ワーグナー:ニュルンベルグのマイスタージンガー
クナッパーツブッシュ指揮 ウィーンフィル ウィーン国立歌劇場合唱団 (Bs)シェフラー (T)トゥレプトウ (S)ギューデン (Br)デンヒ 他 1950〜1951年録音
Wagner:ニュルンベルグのマイスタージンガー 前奏曲
Wagner:ニュルンベルグのマイスタージンガー 第1幕
Wagner:ニュルンベルグのマイスタージンガー 第2幕
Wagner:ニュルンベルグのマイスタージンガー 第3幕
Wagner:ニュルンベルグのマイスタージンガー 第4幕
苦みのきいた喜劇
マイスタージンガーはワーグナーが作曲した唯一の喜劇と言うことになっています。ですから、ベックメッサー役に演技力が必要になるようで、私がウィーンで見たときもこのベックメッサー役に評判が集まっていました。しかし、面白味というものはその国と民族の文化に深く根ざしているようで、評判だというベックメッサーの演技もユング君には単なるオーバーアクションのように感じられて目障りでさえありました。ですから、日本人にとってこの作品を本当に「喜劇」として楽しむのは難しいだろうなと思った次第です。
それよりも、最終幕でマイスタージンガーたちが入場してくる場面のゾクゾクするような高揚感と、その後の圧倒的な盛り上がりに身も心も翻弄される凄さにただただ感心する方がこの作品は受容しやすいのかもしれません。
何しろ長い作品ですから、5時開演で終わったのが10時半ごろでした。ただただ長くて、おまけに「喜劇的なやりとり」は暗い場面で延々と続くので正直言ってそう言う場面は退屈してしまいます。少しは耳になじんでいる有名なアリアなんかだと遠のきかけた意識も戻るのですが、そうでない場面だとどうしてもうとうとと居眠りをしてしまいます。そして、再び意識が戻ってみても、居眠りをする前と何も変わることなく舞台の上で二人の男がやりとりしているので、これは大変なものだと心底恐れ入ったものです。
正直申し上げて、オペラという形式に慣れていない人にとって、この作品を最後まで聞き通すのはかなり敷居が高いと思います。その事は、マイスタージンガーだけでなく、トリスタンにしてもパルジファルにしてもワーグナーの楽劇では事情は全て同じようなものです。
しかし、そんな中でもこのマイスタージンガーはユング君にとっては一番聞き通すのが困難だった作品です。なぜならば、トリスタンやパルジファルは難しいことは分からなくても、音楽の流れに身を浸していると、たとえようもない陶酔感につつまれていきます。聞き手にしてみれば、その様な陶酔感につつまれているだけでもう十分だと思うことが出来ます。
また、これ以上に巨大な指輪にしても、聞いていくうちに4楽章構成の巨大なシンフォニーを聴いているような気分になることが出来ます。そう思ってくると、聞き続けるための手がかりみたいなものが自分の中に見えてきます。
ところが、このマイスタージンガーにはトリスタンのような陶酔感はありませんし、リングから感じ取れるような構成感も稀薄です。
ただ、最終幕の圧倒的な音楽の威力には正直言ってたまげました。そして、その音の威力は残念ながらオーディオを通しては感じ取ることが出来ないものでした。もう少し正確に言えば、到底オーディオというシステムの中には入りきらないほどの巨大さがこの作品にはあります。
聞き手にしてみれば、長い長い忍耐の末に、最後の最後に一気に開放されるわけで、その巨大さにこれ以上の音楽はないという思いにさせてくれます。そして、その最後の最後のクライマックス場面で「神聖ローマ帝国は露と消えても、我がドイツ芸術は永遠に不滅なり!!我らがザックス万歳!ハイル ザックス!!」と絶叫して終わるのですから、その意味では使い方を間違うと本当に怖い音楽になります。
ナチスはこの「ハイル ザックス!」の先に「第3帝国の永遠の不滅性」と「ハイル ヒトラー!!」をだぶらせたのですが、その2つが何の不整合を感じずにシームレスにつながっていく感触をその時リアルに感じてちょっと怖くなったものです。
もちろんその事はワーグナーに何の責任もない話ではありますが・・・。
<主な登場人物>
* ハンス・ザックス(バス)靴屋の親方。
* ヴァルター・フォン・シュトルツィング(テノール)フランケン地方からきた若い騎士。
* エーファ・ポーグナー(ソプラノ)ポーグナーの娘。
* ダーヴィット(テノール)ザックスの徒弟。
* マクダレーネ(アルト)エーファの世話係。
* ファイト・ポーグナー(バス)金細工職人。
* フリッツ・コートナー(バス)パン職人。
