ラヴェル:バレエ「ダフニスとクロエ」(Ravel:Daphnis et Chloe)
アンドレ・クリュイタンス指揮 パリ音楽院管弦楽団 ルネ・デュクロ合唱団 1962年6月録音(Andre Cluytens:Orchestre de la Societe des Concerts du Conservatoire Les Chours Rene Duclos Recorded on June, 1962)
Ravel:Daphnis et Chloe Part1 [1.Introduction]
Ravel:Daphnis et Chloe Part1 [2.Danse religieuse]
Ravel:Daphnis et Chloe Part1 [3.Scene]
Ravel:Daphnis et Chloe Part1 [4.Danse generale]
Ravel:Daphnis et Chloe Part1 [5.Scene]
Ravel:Daphnis et Chloe Part1 [6.Danse grotesque de Dorcon]
Ravel:Daphnis et Chloe Part1 [7.Danse legere et gracieuse de Daphnis]
Ravel:Daphnis et Chloe Part1 [8.Danse de Lyceion]
Ravel:Daphnis et Chloe Part1 [9.Nocturne]
Ravel:Daphnis et Chloe Part1 [10.Danse lente et mysterieuse]
Ravel:Daphnis et Chloe Part1 [11.Interlude]
Ravel:Daphnis et Chloe Part2 [1.Introduction]
Ravel:Daphnis et Chloe Part2 [2.Anime et tres rude]
Ravel:Daphnis et Chloe Part2 [3.Danse suppliante de Chloe]
Ravel:Daphnis et Chloe Part2 [4.Introduction]
Ravel:Daphnis et Chloe Part2 [5.Lever du jour]
Ravel:Daphnis et Chloe Part2 [6.Le vieux berger Lammon]
Ravel:Daphnis et Chloe Part2 [7.Danse generale]
3部分からなる舞踏交響曲
「ダフニスとクロエ」は、ロシア・バレエ団を率いるセルゲイ・ディアギレフの依頼を受けて作曲したバレエ音楽だったのですが、出来上がった音楽にディアギレフはかなり不満があったようなのです。
それは、ディアギレフは「バレエ音楽」を依頼したににもかかわらず、出来上がった作品は「立派な管弦楽曲」だったからです。
確かに、ラヴェル自身もこの出来上がったバレエ音楽のことを3部分からなる舞踏交響曲と呼んでいたようです。
「私が目指したものは、古代趣味よりも私の夢想の中にあるギリシャに忠実であるような、音楽の巨大な壁画を作曲することだった。
その壁画は、18世紀末のフランス画家達が夢想し描いたものに、いわはおのずと似通っている。
作品はきわめて厳格な調の設計に基づき、少数の、展開が作品全体の交響的な均質性確かなものにする動機によって、交響音楽として組み上げられている。」
つまりは、コンサートのプログラムとして聞くには相応しくても、バレエ音楽を注文したつもりのディアギレフにとっては満足のいくものではなかったのです。
実際、現在は「第1組曲」と言われる部分だけが完成して、ピエルネ指揮のコロンヌ管弦楽団で初演されたというのそのあたりの事情を反映しています。そして、その「第1組曲」初演の翌年に全曲が漸くにして完成したのですが、「バレエ」の上演としてはかなり不満足な結果に終わってしまいます。
なお、ラヴェル自身が3つの部分と呼んだのは以下の通りです。
第1部 パンの神とニンフの祭壇の前
序奏~宗教的な踊り
全員の踊り
ダフニスの踊り~ドルコンのグロテスクな踊り
優美な踊り~ヴェールの踊り~海賊の来襲
夜想曲~3人のニンフの神秘的な踊り
間奏曲
第2部 海賊ブリュアクシスの陣営
戦いの踊り
やさしい踊り
森の神の登場
