モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番ハ長調, K.467
(P)モニク・アース:ハンス・ロスバウト指揮 南西ドイツ放送交響楽団 1956年録音
Mozart:Concerto No.21 In C Major For Piano And Orchestra, K.467 [1.(Allegro Maestoso)]
Mozart:Concerto No.21 In C Major For Piano And Orchestra, K.467 [2.Andante]
Mozart:Concerto No.21 In C Major For Piano And Orchestra, K.467 [3.Allegro Vivace Assai]
天国的に美しいコンチェルト
ピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467
この作品には自筆譜が残されていて、それにも明確に1785年3月9日に完成したと記されています。つまりは、モーツァルトはあの「ニ短調コンチェルト」を仕上げてから一ヶ月もしない間にこの天国的に美しい婚チェるを仕上げたと言うことになります。
そして驚くべきは、その一家gつの間この協奏曲の作曲に集中していたのではなくて、その間に公開演奏会や私的なコンサート、さらにはザルツブルグからやってきた父親のレオポルドをもてなすためのパーティーを開き、さらには多くのピアノの弟子達にレッスンを行っていたようなのです。
つまりは、そう言う「儲け仕事」や「接待」の合間に時間を見つけてはこのコンチェルトを作曲したのです。
さらに、驚かされるのは、この協奏曲にはオルガンのような「足ペダル」がついた特殊なフォルテピアノを使うことを前提として書かれているのです。もちろん、その足ペダルは低音部の補強のためであり、幻想曲のような作品を即興演奏するときには良く道いていたようなのですが、協奏曲でこのような特殊な楽器を用いるのはこれが初めてでした。
モーツァルトの「天才神話」は数多くあるのですが、これもまたその様な神話の一つを彩るエピソードだといえます。
また、この作品の第2楽章は映画「みじかくもうつくしく燃え」に用いられて話題になったのですが、今ではそんな映画のことを覚えている人は殆どいなくなっても、このモーツァルトの音楽だけは輝き続けているのです。おそらく、この作品と映画を結びつけて語るのはいい加減やめにした方がいいようです。
ウィーン時代後半のピアノコンチェルト
- 第20番 ニ短調 K.466:1785年2月10日完成
- 第21番 ハ長調 K.467:1785年3月9日完成
- 第22番 変ホ長調 K.482:1785年12月16日完成
- 第23番 イ長調 K.488:1786年3月2日完成
- 第24番 ハ短調 K.491:1786年3月24日完成
- 第25番 ハ長調 K.503:1786年12月4日完成
9番「ジュノーム」で一瞬顔をのぞかせた「断絶」がはっきりと姿を現し、それが拡大していきます。それが20番以降のいわゆる「ウィーン時代後半」のコンチェルトの特徴です。
そして、その拡大は24番のハ短調のコンチェルトで行き着くところまで行き着きます。
そして、このような断絶が当時の軽佻浮薄なウィーンの聴衆に受け入れられずモーツァルトの人生は転落していったのだと解説されてきました。
しかし、事実は少し違うようです。
たとえば、有名なニ短調の協奏曲が初演された演奏会には、たまたまウィーンを訪れていた父のレオポルドも参加しています。そして娘のナンネルにその演奏会がいかに素晴らしく成功したものだったかを手紙で伝えています。
これに続く21番のハ長調協奏曲が初演された演奏会でも客は大入り満員であり、その一夜で普通の人の一年分の年収に当たるお金を稼ぎ出していることもレオポルドは手紙の中に驚きを持ってしたためています。
この状況は1786年においても大きな違いはないようなのです。
ですから、ニ短調協奏曲以後の世界にウィーンの聴衆がついてこれなかったというのは事実に照らしてみれば少し異なるといわざるをえません。
ただし、作品の方は14番から19番の世界とはがらりと変わります。
それは、おそらくは23番、25番というおそらくは85年に着手されたと思われる作品でも、それがこの時代に完成されることによって前者の作品群とはがらりと風貌を異にしていることでも分かります。
それが、この時代に着手されこの時代に完成された作品であるならば、その違いは一目瞭然です。