* ジクストゥス・ベックメッサー(バリトン)市の書記。
* 夜警(バス)
<話のあらすじ>
第1幕
教会の礼拝でヴァルターとエーファはお互いに目を交わしあい、ヴァルターはたちまちに恋におちます。しかしエーファは明日のヨハネ祭の歌合戦の優勝者によって求婚されることを知り失望します。ヴァルターはザックスの弟子であるダーヴィットに歌を教わるのですが、そのあまりの規則の煩雑さにうんざりしてしまいます。
マイスター歌の作法を聞くが、あまりの煩雑さにうんざりする。そこにポーグナーやザックス、ベックメッサー しかし、マイスターというのは規則も大切だが、独創的な詩と旋律で新しい世界を切り開く存在であることも聞き希望を取り戻します。
そこへ登場するのがこの歌劇の中で徹底的にやりこめられることになるベックメーサーです。一説によるとこのベックメーサーのモデルはワーグナーにとっては仇敵とも言うべき音楽評論家のハンスリックだと言われています。実際、ベックメーサーは最初は「ハンスリッヒ」という名前がつけられていたとのことですので、ワーグナーのハンスリックに対する日頃の恨みが分かろうかというものです。
さて、このハンスリックならぬベックメーサーなのですが、彼もまたエーファとの結婚を望んでいました。そんな彼にとって新しい挑戦者が増えるのは困った話です。彼は自らの感性のままに歌うヴァルターの歌に対してマイスター歌の規則に照らし片っ端からチェックを入れ、歌を途中で止めさせようとします。ザックスはヴァルターの歌に感じるところがありベックメーサーに抗議をするのですが、ヴァルターの奔放な歌いぶりは他のマイスター達の支持も得られず大混乱になってしまいます。
第2幕
エーファの乳母であるマクダレーネはダーヴィットにヴァルターの結果を聞きそれをエーファに伝えます。
ザックスは夜の仕事のために外に出てくるのですが、ヴァルターの歌が頭から離れず、「感じるが、理解できない」とその捉えがたい魅力を歌います(ニワトコのモノローグ)。そこへエーファが相談にやってきます。
エーファは密かにザックスを慕い続けていたことも仄めかし、明日の歌合戦への参加を促すのですが、エーファはヴァルターと結ばれるべきだと考えるザックスは巧みに話をそらしてしまいます。
エーファはヴァルターとの駆け落ちを決心し乳母のマグダレーネと服を交換して逃げようとします。そこへベックメーサーが登場するので二人は物陰に隠れます。ベックメーサーは窓辺の女性が乳母のマグダレーネとも知らずにセレナードを歌い始めます。しかし、その歌をザックスが靴底をたたいて邪魔をするために全く思い通りに歌うことが出来ません。やがて、窓辺にいるのがエーファでなくマグダレーネだと気がついたダーヴィットが、ベックメッサーがマクダレーネに言い寄っていると思いこんでベックメッサーを殴りかかろうとします。これがきっかけとなって、町中の人間が大げんかを始め、その大騒ぎのなかで、ザックスはエーファをポーグナーに引き渡し、ヴァルターとダーヴィットを自宅に引きずり込みます。
夜警が笛を吹かすと人々も一斉に家に引っ込み、静寂の中11時が知らされます。
第3幕
翌朝、ヴァルターが起き出してくると、彼は不思議な夢を見て新たな歌の着想を得たと言います。ザックスはそれをメモしてマイスター歌の規則を教えます。そこへベックメーサーがやってきてこの歌の書き付けを発見します。彼はザックスがエーファへ求婚の歌を歌うつもりと思いこみザックスを非難します。
そんなベックメーサーの姿に妙案が思いついたザックスは気前よくその歌の書き付けを進呈します。ベックメーサーはその書き付けを受け取って大喜びで立ち去ります。
舞台は転換してヨハネ祭が行われる野原。祭りのファンファーレとともに、靴屋、仕立屋、パン屋の組合の歌、隣町から来た娘達と徒弟達の踊り、マイスタージンガーの堂々たる入場と続きます。この場面は何度聞いても背筋がゾクゾクするほどの魅力にあふれています。
人々はザックスを認めると「目覚めよ、朝は近づいた」のコラールを合唱し彼を讃えます。この歌は実在のハンス・ザックスの歌詞に基づくものです。ザックスはこれに感謝し、今日の歌合戦にポーグナーが娘を捧げた行為を歓迎するように演説します。
歌合戦が始まり、まず始めにベックメッサーがザックスの歌詞を自分のセレナーデに当てはめて歌おうとしますが、歌詞をうろ覚えだったために大失敗に終わります。聴衆の笑いに怒ったベックメッサーは、これはザックスの歌だと叫んで退散するのですが、それを待っていたかのように、ザックスは、歌の本当の作者としてヴァルターを紹介し自らの証人と称して歌合戦に参加させます。