第3部 第1部と同じ祭壇の前
夜明け
無言劇
全員の踊り
先に完成した「第1組曲」は、第1部の「夜想曲」と「間奏曲」、そして第2部の「戦いの踊り」までが演奏され、組曲と言ってもそれらが一気に演奏されます。
そして、全曲が完成した翌年に「第2組曲」が完成するのですが、それもまた第3部がノーカットで演奏されるもので、違いがあるとすれば第2部から第3部へ移行する10小節がカットされているだけです。
ですから「第1組曲」も「第2組曲」も、組曲とはなっているのですが本体のバレエ音楽から抜粋したり、再構成したりというような事は一切していないのです。
つまりは、それだけ本体のバレエ音楽が交響的な音楽になっていると言うことの裏返しでもあるのです。
なお、「ダフニスとクロエ」のあらすじは以下のようなものです。
第1部 パンの神とニンフの祭壇の前
序奏に続いて祭壇に供える「宗教的な踊り」が捧げられます。
ダフニスとクロエが登場すると、娘達はダフニスを、若者達はクロエを囲んで踊り、やがて「全員の踊り」となります。
やがて、クロエに言い寄る牛飼いのドルコンをダフニスが遮ると、ダフニスとドルコンは踊りで勝負をすることになります。
まずは、ドルコンの「グロテスクな踊り」、続いてダフニスの「優美な踊り」が踊られ、勝ったダフニスはクロエからキスされて恍惚となります。
やがてクロエは一同と連れだって退場するのですが、一人に残った夢見心地のダフニスに年増女のリュセイオンが「ヴェールの踊り」で誘惑をします。
すると、突如「海賊の主題」が鳴り響いて海賊が襲来します。
クロエを気遣うダフニスト入れ違いにクロエが登場し、祭壇に額ずく彼女を海賊は連れ去ってしまいます。
再びその場に戻ってきたダフニスはクロエの靴を発見して絶望のあまりに卒倒してしまいます。
やがて「夜想曲」が流れ、3人のニンフが「神秘的な踊り」を踊っていると倒れているダフニスを発見して助け起こします。
3人のニンフがダフニスに神に祈らせるのですが、パンの神が姿を現すとダフニスはその場にひれ伏し、合唱を伴った「間奏曲」が流れてきます。
ちなみに、こんな所に「合唱」を使うのは「バレエ」には不要な無駄遣いだとしてディアギレフは全く気に入らなかったようです。
第2部 海賊ブリュアクシスの陣営
間奏曲から切れ目なしに粗野であっても活気に溢れた海賊達の「戦いの踊り」が演奏されます。
そして、海賊の首領の前に連れて来られたクロエは「やさしい踊り」で許しを乞います。そして、脱出の機会をうかがうのですが失敗してしまいます。
ところが、まさにあわやというところで、突然山羊の脚をした森の神が登場すると雰囲気は一変し、さらには大地が裂けてパンの神の巨大な幻影が現れると海賊たちは先を争うようにして逃げ去ってしまうのです。
第3部 第1部と同じ祭壇の前
「夜明け」の歌によって夜はまさに明けようとし、小鳥は歌い出します。そして、この音楽の後にダフニスとクロエの感動的な再会を果たします。
老いた羊飼いは、パンの神はかつて愛したシリンクスの思い出ゆえにクロエを助けた事を教えます。
そこで、ダフニスとクロエは「無言劇」を演じます。
パンの神が吹く蘆笛にシラーンクスの心は高まり、やがて彼女の方から神の胸に飛び込むというストーリーを演じてみせたのです。
そして、ダフニストクロエは祭壇の前で愛を誓うと、全員がパンの神とニンフを讃えて「全員の踊り」を沸き立つような熱狂の中で踊るのです。
希有の響き
クリュイタンスは61年から62年にかけてラベルの主要な管弦楽曲をまとめて録音しています。英コロンビアはこれを4枚セットの箱入りとして発売したのですが、この初期盤は音の素晴らしさもあって今ではとんでもない貴重品となっているようです。
ただし、このセットは今も通常のCDとして簡単に入手が可能なので、歴史的名演と言われながらもその内容については簡単に検証できちゃうので、いろいろとエクスキューズがつく演奏となっています。
今回、この一連の録音をアップするためにあらためて聴き直してみたのですが、そのエクスキューズについて一言述べておく必要を感じました。
そのエクスキューズとは何かと言えば、最近になって「オケが下手すぎるといわれることに尽きます。
例えば、歴史的名演と言われるボレロなどを聞けばすぐに気がつくのですが、管楽器があちこちで音を外しています。酷いのになると「酔ったオジチャンが、ろれつがまわっていない」という極めて的確な評価が下されていたりします。