とりわけ24番のハ短調協奏曲は第1楽章の主題は12音のすべてがつかわれているという異形のスタイルであり、「12音技法の先駆け」といわれるほどの前衛性を持っています。
また、第3楽章の巨大な変奏曲形式も聞くものの心に深く刻み込まれる偉大さを持っています。
それ以外にも、一瞬地獄のそこをのぞき込むようなニ短調協奏曲の出だしのシンコペーションといい、21番のハ長調協奏曲第2楽章の天国的な美しさといい、どれをとっても他に比べるもののない独自性を誇っています。
これ以後、ベートーベンを初めとして多くの作曲家がこのジャンルの作品に挑戦をしてきますが、本質的な部分においてこのモーツァルトの作品をこえていないようにさえ見えます。
「ジュー・ベル」によるモーツァルト
フランスというのは実に素敵な女性を生み出すものです。
ピアニストで言えば、「マダム・ロン(マルグリット・ロン 1)」や「6人組の女神」とあがめられた「マルセル・メイエル」がいました。ヴァイオリニストならばなんと言っても「ジネット・ヌヴー」でしょうが、「ミッシェル・オークレール」も忘れるわけにはいきません。
渋いところではオルガン奏者の「マリー=クレール・アラン 」も数え上げたいです。
そして、ここでもう一人取り上げたいのが「モニク・アース」です。
モニク・アースの演奏を聞いていてすぐに気づかされるのはその粒立ちのよいピアノの響きです。それは、いわゆるマダム・ロン以来の「ジュー・ベル」の伝統を引き継いだものでした。そして、彼女の残した一連のモーツァルトの録音にはその美質が最もよくあらわれています。
モニク・アースもそうですが、このフランスの女性たちは、野心をたぎらせてトップに躍り出て目立とうとするのは無粋と感じるようで、それはそのまま演奏にも反映しています。
この一連のモーツァルトのコンチェルトも演奏効果を狙うようなことには興味はないようで、どこまでも知的な部分を背景にしながら美しさを表出しようとします。結果として、音楽を聞き込んできた「玄人筋」には至って評判が高いと言う事になります。
しかし、モニク・アースはやがてそう言う「マダム・ロン」のやり方から少しずつ離れていき、ハイ・フィンガーで粒立ち良くピアノを響かせるやり方だけでなく、より多彩な音色を駆使する方向に変わっていきます。
それは、彼女のレパートリーの中心がフランス近代のドビュッシーやラヴェルなどに重心が移る中で起こった変化だったのかもしれません。
しかし、それでも彼女はそれらの作品をただた茫洋とした響きの中で漂わせるのではなく、それまでの知的に明確に響かせるやり方との間で見事な調和を成し遂げていきます。
ただし、モーツァルトでは昔ながらのハイ・フィンガー的な演奏が目立つのですが、後年になるにつれて音色の変化にも留意するようになっていく様子が窺えて、そのあたりを聞き比べてみるのも面白いのかもしれません。
私の手元には以下の4つの録音があります。
- モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番ニ短調, K.466:シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1960年録音
- モーツァルト:ピアノ協奏曲第14番変ホ長調 , K.449:フェルディナント・ライトナー指揮 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 1957年録音
- モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番ハ長調, K.467:ハンス・ロスバウト指揮 南西ドイツ放送交響楽団 1956年録音
- モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番イ長調 , K.488:ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮 北ドイツ放送交響楽団 1956年録音
結果として、ミュンシュ、ライトナー、ロスバウト、イッセルシュテットと言う4人指揮者の聞き比べにもなるのですが、やはりミンシュという小父さんは実に困ったおじさんだと思わずにはおれません。こんなにもオケをガンガン鳴らされたのでは、アースもいささか困ったであろうと同情を禁じ得ません。
それと比べれば、ライトナーなんて、実に紳士的です。
そう言えば、あのケンプがライトナーとのコンビでベートーベンのコンチェルトを全曲録音していますが、その選択は当然だったのだなと、おかしなところで納得した次第です。
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