J.S.バッハ:幻想曲とフーガ イ短調, BWV 904
クルト・レーデル指揮:ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1961年録音
J.S.Bach:Fantasie und Fuge in A minor, BWV 904
魂の慟哭のような悲しみ

バッハの最後の弟子の一人であるJ.C.キッテルの筆写譜などによって伝えられている作品です。そのために、幻想曲とフーガはもともとは別の作品で、それをつなげて「幻想曲とフーガ」としたのはキッテルだった可能性も指摘されています。
聞けばすぐに分かるように、音楽の雰囲気は極めて厳粛であり古風な感じがします。
とりわけ、前半部分の幻想曲には魂の慟哭のような悲しみを感じとる人も多いでしょう。
後半のフーガは3部分に分かれ、かなり複雑な対位法の技巧が駆使されています。フーガ全体は概ね4声が維持されているのでその響きはかなり重厚な感じがします。
また、対照的な2つの主題を持つフーガなので、その対比が生み出す雰囲気は独特なものがあります。
後ろを見ながら前へと進んでいった人
カール・リヒターとクルト・レーデルはともにミュンヘンを活動の拠点として、ほぼ同じ時期に活動してたいことに気づいて不思議な感情を抱きました。
50年代の初め頃、カール・リヒターは無名の若者であり、ミュンヘンの街角で「僕たちと新しい音楽をやりませんか」と言いながらビラをまいては仲間を集めていました。それに対して、クルト・レーデルはすでにフルーティストとしての地位を築いており、1952年にはミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団を創設して指揮者としての活動をはじめます。
しかし、両者の音楽感は対照的なものでした。
そして、言うまでもなく後世に大きな影響を与えたのはリヒターの峻厳にして厳格なバッハ演奏でした。そして、その演奏は後の時代にピリオド演奏という潮流が大きな影響力を持つようになっても、そして彼らがリヒターの演奏をどれほど批判しようとも多くの聞き手はリヒターを見捨てることはありませんでした。
それに対して、レーデルの音楽はリヒターと較べれば極めて保守的でした。
もっとも、保守的と言っても当時の巨匠たちが常識としていた重厚長大な演奏と較べれば、それは疑いもなくこの時代における古楽復興の一翼を担うものでした。しかし、おそらく、そう言う50年代の古楽復興のムーブメントの中にレーデルの演奏をおいてみれば、それはもっとも保守的な部類にはいると言わざるを得ないでしょう。
彼らは60年代にエラートを中心として熱心に録音活動を行い多くの賞も取ってその時代においては一定の支持を得ていました。しかし、時代が過ぎるにつれて彼らの存在は遠ざかり、いつしかほとんどの人の記憶からは消え去ってしまいました。現在では、デジタル化されてCDとなっている録音は彼らの業績から見ればごく僅かであり、その多くがすでに廃盤となってしまっているようです。
しかし、この世知辛い世の中において、今一度彼らの演奏を聞くと、そのゆったりとした穏やかな音楽の作り、そして何よりも低声部にそれなりの厚みを持たせたふくよかな響きは、苛立ちささくれだった気持ちを鎮めてくれます。
そして、ひたすら前ばかりを見つめて突き進んできた「今」のあり方に対する一つの疑問を提起してくれるような気がします。
ここで紹介している録音は中古レコード屋さんの300円均一コーナーに投げ込まれていた一枚です。収録されていたのは以下の6曲です。
- パッヘルベル:カノン ニ長調
- パッヘルベル:シャコンヌ ヘ短調
- J.S.バッハ:アリア(管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068より)
- J.S.バッハ:トッカータとフーガ ニ短調, BWV 565
- J.S.バッハ:幻想曲とフーガ イ短調, BWV 904
- J.S.バッハ:主よ、人の望みの喜びよ
パッヘルベルはともかくとして、バッハに関して言えば緩い音楽と言われても仕方がないでしょう。しかし、その「緩さ」がなんだか妙に魅力的に思えてくるのです。
バッハのオルガン曲の編曲も色彩の豊かさよりはオルガンが持つ響きを管弦楽に置き換えたようで聞いていて心が落ちつきます。有名なアリアもこうやってふくよかな響きで歌い上げてくれた方が一つの救いとなるような気がするのです。
そう言えば、ポール・ヴァレリーがこんな事を言っていました。
湖に浮かべたボートをこぐように人は後ろ向きに未来へ入っていく。目に映るのは過去の風景ばかり、明日の景色は誰も知らない
レーデルとはまさに後ろを見ながら前へと進んでいった人なのかもしれません。
よせられたコメント
2023-01-10:yukie
- 緩い。確かに。でもぬくもりが離れられない。
あんなに好きで聴いてきたリヒターから遠ざかっている私が居る。
30年近く前には情熱を込めてひたむきだった私があった。
でも今は上を向く事が出来ない。今の今しか大事に出来ない。
苦しくしんどいけど、ルーティーンをこなし少しでもマイナス点にならないよう
心臓バクバクで必死な私。前置き長くてすみません。
本当に木管が前面に来てくれると嬉しいのです。
ふくよかで暖かく。ココではUPされていないようですが、
リリングが非常に好きでリヒターを知った頃から双璧で聴いておりました。
何でしょう。上手く言葉に出来ないのですが、この素晴らしいサイトを知って二ケタになり、私より先輩はもちろん、もっと下の世代に響いていること。
それがうれしくて。応援はもちろんなのですが、”こういうあったかいサイトを大事にして下さい”
努力しているサイトへの応援とともに、こういうぬくもりを大事にしたい皆様へエールを。
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