クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ボッケリーニ:チェロ協奏曲第9番 G.482(Boccherini:Cello Concerto No.9 in B flat major, G.482)

(Cell)ガスパール・カサド:ルドルフ・モラルト指揮 ウィーン・プロ・ムジカ管弦楽団 1958年発行(Gaspar Cassado:(Con)Rudolf Moralt Vienna Pro Musica Orchestra Released in 1958)



Boccherini:Cello Concerto No.9 in B flat major, G.482 [1.Allegro Moderato]

Boccherini:Cello Concerto No.9 in B flat major, G.482 [2.Adagio Non Troppo]

Boccherini:Cello Concerto No.9 in B flat major, G.482 [3.Rondo (Allegro)]


ボッケリーニが残した他の作品の楽章や断片をグリュッツマッハーが実にたくみに組み合わせて仕立て直したもの・・・らしい。

ルイジ・ボッケリーニの音楽はバロック的な雰囲気を持っているのですが、調べてみると1743年に生まれて1805年にこの世を去っていますから、時代的にはハイドンやモーツァルトと重なります。つまりは、彼の音楽は当時の聴衆にとっては非常に古い音楽と感じられたと思われるのです。
そして、そうなってしまった背景として、ボッケリーニはイタリアで生まれてイタリアで音楽を学んだものの、その活躍の舞台がスペインであったことが影響を与えていたのかも知れません。
やはり、イタリアやウィーン、パリと較べればスペインは田舎であり、その様な土地ではソナタ形式に基づいた構造のしっかりとした音楽よりは、多彩なメロディが次々と登場する感覚的な音楽の方が好まれたのでしょう。

また、彼は作曲家であると同時に優れたチェロ奏者でもありました。
当時のチェロは華やかな独奏楽器というよりは通奏低音を担当する縁の下の力持ちとしての役割を果たすことが多かったのです。そう言うチェロという楽器の特徴を考えれば、彼の音楽が強固な形式感よりは即興性のようなものを重視したものになることは十分に考えられます。

マドリッドの宮廷で作曲家とした活躍したボッケリーニが残した大きな功績が弦楽四重奏や五重奏という室内楽作品であり、もう一つは彼の楽器であるところのチェロによる協奏曲でした。
この室内楽の分野では、それぞれの楽器が対等な関係で音楽を作りあげるというスタイルを確立したという点にボッケリーニの功績があります。そして、その様なスタイルで彼は驚くほど多くの室内楽作品を生み出したのです。

それと比べると、チェロ協奏曲の方はいささか見劣りします。
さらに言えば、そんなチェロ協奏曲の中で演奏頻度の高い第7番と第9番の協奏曲は、ともにドイツのチェリストであるグリュッツマッハー( 1832年-1903年)による編曲の手が加わっているのです。とりわけ、もっとも演奏頻度の高い第9番の協奏曲はボッケリーニの第9番をもとに編曲したのではなく(第9番の自筆譜は散逸して不明とのこと)、ボッケリーニが残した他の作品の楽章や断片をグリュッツマッハーが実にたくみに組み合わせて仕立て直したものだと分かってきました。
そうなると、素材はボッケリーニのものであることは間違いないのですが、果たしてそれをボッケリーニ作によるチェロ協奏曲第9番と呼んでいいのか躊躇いが生じます。

また、その第9番の第2楽章は第7番からの転用であることも判明し、さらにはもとの第9番の第2楽章が発見されたことで、今日では二つのヴァージョンが存在していることになっています。


  1. グリュッツマッハー版:アダージョ・ノン・トロッポ ト短調(チェロ協奏曲第7番の第2楽章を転用)

  2. 原譜:アンダンテ・グラチオーソ 変ホ長調



と言うことで、今日ではこの第9番の協奏曲は「ボッケリーニ作」と言うよりは「グリュッツマッハーによる編曲作品」と見なすのが一般的なようです。


この作品にロマン派好みの叙情性が溢れているのはその辺りの事情にもよるのでしょう。

こちらのほうがスタンダードでしょうか


ナヴァラの録音を紹介するときに、比較対象としてガスパール・カサドの名前を挙げておいたのですが、ふと気が付けばそのカサドの録音を紹介していないことに気づきました。
ナヴァラの演奏があまりにも自己主張が強いのでカサドのほうは物足りなく感じるのですが、ボッケリーニやハイドンという作品の姿から考えてみれば、より妥当なのはカサドのほうの演奏のような気がします。バランスをとる上でも、カサドの演奏と録音は紹介しておかなければいけないですね。

