ベートーベン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58(Beethoven:Piano Concerto No.4, Op.58)
(P)ギオマール・ノヴァエス:ジョージ・セル指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック 1952年12月21日録音(Guiomar Novaes:(Con)George Szell New York Philharmonic Orchestra Recorded on December 21, 1952)
Beethoven:Piano Concerto No.4 in G major, Op.58 [1.Allegro moderato]
Beethoven:Piano Concerto No.4 in G major, Op.58 [2.Andante con moto]
Beethoven:Piano Concerto No.4 in G major, Op.58 [3.Rondo. Vivace]
新しい世界への開拓
1805年に第3番の協奏曲を完成させたベートーベンは、このパセティックな作品とは全く異なる明るくて幸福感に満ちた新しい第4番の協奏曲を書き始めます。そして、翌年の7月に一応の完成を見たものの多少の手なしが必要だったようで、最終的にはその年の暮れ頃に完成しただろうと言われています。
この作品はピアノソナタの作曲家と交響曲の作曲家が融合した作品だと言われ、特にこの時期のベートーベンのを特徴づける新しい世界への開拓精神があふれた作品だと言われてきました。
それは、第1楽章の冒頭においてピアノが第1主題を奏して音楽が始まるとか、第2楽章がフェルマータで終了してそのまま第3楽章に切れ目なく流れていくとか、そう言う形式的な面だけではなりません。もちろんそれも重要な要因ですが、それよりも重要なことは作品全体に漂う即興性と幻想的な性格にこそベートーベンの新しいチャレンジがあります。
その意味で、この作品に呼応するのが交響曲の第4番でしょう。
壮大で構築的な「エロイカ」を書いたベートーベンが次にチャレンジした第4番はガラリとその性格を変えて、何よりもファンタジックなものを交響曲という形式に持ち込もうとしました。それと同じ方向性がこの協奏曲の中にも流れています。
パセティックでアパショナータなベートーベンは姿を潜め、ロマンティックでファンタジックなベートーベンが姿をあらわしているのです。
とりわけ、第2楽章で聞くことの出来る「歌」の素晴らしさは、その様なベートーベンの新生面をはっきりと示しています。
「復讐の女神たちをやわらげるオルフェウス」とリストは語りましたし、ショパンのプレリュードにまでこの楽章の影響が及んでいることを指摘する人もいます。
そして、これを持ってベートーベンのピアノ協奏曲の最高傑作とする人もいます。ユング君も個人的には第5番の協奏曲よりもこちらの方を高く評価しています。(そんなことはどうでもいい!と言われそうですが・・・)
セルの美学との出会い
ギオマール・ノヴァエスの存在を知ったのは1951年1月7日のニューヨークフィルの定期講演会のライブ録音によってでした。演奏したのはショパンのピアノ協奏曲第2番で指揮者はジョージ・セルでした。
セルという指揮者は協奏曲のソリストの選定に関しては極めて五月蝿い人で、とりわけピアニストに関しては自らも一流のピアニストだっただけにその選定に関しては非常に厳しい指揮者でした。そして、調べてみれば、セルとのニューヨークフィル定期での協演はそれ以外に5回もあったようなのです。
1951年12月13日:モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番変ホ長調 , K.271 「ジュノーム」
1951年12月14日:モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番変ホ長調 , K.271 「ジュノーム」
1951年12月16日:ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21
1952年12月20日:ベートーベン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58
1952年12月21日:ベートーベン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58
1951年1月7日のライブ録音に関してはすでに紹介してあります。それはセルを相手にしていると言うことを考えれば実に驚くべき演奏で、ノヴァエスはセルの支配下にはいることなく十分すぎるほどに自己主張を行っています。そして、その「凄さ」故に第1楽章が終わったあとに会場から思わず拍手がこぼれているのです。
しかし、その事をセルは決して苦々しくは思わなかったようで、率直に彼女の実力を認めたようです。そんな言葉がどこかに残っているというわけではないのですが、上で紹介したようにその後の5回の協演という事実が証明しています。
しかし、もうひとつ、翌年の12月に行われたベートーベンの協奏曲の録音が手もとにあるのですが、これは実にキッチリとセルの枠の中におさまっています。まあ、ベートーベンとショパンという違いはあるのですから当然と言えば当然なのかもしれません。
セルの統率のもとにニューヨークフィルはベートーベンに相応しい堂々たる響きで音楽を形づくっていて、そのサポートを得てノヴァエスもまた十分にその力を発揮しています。
第1楽章が終わったあとに会場から思わず拍手がこぼれるというのは、コンサート的には大成功なのでしょうが、それはセルの美学に反します。
いってみれば、そう言うパフォーマンス的なものというプラスαで聴衆の喝采を浴びるのではなくて、音楽そのものが持っている美しさや雄々しさを表現しつくすことで聞き手に深い満足感を与えようとするのがセルの美学でした。
そして、おそらく、このベートーベンの演奏ではそう言うセルの意図を尊重してコンサートに臨んだのでしょう。
そう言えば、ショーンバーグはノヴァエスに関して「同じ曲を二度とは同じように弾かないこともホフマンに似ていた。演奏ごとに作品の視点をやや変えてみるのだ。その都度、新しい解釈は避け難く、絶対に自然なものに思われた」と述べています。
ショパンではかなり奔放に、そしてベートーベンではセルという偉大な才能との出会いの中でまた新しい音楽の形を楽しんだのでしょう。
戦前は「神に愛でられたピアニスト」と絶賛され、晩年も80歳近くなる1970年代まで演奏活動を続けた人なのですが、何故か今はほとんど忘れ去られようとしています。
この忘却の度合いと残された録音の素晴らしさがあまりにも乖離しているだけに、今一度しっかりと発掘しなければいけないピアニストだと言えるでしょう。
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