クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 Op.98(Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98)

シャルル・ミュンシュ指揮:ボストン交響楽団 1950年4月10日~11日録音(Charles Munch:The Boston Symphony Orchestra Recorded on April 10-11, 1950)





Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98 [1.Allegro non troppo]

Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98 [2.Andante moderato]

Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98 [3.Allegro giocoso]

Brahms:Symphony No.4 in E minor, Op.98 [4.Allegro energico e passionato]


とんでもない「へそ曲がり」の作品

ブラームスはあらゆる分野において保守的な人でした。そのためか、晩年には尊敬を受けながらも「もう時代遅れの人」という評価が一般的だったそうです。

この第4番の交響曲はそういう世評にたいするブラームスの一つの解答だったといえます。
形式的には「時代遅れ」どころか「時代錯誤」ともいうべき古い衣装をまとっています。とりわけ最終楽章に用いられた「パッサカリア」という形式はバッハのころでさえ「時代遅れ」であった形式です。
それは、反論と言うよりは、もう「開き直り」と言うべきものでした。
 
しかし、それは同時に、ファッションのように形式だけは新しいものを追い求めながら、肝腎の中身は全く空疎な作品ばかりが生み出され、もてはやされることへの痛烈な皮肉でもあったはずです。

この第4番の交響曲は、どの部分を取り上げても見事なまでにロマン派的なシンフォニーとして完成しています。
冒頭の数小節を聞くだけで老境をむかえたブラームスの深いため息が伝わってきます。第2楽章の中間部で突然に光が射し込んでくるような長調への転調は何度聞いても感動的です。そして最終楽章にとりわけ深くにじみ出す諦念の苦さ!!

それでいながら身にまとった衣装(形式)はとことん古めかしいのです。
新しい形式ばかりを追い求めていた当時の音楽家たちはどのような思いでこの作品を聞いたでしょうか?

控えめではあっても納得できない自分への批判に対する、これほどまでに鮮やかな反論はそうあるものではありません。


  1. 第1楽章 Allegro non troppo ソナタ形式。
    冒頭の秋の枯れ葉が舞い落ちるような第1主題は一度聞くと絶対に忘れることのない素晴らしい旋律です。

  2. 第2楽章 Andante moderato 展開部を欠いたソナタ形式

  3. 第3楽章 Allegro giocoso ソナタ形式
    ライアングルやティンパニも活躍するスケルツォ楽章壮大に盛り上がる音楽は初演時にはアンコールが要求されてすぐにもう一度演奏されたというエピソードものっています。

  4. 第4楽章 Allegro energico e passionato パッサカリア
    管楽器で提示される8小節の主題をもとに30の変奏とコーダで組み立てられています。



しっかりとしたスコアの読み込みが背骨のようにまっすぐ立っている


ミンシュの音楽家としてのキャリアは1926年にはイプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のプレーヤーとしてスタートしています。指揮者としては1929年にパリでデビューしているのですが、その後も1932年までゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスターとして活動を続けています。おそらくは、フルトヴェングラーやワルターのもとで活動を続けることに大きな魅力があったのでしょう。
その後、パリ音楽院管弦楽団の指揮者を経て1949年にボストン交響楽団の常任指揮者に就任します。ミンシュの主要な活動はこのボストン交響楽団と1967年に創設されたパリ管弦楽団に集中していると言っていいでしょう。

しかし、多くの人にとって強烈な印象を残したのは最晩年のパリ管弦楽団での活動でした。そのために、ミンシュと言えば情熱的で熱気にあふれる音楽表現というイメージが染みつき、綿密なリハーサルを行っても、本番中悪魔のような笑みを浮かべつつ練習とは全く違う指示を出す指揮者というエピソード等が世間に広がっていきました。そして、その事は、若き時代にフルトヴェングラーやワルターに強い影響を受けたことと結びつけても語られました。
もちろん、それはミンシュという指揮者の重要な側面を為していることは疑いありません。そして、それ故に、彼のボストン時代の演奏が明晰さに重点をおいている事への不満へと結びつくとなると、しばしお待ちくださいと言わざるを得ません。

「指揮者というものは音楽院の門をくぐったその日から、疲れ果てて最後のコンサートの指揮棒を置くその日まで勉強を続けなければいけない」と語ったのはミンシュでした。彼は徹底的にスコアを読み込み、それを精緻に表現しようとする事を常に指揮活動の基本としていました。
しかし、面白いと思うのは、自分はそこまで徹底的にスコアと向き合いながら、それを現実の音楽にするためにセルやライナーのようにオケを絞り上げなかったことです。
おそらく、そこにこそミンシュという指揮者のもう一つの本質があるのでしょう。そう言えば、これによく似た指揮者にミトロプーロスの名前を挙げてもいいかもしれません。

そして、時に爆発するような情熱的な演奏を繰り広げることのあるミンシュなのですが、その背景にはしっかりとしたスコアの読み込みが背骨のようにまっすぐ立っています。悪魔のようにニヤリと笑って指揮棒を風車のように回したとしても、それは決して恣意的な思いつきとは全く無縁だったのです。
その意味で言えば、ボストンに着任した初期の録音を聞き直してみると、自分は徹底的にスコアと向き合いながらも、それを可能な範囲で実現させようとする姿が垣間見られるような気がします。
例えば、1950年に録音されたブラームスの交響曲第4番やハイドンの交響曲等はそう言う明晰さがよくあらわれた演奏です。ブラームスの4番はステレオ時代にも録音しているのですが、このモノラル録音の方がより明晰さに重点がおかれています。
とりわけ、ハイドンに関しては実に堂々たるシンフォニーにあげています。

それ以外で言えば、同じ年にに録音したハーティー版の水上の音楽なんてのは、盛ろうと思えばいくらでも盛れる音楽です。しかし、彼はあっさりと音楽の姿をまとめ、明晰さを前面に押し出しています。しかし、その明晰さのためにオケを絞り上げるようなことはしていません。
おそらく、ボストン響を長く率いる内に、最初は明晰さに徹しながらも、その内にもう一つの本性である情熱的な側面があふれ出していったのでしょう。もちろん、そのどちらもがミンシュという人の背骨を為していたことは事実です。彼の持つ明晰さは即物主義が全盛を極めた当時のアメリカの潮流におもねったものでないことはしっかりと見ておく必要があります。
その意味では、彼がボストン響とモノラル時代とステレオの時代に二度録音した作品を聞き比べてみるのは面白いかもしれません。

おそらく、こういう過去のミンシュの姿勢を理解しておかないと、最晩年のパリ管弦楽団での演奏の本質を読み間違える事に繋がりかねません。

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