心のある性格を持っています。
    フーガは主題の前半が8分音符、後半は16分音符で動くため、徐々に勢いが増していくような活気のある性格を持っています。

  5. 前奏曲とフーガ ト長調(BWV 557)
    前奏曲は「ミニチュア・トッカータ」のような性格を持ち、即興的な自由さと威厳を兼ね備えています。
    フーガの主題にはシンコペーションが用いられており、曲に独特の推進力を与えています。

  6. 前奏曲とフーガ ト短調(BWV 558)前奏曲は右手の分散和音(アルペジオ)が流麗に動き回り、低音(ペダル)がそれを支える「協奏曲風」のスタイルで書かれています。
    フーガの主題は軽やかで、当時のイタリア音楽(特にアルカンジェロ・コレッリなど)の影響を感じさせる洗練されたものです。

  7. 前奏曲とフーガ イ短調(BWV 559)
    全8曲の中でも、特にテクニカルで劇的な性格の強い一曲として知られています。
    前奏曲は16分音符の速い音型が全編を支配しており、トッカータ風の即興的で自由なスタイルを持っています。フーガの主題は特徴的な跳躍を含んでおり、快活ながらもどこか厳格な雰囲気を持っています。

  8. 前奏曲とフーガ 変ロ長調(BWV 560)
    全8曲の締めくくりにふさわしい、堂々とした風格を持っています。
    前奏曲は全体を通して上声部の細かな動きと、それを支えるしっかりとした低音が対照的で、非常に活気に満ちています。
    フーガは4声で構成され、主題は弾むようなリズム非常に覚えやすく、親しみやすいメロディです。最後は、全8曲の終曲を告げるかのように、力強い和音の響きによって締めくくられます。



多彩な音色が魅力


マリー=クレール・アランはアラン家の4人兄弟の末っ子として1926年8月10日にサン=ジェルマン=アン=レーで生まれました。このアラン家というのは大変な音楽一家であり、父であるアルベール・アランはオルガン奏者兼作曲家であり、兄のジェアンとオリヴィエも同様にオルガン奏者兼作曲家でした。
ですから、彼女もまた当然のようにオルガンを父から学び、パリ音楽院でマルセル・デュプレ、モーリス・デュリュフレから学びました。
まさにサラブレッドとも言うべき経歴です。
そして、アランはその生涯において「バッハ・オルガン作品全集」を3回も録音すると言う偉業を成し遂げています。まさに、フランスを代表するオルガニストであり、同時代でいえばドイツのヘルムート・ヴァルヒャと肩を並べる存在だったと言ってもいいでしょう。

しかし、この二人は紡ぎだす音楽の雰囲気はずいぶんと異なっています。
ヴァルヒャのバッハは一言でいえば重々しく聞こえます。それは言葉をかえれば「深い」ということになるのでしょうか。
それに対してアランの演奏を特徴づけるのは「多彩な音色」であり、その多様性ゆえに華やかで表現の幅が「広い」ということです。

まあ、世間一般でいえば芸術というのは「深い」ほうが価値を持ち、「華やか」というものはそれよりは一段低い価値しかないとみなされるものです。それが、「神とバッハへの信仰告白」であるオルガン作品ならば、断然「深さ」のほうこそ価値あるものということになるのでしょう。

しかし、アランの演奏を聞きこんでいくと、ふと気づかされます。
オルガンってどうしてあのように多彩な音色を実現できるのかという、ごく初歩的な「はてな?」です。オルガンというのは言ってみればリコーダーみたいなもので、空気を吹き込んで音を鳴らしています。ですから、普通に考えれば音色などは変化するはずはないのです。
しかし、パイプ・オルガンというのは大変なもので、舞台から見えるだけでも多くのパイプが林立しているのですが、その奥に数千本のパイプが並んでいます。
その何千本ものパイプにはそれそれ一つの音程、一つの音色が割り振られているのです。
そして、それらのパイプを組み合わせて多様な音色を作り出すのは演奏者の仕事であり、「レジストレーション」と呼ばれています。

それだけでも大変な作業なのですが、もう一つパイプ・オルガンは持ち運びができず、おまけに、一つずつのパイプ・オルガンには個性のあるというハードルがあります。つまりは、同じ作品であってオルガン奏者は演奏する会場に出向いて、そのオルガンの響きを確認しながら組み合わせを決めていかなければならないのです。

つまりは、アランの多彩な音色によるバッハというものは、ただ華やかに演奏するというだけでなく、その背景にはとてつもない献身とエネルギーが注ぎ込まれているのです。
ここで紹介している最初の全集録音だけで9か所の教会が使われています。その一つ一つの教会や大聖堂のオルガンは独自の音色を持っています。
その独自の音色を持つオルガンに対して一つずつ、譜面を通してバッハと真摯に向きあうことによってあの多彩な音色が引き出されているのです。
華やかで豊かな色彩を描き出すためにはとてつもない献身とエネルギーがもとめられるのです。

ヴァルヒャのバッハ演奏が素晴らしいことは言うまでもありませんが、重くて深いだけがバッハではないのです。
アランのバッハが軽いなどと決めつける前に、ぜひともじっくりと向き合ってみてください。

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