ヨハン・シュトラウス:ワルツ「芸術家の生活」, Op.316(Johann Strauss II:Artists Life Op.316)
ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮 ウィーン国立歌劇場管弦楽団 1962年録音(Jascha Horenstein:Vienna State Opera Orchestra Recorded on December, 1962)
Johann Strauss:Artists Life Op.316
社交の音楽から芸術作品へ
父は音楽家のヨハン・シュトラウスで、音楽家の厳しさを知る彼は、息子が音楽家になることを強く反対したことは有名なエピソードです。そして、そんなシュトラウスにこっそりと音楽の勉強が出来るように手助けをしたのが母のアンナだと言われています。後年、彼が作曲したアンネンポルカはそんな母に対する感謝と愛情の表れでした。
やがて、父も彼が音楽家となることを渋々認めるのですが、彼が1844年からは15人からなる自らの楽団を組織して好評を博するようになると父の楽団と競合するようになり再び不和となります。しかし、それも46年には和解し、さらに49年の父の死後は二つの楽団を合併させてヨーロッパ各地へ演奏活動を展開するようになる。
彼の膨大なワルツやポルカはその様な演奏活動の中で生み出されたものでした。そんな彼におくられた称号が「ワルツ王」です。
たんなる社交場の音楽にしかすぎなかったワルツを、素晴らしい表現力を兼ね備えた音楽へと成長させた功績は偉大なものがあります。
芸術家の生涯(生活)
ヨハン、シュトラウスの収入源の大きな部分は舞踏会での演奏が占めていました。ですから、彼はコンサート用というよりは、そう言う舞踏会のための実用的なワルツもたくさん書きました。言うまでもないことですが、そう言う舞踏会における音楽は華やかさや流麗さのような、「聞いての面白さ」よりは、淡々と同じリズムを慎ましやかに継続していく方が優先されます。
そして、この「芸術家の生涯」は、明らかにそう言う舞踏会用の作品の系列に入ります。
実際、この作品はあの「美しき青きドナウ」の初演の3日後に今作品も初演されているので、この二つを聞き比べてみると、彼の商売人としての顔がうかがえて面白いです。
ちなみに、この作品のタイトルの由来は不明なのですが、最近はこの作品が「ウィーン芸術家協会」に献呈されており、さらにはシュトラウスの3兄弟もその協会に加入していたこと、さらには、その3人作曲時には存命中だったことなどから、「芸術家の生涯」ではなくて「芸術家の生活」と日本語のタイトルを変更する向きもあるようです。
「生涯」とするとその3兄弟がすでに死んでしまってるような誤解を招くからという理由のようですが、いつの時代もつまらんことに気を遣う人がいるものです。
ホーレンシュタインのウィンナーワルツ
ホーレンシュタインは1962年にリーダーズ・ダイジェスト(Reader's Digest)で、ウィンナーワルツをまとまって録音しています。
ヨハン・シュトラウス:「こうもり」序曲
ヨハン・シュトラウス:ワルツ「酒、女、歌」, Op.333
ヨハン・シュトラウス:常動曲, Op.257
ヨハン・シュトラウス:アンネン・ポルカ, Op.117
ヨハン・シュトラウス:ワルツ「ウィーン気質」,Op.354
ヨハン・シュトラウス:皇帝円舞曲, Op.437
ヨハン・シュトラウス:トリッチ・トラッチ・ポルカ, Op.214
ヨハン・シュトラウス:ワルツ「春の声」,op.410
ヨハン・シュトラウス:ワルツ「芸術家の生活」, Op.316
ヨハン・シュトラウス:ワルツ「美しく青きドナウ」,Op.314
ホーレンシュタインのウィンナー・ワルツというのはいまひとつピンとこなかったのですが、実際に聞いてみれば実に素晴らしくて驚かされてしまいました。なんだか、アンドレ・ナヴァラの時といい、最近は同じようなことばかり書いているような気がします。
このワルツを聞いていると、なんだか自分自身が気持ちよくワルツのステップを踏んで踊っているような気分になってきます。もちろん、私自身はダンスなどとは全く無縁な人なので全くの妄想に過ぎないのですが、ホーレンシュタインの音楽には、聞く人にそのような妄想を抱かせる力があります。
それは、彼のワルツがそういう妄想を抱かせるほどに美しくてなめらかな曲線によって造形されているからなのでしょう。
そして、もう一つ思い浮かぶ妄想は、フィギア・スケートのスケーティングのように自分の思うがままに美しくて完璧な曲線を描けているような錯覚です。
ワルツはどれもこれもホーレンシュタインという職人の手によって極限まで滑らかに磨き上げられています。そして、その手によって描き出された曲線と肌触りのなんと優美でやさしいこと!
しかし、磨き上げるといっても、それは例えばセルとクリーブランド管のようなクリスタルなものとは異なります。磨き上げられていることは磨き上げられているのですが、そこにはクリスタルな精緻さではなくて、どこまでいっても人肌が持つ温かさを失わないのです。
たしかに、ホーレンシュタインはセルと同じようにオーケストラを完ぺきにコントロールして、音楽的表現においていかなる曖昧さも残していません。
しかし、セルのウィンナーワルツを聞いているとまるで士官学校の舞踏会のようだと感じたのですが、ホーレンシュタインの場合はやはりやんごとなき上流階級の所公開の舞踏会です。もちろん、そんな舞踏会などとは全く縁のない人生だったのですから、それもまた全くの妄想なのですが、きっとそれほど間違ってはいないように思います。
そこには、オケがウィーンのオケだということもうまくプラスに作用しているのでしょう。
とはいえ、あの性悪のオーケストラをその持ち味を最大限にいかしつつ、よくぞここまでコントロールしたものです。
ホーレンシュタインといえばマイナーな小道を進んだ指揮者ではあるのですが、決して見落としてはいけない指揮者の一人だと再確認させられました。
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