グリーグ:ヴァイオリンソナタ第1番ヘ長調, Op.8(Grieg:Violin Sonata No.1 in F major, Op.8)
(Vn)ミッシャ・エルマン:(P)ジョセフ・シーガー 1955年録音(Mischa Elman:(P)Joseph Seger Recorded on 1955)
Grieg:Violin Sonata No.1 in F major, Op.8 [1.Allegro con brio - Andante - Tempo I - Piu animato - Andante]
Grieg:Violin Sonata No.1 in F major, Op.8 [2.Allegretto quasi Andantino - Piu vivo - Tempo I]
Grieg:Violin Sonata No.1 in F major, Op.8 [3.Allegro molto vivace ? Piu Allegro - Presto]
グリーグという作曲家の歩み来た道をざっと概観するような作品
グリーグはその生涯に3曲のヴァイオリン・ソナタを残しています。
最初の2曲は20代の作品で、1865年と1867年に作曲されていて、最後の1曲はすでに作曲家として成功をおさめた後の188年から87年にかけて作曲されたものです。ですから、最初の2曲はいわば若書きの作品であり、最後のハ短調のソナタと較べるとかなり大きな違いがあるようです。
グリーグは作品にある種に壮大さや劇的な緊張感を求めるときには短調を選ぶことが多かった作曲家です。ですから、最後のソナタにハ短調を選んでいるのは、たんなる民族的な雰囲気に依拠するのではなく、世界的にも著名となった己の立ち位置に相応しい内的にも充実したソナタを書こうという意欲の表れとも言えます。
実際そのソナタは情熱的な要素と北欧的な静謐な雰囲気が交錯し、ある意味では協奏曲的な音楽が展開されています。
それに対して最初の2曲には民族的な要素が強く、第1番は若者らしい素朴で愛らしい音楽であり、第2番はそこにより濃厚に民族的要素を盛り込んだ作品になっています。
そう言う意味で、この3曲のヴァイオリン・ソナタはグリーグという作曲家の歩み来た道をざっと概観するような作品と言ってもいいでしょう。グリーグ自身もこの差曲のソナタのことを「素朴で、さまざまな音楽をモデルにした第1番、民族的な響きの第2番、より広い地平線をもつ第3番」と述べていたそうです。
ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ヘ長調, Op.8
- 第1楽章:ヘ長調の主調に対して、短調の和音を二つピアノに乗せる冒頭の和音の響きからして、さまざまな音楽をモデルとした中から生み出したアイデアといえるのかもしれません。とは言え奇抜さだけを狙ったのではなく愁いを含んだ主題はグリーグらしい瑞々しさに溢れています。
- 第2楽章:ここでは明らかにノルウェーの民族的要素が溢れ出させています。言ってみれば民族的な舞曲のスタイルを、それもいささか古風な感じの旋律を用いているように思えます。
- 第3楽章:非常にエネルギッシュな音楽で、ピアノとヴァイオリンによる語らいの音楽と言えます。そして、その語らいは曲が終わるまで続くのです。
完璧主義とは異なるエルマンなりの音楽との向き合い方
エルマンの晩年については否定的な評価が定着しているようです。その際たるものが、Deccaのプロデューサーだったカルショーの次のような記述でしょう。
キルステン・フラグスタートに働きかけて引退から復帰させたことはフランク・リーの主要な業績である。しかし、彼の発想がいつもこの水準にあるわけではなかった。例えば、キャリアの晩年にあったミッシャ・エルマンにヴァイオリン協奏曲をを弾かせる試みなどは、惨憺たる出来と言うべきだった。
まさに一刀両断とも言うべき切り捨て方です。
確かに、晩年のエルマンの技術面での衰えは否定できず、ハイフェッツなどに代表されるような演奏スタイルから見れば「惨憺たる」という表現はそれほど間違ってはいません。
しかし、Deccaのフランク・リーはそう言うカルショーとは意見を異にしていたようで、50年代の半ばに彼と組んで精力的に録音を行っています。そして、その事実を裏から見れば、カルショーが「惨憺たる」と評した演奏を少なくない聞き手が受け入れたことを証明しています。
いくらプロデューサーが熱心に起用しても、肝心のレコードが売れなければお払い箱というのがこの世界の常識です。
しかし、事実はエルマンはフランク・リーと組んで実に多くの作品を録音しているのです。その中にはカルショーが切って捨てた協奏曲も数多く含まれます。
ざっと眺め回しただけでも、ベートーベン、チャイコフスキー、モーツァルトの4番と5番、ブルッフの1番と2番、ヴィエニャフスキ等々です。ついでに言えば、ブルッフの協奏曲は、近年アナログ・レコードとして復刻されていたりもするようです。
さらに、ピアニストのジョセフ・シーガー と組んでベートーベンやブラームス、グリーグ、フランクなどのソナタや数多くの小品も録音を残しています。こういう室内楽ならばエルマンならではの魅力は十分に堪能できるのではないでしょうか。
考えてみれば、どんなヴィオリニストでも(ピアニストでも同様でしょう)、年を重ねればフル・オーケストラを相手に勝負しなければいけない協奏曲というジャンルはしんどくなってくるものです。それは、ハイフェッツやホロヴィッツでも同様で、彼らは晩年に近づくと協奏曲のジャンルからは撤退していきました。
ハイフェッツは幾つかの例外はあるものの、60代に入った頃からはほとんどコンサートでは協奏曲を演奏しなくなりましたし、録音もほとんど行っていません。
ホロヴィッツなどは全面撤退という感じです。
エルマンはハイフェッツと較べれば10年先に生まれています。エルマンは1891年、ハイフェッツは1901年です。
この10年の差は大きく、エルマンには19世紀的なロマンティシズムが骨の髄にまで染み込んでいます。その重くて野太いヴァイオリンの響きで情感豊かに歌うことに価値を見いだしていたエルマンと、ひたすら楽曲解釈においても客観性を追い求め、それを実現するために技術的な完璧を求めてハイフェッツを同列に論ずるのは無意味です。
エルマンは常に音楽をすることを楽しんでいたように思います。おそらく、それが19世紀なのでしょう。
カルショーが「惨憺たる」と評した彼の演奏が本当はどんなものだったのか、先入観抜きに聞いてみるのも大切ではないでしょうか。もっとも、その結果が惨憺たる音楽を聞かされたと言うことになっても、聞かずしてそう言うのとは大違いです。
ただし、彼にハイフェッツ的なものを求めてはいけません。それだけはお忘れなく。
どうか自分の心に正直になって聞いてみてください。
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