ヴァルターは「朝はバラ色に輝いて」(ヴァルターの懸賞の歌)を見事に歌いあげ、その歌を全員が大喝采と共に讃えます。
ポーグナーはヴァルターにマイスターの称号を授与しようとすると、マイスターに怒りと疑念を拭いきれないヴァルターは不遜にもこれを拒否します。しかし、ザックスが、「マイスターを侮ってはいけない」とヴァルターを諫め、「神聖ローマ帝国はもやと消えても、聖なるドイツ芸術は我らの手に残るだろう。」と歌いその価値を説きます。
ヴァルターもその言葉に納得しマイスターの称号を受けて晴れて優勝者となりエーファと結ばれるます。 最後に全員がこの結末を導いたザックスと「ドイツ芸術」を讃えて幕がおります。
きちんとしたスタジオ録音なのになぜか人気が薄いのです・・・が(^^;。
クナッパーツブッシュ(長いので以下クナ)はこのマイスタージンガーをとても得意にしていました。それこそ毎年のようにこの作品を取り上げて指揮をしています。
http://www.syuzo.com/kna/kna-050.htmlによると、第2次大戦後だけでもその演奏回数は以下の通りだそうです。
* 1948年と1949年は、チューリッヒで1回ずつ、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を振った記録があるが、詳細は不明
* 1550年、ミュンヘンで5回、ウィーンで2回
* 1951年、ミュンヘンで3回
* 1952年、ベルリン、エルヴァーフェルト(クナの生まれ故郷だ)でそれぞれ1回、バイロイトで8回
* 1953年、ミュンヘンで3回
* 1954年、ミュンヘンで2回
* 1955年、ミュンヘンで2回
* 1956年、ミュンヘンで2回、ベルリンで1回
* 1957年、ミュンヘンで2回
* 1958年は、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を振った記録はない
* 1959年、ミュンヘンで1回
* 1960年、バイロイトで5回
* 1961年は、クナが「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を振った最後で、ミュンヘンで1回
これは本当に感心してしまいます。そして、これに加えて50年と51年の2年にわたってウィーンフィルとスタジオ録音したのが付け加わります。
なお、このスタジオ録音は当初は前半部分だけが録音されて、それだけで発売されるという今では信じがたいやり方でリリースされました。まだLPがなかった時代に、これだけの大曲をまとめてSP盤で購入するというのがやはり大変だったのでしょう。ただ、幸いなことにこのマイスタージンガーの録音は世界各国で好意的に受け入れられ、翌年に後半部分も録音されて、目出度く世界初の全曲録音として世に出ることが出来ました。
ただし、今から聞いてみると、この録音はクナにしては非常におとなしい演奏になっています。よく言えばきちんとした整った演奏なのですが、クナに期待されるのめり込むような熱さには乏しい演奏で、良くも悪くもザッハリヒカイトなワーグナーになっています。
ただし、聞くところによると、このスタジオ録音に際してクナはほとんど練習らしい練習はしなかったそうですから、その事を考えるといかにクナがこの作品を手中に収めていたか、また、当時のウィーンフィルの力量の凄さにも驚かされます。
余談ながら、この録音が行われたのと同じ年のバイロイト音楽祭で「カラヤン失踪事件」というのおこっています。
これは、カラヤンが惚れた女性のもとにすっ飛んでいってしまい、マイスタージンガーの上演に穴が開きそうになったと言う事件です。
本番の当日、突然指揮台にカラヤンではなくてクナがあらわれたのでオケは吃驚仰天してしまいます。そりゃそうです、オペラというのは約束事の塊みたいなものですから、それまでにリハーサルで解決してきたことが山ほどあるはずです。それが突然に全てご破算になってぶっつけ本番で上演しないといけないのですから、動揺しない方がおかしいのです。
しかし、御大のクナは「心配するな、わしもこの曲は振ったことがある」と言って悠然と指揮を始めたそうです。
実ににクナらしい話ですが、帝王カラヤンにもそんな熱くも若く、無鉄砲な時代があったのかと驚かされる話でもあります。
よせられたコメント
2010-02-19:菅野
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