そうなんです、昨今の演奏と録音になれてしまった耳からすればあまりにも緩いのです。
そして、その事にはフランスのオケが持っている「あわせる気がない」という本質的な問題が絡んでいます。
フランスのオケというのは、プレーヤー一人一人の腕は確かです。しかし、彼らはその腕を全体のために奉仕するという気はあまり持ち合わせていません。
ですから、リハーサルをしっかりと積み上げて縦のラインをキチンと揃えることにはあまり興味を持っていませんし、そもそもそう言うことに価値を感じないのです。さらに言えば、現在でもフランスのオケのプレーヤーは事前にスコアに目を通すような「面倒くさい」事はやらないようで、慣れていない曲をやるときは変なところで飛び出したりしてもあまり気にしないそうです。
ですから、クレツキなどは「フランスのオーケストラの演奏は練習し過ぎてはいけない」とまでいっているほどです。練習で絞り上げるとやる気がなくなって本番で悲劇的なことを引き起こしてしまうことが多い、と言うのです。
その点で言えば、クリュイタンスという人はそう言うオケの気質を知り尽くして、それをコントロールする術を身につけた人でした。
俺が俺がと前に出たがる管楽器奏者を自由に泳がせながら、それをギリギリのラインで一つにまとめていく腕と懐の深さを持っていました。結果として、トンデモ演奏になる一歩手前で踏ん張りながら、そう言うフランスのオケならではの美質があふれた演奏を実現できました。
ですから、このコンビの録音を「オケの精度」という点だけで見てはいけません。
オケの精度などと言うものは練習で絞り上げればある程度のラインまではどこでも実現可能です。しかし、クリュイタンスとパリ音楽院管弦楽団のコンビが醸し出すこの響きの素晴らしさは、いわゆる「訓練」によって実現できるレベルものではありません。
「あっ、外した。また、外した!!」と思えば落ち着いて聞いていられないかもしれませんが、とりあえずはそう言うことは忘れて、この純度の高い、それでいてふくよかさを失わない希有の響きに身をゆだねれば、この演奏と録音の魅力に納得がいくのではないでしょうか。
そして、その事は録音会場に使われた「Salle Wagram(サル・ワグラム)」の響きの素晴らしさが貢献しています。この「Salle Wagram(サル・ワグラム)」は2005年の爆発事故で往事の面影はなくなってしまいましたが、オケの中で管楽器がクッキリと濁りなく響くことで有名でした。
パリ音楽院管弦楽団の名手たちが腕によりをかけて演奏している様子がはっきりととらえられているのはこの会場のおかげでもありました。
それからこんな事を書けば叱られるかもしれませんが、ラベルやドビュッシーの音楽は下からキチンと煉瓦を積み上げていくような音楽ではありませんから、多少アンサンブルの精度が落ちても気になりません。(気になるかな^^;)それよりは雰囲気勝負ですから、個々の楽器の響きの自由さと美しさこそが命だと思います。
今回は、とりあえず私の好きな「ボレロ」「ラ・ヴァルス」「亡き王女のためのパヴァーヌ」「クープランの墓」をまずは聞いてみました。
一番感心したのはやはり「ラ・ヴァルス」ですね。破滅に向かって華やかに踊り狂っている不気味さがクッキリと浮かび上がってくる演奏です。「亡き王女のためのパヴァーヌ」もモノトーンな響きながら古代舞曲風の優雅な響きがとっても素敵です。
そして、賛否両論渦巻く外しまくりの「ボレロ」ですが、気にならないと言えば嘘になりますが、それと引き替えに実現している管楽器群の響きの素晴らしさは出色です。
そして、最後に「クープランの墓」を聞いたのですが、正直なところ、よく分からんです。私が苦手なフランス音楽の特徴が一番よくでているのでしょうが、それがきっと原因だと思います。
<追記:2023年5月19日>
と、書いていて、残りの録音を紹介するのをすっかり忘れていたようです。
つまりは、「モノラルでも録音していたんだ」と最近になって気づいて大いに興味をそそられてそちらの紹介の準備にかかっていたのですが、肝心のステレオ録音の方は中途半端な形で放置されていることを全く失念していたのです。
その事を指摘していただいた方には深く感謝します。
それにしても、人間の思いこみは要注意ですね。
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