バッハ:マタイ受難曲
レジナルド・ジェイクス指揮 ジェイクス管弦楽団 バッハ合唱団 キャスリ−ン・フェリア−(A) エルシ−・サダビ−(S) エリック・グリ−ン(T) ウィリアム・パ−ソンズ(Bs) オズボ−ン・ピズグッド(org) 1947年〜1948年録音
Bach:マタイ受難曲 「第1部」
Bach:マタイ受難曲 「第2部」
詩人の中原中也には変わった癖があったそうです。
彼ははじめてであった人に必ず同じ質問をしたそうです。
それは、
「あなたはバッハのパッサカリアを聞いたことがありますか」
という質問です。
そして、その人が「聞いたことがない」と答えると、心の底から羨ましそうな顔をして、「あんなにも素晴らしいものに出会える喜びがあなたの人生に残されているとは、何と羨ましい」と語ったそうです。
ユング君はこのエピソードが大好きです。なぜなら、ここには最も幸福で、最も素直な芸術との出会いが示されているからです。
クラシック音楽という世界においても、こういう幸せな出会いが一般的であれば、今日のようなゆがんだ姿にはならなかったでしょう。
ちなみに、中也はバッハのパッサカリアをあげていますが、これは彼が生きた時代を考えればやむを得ない選択でしょう。
彼の時代にマタイ受難曲を耳にすることは、とうてい望み得なかったはずです。
もし彼が、マタイ受難曲を耳にしていたら、どのような言葉でその感動を表してくれたでしょう。
おそらくは、パッサカリア以上の感動を詩人の鋭い感性で言語化してくれたでしょう。そう言う条件に巡り会うには、彼は早く死にすぎました。
それにしても、ペテロの否認に続くこのアルトのアリアの美しさを何と言えばよいのでしょうか。低声部で執拗に鳴り続ける音型は、ペテロの涙の象徴でしょうか。
ペテロの痛恨の思いが、やがてこのアリアの中で神の許しによって浄化されていきます。
しかし、こういう言葉は、この音楽のまえでは無意味です。このような音楽の前では、言葉は沈黙せざるを得ません。
そして、中也にならってユング君も、会う人ごとに聞いてまわりましょうか、「あなたはバッハのマタイを聞いたことがありますか?
英国勢による歴史的録音
この録音はフェリアーの業績を偲ぶ抜粋盤として世に知られていました。私も、この録音はマタイ受難曲からアルトのアリアを抜粋してフェリアーが録音したものだと思っていたのですが、何と全曲盤が存在していたことを最近になって知りました。
メンバーを見てみると、指揮がレジナルド・ジェイクスなる人物で、オケは彼の名前を冠したジェイクス管弦楽団、ソリストもエルシ−・サダビ−(S)、エリック・グリ−ン(T)、ウィリアム・パ−ソンズ(Bs)というラインナップで、「Who are You?」という感じです。
とにかく、フェリアーの名前だけが光り輝いているというキャスティングなのですが、これって、私が無知なだけなのでしょうか?
ただし、演奏の方は、それほど悪くはありません。もちろん、これをリヒターの録音などと並べて云々するような種類のものではありませんが、実に気持ちよくココロ安らかに聞くことができるというのは、意外なアドバンテージです。
たとえば、メンゲルベルグの歴史的録音は鬼気迫るものがありますし、リヒターのはあまりにも厳しくて、全曲聞きとおすにはある程度の「心構え」が求められます。でも、この録音は聴いているうちに何だかココロの芯がホンワカと暖かくなってくるようなのどかさにあふれています。ペテロの悔恨とそれに続くアルトのアリアも、人生の真実に迫るような厳しさよりは、何だか一片のメロドラマを見るような「美しさ」が前面に出ています。
もちろん、その様な軽さはマイナスポイントにはなるのでしょうが、戦後の荒廃と、そこからの立ち直りを目指していた当時としては、音楽にこのような「慰め」を求めたとしても決して批難はできないでしょう。メンゲルベルグの演奏が大戦前という時代の証言者ならば、これもまたある意味では大戦後の復興期という時代の証言者なのかもしれません。
なお、この録音は、当初は抜粋盤として1947年に録音されたらしいのですが、翌年に欠落部分を追加録音して全曲盤として完成されたようです。録音もきちんとセッションを組んで行われたようで、この時代のものとしては音質はかなり優秀です。合唱部分が録音、演奏ともにいまいち冴えないのは残念ですが、フェリアーの魅力は申し分なくすくい取られています。
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