この録音のナヴァラは実に魅力的で、そのチェロの響きは聞くものをとらえて離しません。
比べるのもなんだかとは思うのですが、ハイドンとボッケリーニという全く同じ組み合わせでガスパール・カサドも相前後して録音していて、相前後してレコードがリリースされています。しかし、そのたたずまいはずいぶんと異なります。

ここでのナヴァラはしっとりとしたたたずまいよりは情熱的な強靭さを前面に押し出しています。それ故に、そこでは独奏チェロが王様でオーケストラはその王様に付き従うばかりです。
それに対して、カサドの方はチェロとオーケストラがうまくバランスをとって、そこには俺が王様だという押し出しの強さはなく、音楽全体をしっとりと上品なものに仕上げています。

おそらくその背景には録音時のスタンスの違いがあったことは明らかです。
ナヴァラの場合はチェロが王様ですから、チェロは極めてオンの状態で録音されています。
それに対してカサドのほうは両者のバランスが極めて自然な形で録音されています。

ですから、一聴して耳を引き付けられるのはナヴァラのほうであって、そのあとにカサドの録音を聞くと少しばかりというか(^^;、かなりというか、物足りなさを感じてしまいます。しかし、実際にコンサートなどで聞ける響きということになればカサドのほうが正解なのでしょう。
ナヴァラの演奏が持つ魅力は実際のコンサートで味わうことはおそらく不可能なものであって、それは「録音」という「マジック」の中でしか存在しないものなのかもしれません。

そう考えてみれば、ナヴァラという人は意外とあざといことをするもんだなと思ったりもするのですが、彼が残した録音を聞いてみればあまり「あざとい」という感じはしないので、彼の強い意志でこのようなオン気味の録音になったわけではないでしょう。
もしかしたらそれはナヴァラのあずかり知らないところで録音スタッフが勝手にそのようなバランスにしたのかもしれません。
とはいえ、一度や二度はプレイバックは聞き直しているでしょうから、そういう録音ということに対してはかなり無頓着だったことも考えられます。

しかし、ここでふと気づいたのは、こういう形での録音こそがナヴァラという、ある意味ではこの時代においてはいささか影の薄かった彼の魅力を伝えるうえで最もいい方法ではないかとプロデューサー達が考えたのかもしれないということです。

前にも少しふれたのですが、当時のフランスにはフルニエ、ジャンドロン、トルトゥリエという3強が存在しました。その中に入ると、ナヴァラの影は薄くなるのは仕方がありません。
実際、私だって彼の名前は知っていてもその録音を聞くことはほとんどなくて、最近になって初めて取り上げた次第なのです。

しかし、彼のチェロが紡ぎだす音楽はかの3強のようなフランスならではの洒脱で粋で上品なものとは明らかに異なります。そして、そのライン上に彼を並べようとするから影が薄くなるのです。
彼のチェロが紡ぎだす響きとそれによって生み出される音楽は3強のチェロとは明らかに異なります。ところが、その違うが故の魅力がなかなか聞き手には伝わっていなかったのです。
ナヴァラのチェロは一言でいえばたくましく、そしてアパッショナートです。ある人は彼の音楽からは香水の匂いではなくて働く男の汗のにおいがすると言っていました。実にうまいこと言うものだと感心したものです。
つまりは、このあまりにもチェロオンの録音は、そういう強くたくましく、そしてアパッショナートな汗のにおいをくっきりと際立たせるための手法だったのかもしれません。

おそらく、ボッケリーニしてもハイドンにしても、作品の姿から考えてより妥当なのは、カサドのほうの録音でしょう。
そうか、考えてみればこの時代はフランスの隣にもカザルスやカサドという大きな存在がいたのでした。
ナヴァラという人、なんとも困った時代に演奏活動をしていたものだと同情を禁じえません。

しかし、ナヴァラのチェロが紡ぎだす音楽は聞いててなんだか不思議な力と勇気を与えてくれるような音楽であることも事実です。
そう気づいてみれば、このジェンダーが語られる時代にあまりにも不都合なのかもしれませんが最後に一言言いたくなります。

男だぜ!ナヴァラ!!

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