モーツァルト:オーボエ四重奏曲 ヘ長調, K.370(Mozart:Oboe Quartet in F major, K.370/368b)
(Ob)ピエール・ピエルロ:パスキエ・トリオ 1950年代録音(Pierre Pierlot:Pasquier Trio Recorded on 1950s)
Mozart:Oboe Quartet in F major, K.370/368b [1.Allegro]
Mozart:Oboe Quartet in F major, K.370/368b [2.Adagio]
Mozart:Oboe Quartet in F major, K.370/368b [3.Rondeau. Allegro]
名前はもう忘れました
オーボエとフルートのための四重奏曲はある意味では対を為すような作品です。
一つはパリ旅行の途中で立ち寄ったマンハイムで知り合ったフルート奏者のために作曲したものであり、もう一つは、ミュンヘンの選帝侯カール・テオドールからの依頼で「イドメネオ」のを上演を依頼され、嫌で嫌で仕方のなかったザルツブルクから抜け出してミュンヘンを訪れたときにその地のオーボエ奏者のために作曲されたものです。
では何故にこの二つが一つの対を為すかと言えば、「イドメネオ」の上演を依頼をした選帝侯カール・テオドールはバイエルン選帝侯の死去によってバイエルン選帝侯を兼任することになりミュンヘンに居を移していたのです。そして、その時にマンハイム時代に築き上げた宮廷楽団も一緒に連れて行ったので、彼がミュンヘンで出会った宮廷楽団のメンバーはかつてのパリ旅行の途中で知り合ったマンハイムの楽団員たちだったのです。
言うまでもないことですが、当時のマンハイムの宮廷楽団は選帝侯カール・テオドールの尽力によってヨーロッパ屈指の規模と実力を誇る楽団でした。
ですから、「フルート四重奏曲 第1番 ニ長調, K.285」はマンハイムで知り合ったときのフルート奏者のヴェンドリングのために作曲され、「オーボエ四重奏曲 ヘ長調, K.370」はオーボエ奏者のフリードリヒ・ラムのために書かれたものなのです。
つまり、この二つの曲はモーツァルトとマンハイムの宮廷楽団との親密なつながりの中から生み出されたものなのです。
とりわけ、このフリードリヒ・ラムのために書かれたオーボエ四重奏曲は、ラム自身が極めて優秀なオーボエ奏者であり、主人である選帝侯から独奏者として、ヴィーン、ロンドン、ベルリンのような遠方の土地を訪れて国際的なキャリアを身につける事を許されるほどの名手でした。
ですから、このオーボエ四重奏曲では全ての主導権はオーボエにゆだねられています。
しかし、その代わりとして演奏のためには高度な技術を要求し、さらには技術だけではカバーしきれない深みのある内容も求めています。
そして、ラムもまたその作品を見事に演奏したようです。
モーツァルトは父親にあてて次のような手紙を多くっています。
それから名前はもう忘れましたがオーボエ奏者で、彼はとてもうまく吹き、きれいで繊細な音をもっています。
ぼくは彼にオーボエ協奏曲をプレゼントしました。 これはカンナビヒの部屋で写譜されています。 その男は狂喜しています。
うーん、「彼はとてもうまく吹き、きれいで繊細な音をもっています」と記しながら「それから名前はもう忘れました」という辺りが実にモーツァルトらしいと言えばモーツァルトらしいいい加減さでしょうか。
天才というものは多くのものを神から与えられるかわりに普通の人として生きていく上で、誰もが簡単に身につけることの出来る社会常識を欠落させてしまうのでしょうね。
ソリストのもち味を十分に発揮させる
パスキエ・トリオはその名の通りパスキエ3兄弟によって1927年に結成された室内楽団です。彼らは父親はヴァイオリニスト、母親はピアニストという音楽家の家庭で育ち、長男のピエール・パスキエがヴィオラ、次男のジャン・パスキエがヴァイオリン、三男のエティエンヌ・パスキエがチェロという弦楽三重奏団です。
