クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」

ブルーノ・ワルター指揮 ニューヨークフィル 1950年2月13日録音 





Beethoven:交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」 「第1楽章」

Beethoven:交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」 「第2楽章」

Beethoven:交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」 「第3?4楽章」


極限まで無駄をそぎ落とした音楽

今更何も言う必要がないほどの有名な作品です。
クラシック音楽に何の興味がない人でも、この作品の冒頭を知らない人はないでしょう。

交響曲と言えば「運命」、クラシック音楽と言えば「運命」です。

この作品は第3番の交響曲「エロイカ」が完成したすぐあとに着手されています。スケッチにまでさかのぼるとエロイカの創作時期とも重なると言われます。(1803年にこの作品のスケッチと思われる物があるそうです。ちなみにエロイカは1803〜4年にかけて創作されています。)

しかし、ベートーベンはこの作品の創作を一時的に中断をして第4番の交響曲を作曲しています。これには、とある伯爵未亡人との恋愛が関係していると言われています。
そして幸か不幸か、この恋愛が破局に向かう中でベートーベンはこの運命の創作活動に舞い戻ってきます。

そういう意味では、本格的に創作活動に着手されたのは1807年で、完成はその翌年ですが、全体を見渡してみると完成までにかなりの年月を要した作品だと言えます。そして、ベートーベンは決して筆の早い人ではなかったのですが、これほどまでに時間を要した作品は数えるほどです。

その理由は、この作品の特徴となっている緊密きわまる構成とその無駄のなさにあります。
エロイカと比べてみるとその違いは歴然としています。もっとも、その整理しきれない部分が渾然として存在しているところにエロイカの魅力があるのですが、運命の魅力は極限にまで整理され尽くしたところにあると言えます。
それだけに、創作には多大な苦労と時間を要したのでしょう。

それ以後の時代を眺めてみても、これほどまでに無駄の少ない作品は新ウィーン楽派と言われたベルクやウェーベルンが登場するまではちょっと思い当たりません。(多少方向性は異なるでしょうが、・・・だいぶ違うかな?)

それから、それまでの交響曲と比べると楽器が増やされている点も重要です。
その増やされた楽器は第4楽章で一気に登場して、音色においても音量においても今までにない幅の広がりをもたらして、絶大な効果をあげています。
これもまたこの作品が広く愛される一因ともなっています。

歌う人


こういう演奏を聴かされると、ワルターという人の本質は「歌う」事だったんだなとつくづくと納得させられます。
一般的に、ワルターはアメリカに亡命をしてから演奏のスタイルが大きく変化したと言われます。その典型がニューヨークフィルを中心として録音されたこのベートーベンの交響曲全集です。そこには戦前のワルターを特徴づけていた世紀末の崩れたようなロマンティシズムはどこにも見あたりません。
ところが、よりによってこの5番「運命」においてワルターの本性がこぼれだしているのです。それ故に、多くの人にとっては「違和感」の感じる演奏になっていることは間違いありません。

第1楽章は実に雄大な音楽です。
「ジャジャジャジャーン」の「ジャーン」を長く伸ばすのはワルターの癖みたいなものですが、それに続く音楽に実に念入りに歌い上げていきます。
「あんたは歌いすぎる」なんて言う批判があることはワルター自身が分かりすぎるくらい分かっていたはずです。しかし、こういう音楽を聞かされると、それでも歌わずにはおれなかったワルターという人の「性」を見るような思いがします。
そして、さらに異形なのは第2楽章でしょう。遅めのテンポで、一つ一つのフレーズをここまで念入りに歌い上げた演奏は他にはちょっと思い当たりません。しかし、その歌はやがてははるかな高みに向けた祈りへと転化していき、最後は大いなるものへの讃仰へと昇華していく様は見事と言うしかありません。運命の第2楽章をこんなにも感動的に歌い上げた人を他には知りません。
ですから、ワルターの「運命」演奏に違和感を感じるからと言って、いわゆるスタンダードな演奏からは距離があると言うだけの話で、決してつまらない演奏だと言っているわけではありません。
しかし、問題はそれに続く2つの楽章にあります。
ここまで入念に歌い上げてきたのだから続く2つの楽章も同じようなコンセプトで突っ走ればいいと思うのですが、さすがにその音楽の性質上、ワルターをもってしてもこれを歌い上げていくのはさすがの無理だったようです。
そうなると、トスカニーニやフルトヴェングラーのような「狂」的な世界を聞き慣れた耳にはあまりにも温和しすぎるように思えてしまうのです。
第3楽章から最終楽章への「暗」から「明」への転換はあまりにもあっさりしすぎていますし、最終楽章の出来事も枠の中の出来事に終始しているような物足りなさが残ります。つまりは、異形なスタイルが一転してスタンダードなスタイルに近づいてしまった途端につまらなくなってしまうのです。
つくづくと、音楽とは難しいものだと思います。

しかし、全体として言えば、巷間言われるほど悪い演奏ではないと思います。また、低声部を強調した分厚いピラミッド型の響きはこの時代のワルターの特長ですし、最晩年のコロンビア響との演奏では絶対に聴くことのできないものだけに貴重です。
録音はこの時代のものとしては優秀です。

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