この組み合わせは、例えばモーツァルトの「ディヴェルティメント(弦楽三重奏曲) 変ホ長調, K.563」のような神品とも言うべき作品もあるのですが、一般的にはそれほど多くの作品に恵まれているスタイルではありません。どうしても、そこにピアノとかフルート、オーボエなどが加わらないとプログラムが広がりません。
そこで、彼らはゲストとしてピアニストのマルグリット・ロン、フルーティストのランパルなどと組んで演奏会や録音を活発に行うことになります。
とは言え、彼らの名を高らしめたのは、何といってもその長いキャリアの中で3回も録音したモーツァルトの「ディヴェルティメント(弦楽三重奏曲) 変ホ長調, K.563」であったことは間違いありません。
それにしても「弦楽三重奏曲」と言うのは不思議な演奏形態です。見た目には世間に山ほど存在する弦楽四重奏曲からヴァイオリンが一つぬけただけなのですが、音楽がつくり出す様相は随分と変わってしまいます。
もちろん、ヴァイオリンが一つぬけるのですからその分響きは薄くなります。しかし、そのマイナスと引き替えに響きの透明感は高まります。
あのモーツァルトの三重奏曲が「神品」と言われるのは、その透明感によってそれぞれの楽器の絡み合い、精妙なフレーズの移ろいやダイナミズムの変化などが聞き手に深い集中力を要求するからでしょう。
しかし、それは裏返せば、演奏する側に、そう言う聞き手の高い集中力を十分に納得させるだけの音楽性と精緻な呼吸の共有が必要です。そう、「精緻なアンサンブル」ではなくて「精緻な呼吸の共有」です。
おそらく、楽譜通りに縦のラインが揃っているだけでは話にはなりません。緊張度の高い精緻なアンサンブルが必要なことは言うまでもないのですが、ここぞと言うところで何か遊び心のような部分が出てこないとモーツァルトとは言えないような気がするのです。
その意味では、パスキエ・トリオの場合は常設のグループであり、さらに三兄弟なのですから、その部分に関しては彼らを凌駕するのは不可能でしょう。
とはいえ、コンサートのプログラムが弦楽三重奏曲だけでは成り立ちません。何といっても、それだけでは食っていけません。
ですから、彼らはオーケストラのメンバーとしても活動していました。しかし、単純にそう言う経済的な理由だけでなく、パスキエ・トリオとして活動していくためには、どうしてもそこにフルートやピアノなどのソリストが加わる形が必要となります。そうしなければ、パスキエ・トリオとしてのコンサートのプログラムがいつも同じようなものになってしまうからです。
そして、ソリストにしても、パスキエ・トリオのような常設のトリオと演奏するのは好ましかったでしょう。
彼らな、その「精緻な呼吸の共有」によって、それぞれのソリストたちが気持ちよく、そしてその持ち味を存分に発揮できるような舞台を設えてくれるのですから。これは、にわか編成の三重奏では到底不可能なことです。例えその3名がハイフェッツ、フォイアマン、プリムローズのような腕利きであっても無理だと言わなければなりません。
それ故に、ピアニストのマルグリット・ロン、フルーティストのランパルのようなビッグネームたちは喜んで協演したのでしょうランパルなどは50年代と60年代の2回にわたってモーツァルトのフルート四重奏曲を録音しています。よほど、彼らとは気があったのでしょう。
なお、ここでソリストをつとめているピエール・ピエルロは日本にも良くやってきた人なのでお聞きになられた方もおられるかもしれません。
生粋のパリッ子だったようで、ランパルやジャック・ランスロー等と木管五重奏団を結成して演奏活動を開始し、その後はパリのオペラ=コミック座に首席オーボエ奏者として加わったようです。また、ジャック・イベール、フランシス・プーランクやダリウス・ミヨーたちの作品を積極的に取り上げていたのも、パリッ子らしいと言えるのでしょうか。
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